第17話 鶴峰宮のあやかし②

「なんだ?!」


 急いで叫び声が聞こえた方角へと向かう桃玉と龍環。部屋の扉を勢いよく開ける。


「あ、あれは……!」

(はっきりとは視えないけど、毒々しい雰囲気に囲まれたどす黒い何かがいるというのだけはわかる……!)


 そこには龍環と同じくらいの大きさはあるであろう蜘蛛のようなあやかしが、毒気を放ちながら身体を曲げて架子床の下に潜り身を潜めている宦官に襲いかかろうとしていた。

 宦官はやや小柄でまだ若く、丸型の顔はまるで幼い少年のような顔つきをしている。


「ひいっ!」


 カタカタと震えている宦官が下に潜り込んでいる架子床の上には女官の遺体が検死の途中だったのか、器具などがあちこちに放置されたままとなっている。


「こいつが大元のあやかしか……! 桃玉、頼む! その間に俺は宦官を救出する!」

「わかりました、龍環様!」


 右手のひらにぐっと力を込めた桃玉は、浄化の力を一気にあやかしへ向けて放出する。青白い光の球があやかしの身体を覆うが、あやかしと彼が放つ毒気は中々浄化されない。

 一方、龍環はしゃがみ込み、架子床の下に潜り込んでガタガタと身体を震わせている宦官に手を伸ばした。


「捕まれ!」

「は、はい! 陛下ぁ!」


 宦官を架子床の下から引きずりだした龍環。救出された宦官は半泣きの顔で龍環に抱き着いた。


「安心しろ、もう大丈夫だ」

「あ、ありがとうございます……! 陛下ぁ……!」

「早く逃げよ!」

「は、はいぃっ!」


 宦官は慌てながらバタバタと遠くへ逃げていった。


「桃玉! 大分浄化されてきたぞ……!」


 大きなあやかしの身体は徐々に半透明となり、毒気も和らいでいく。


「はあ……はあ……」


 しかし、毒気に当たられ更に力を放出し続けた桃玉の体力は消耗しきっていた。肩で息をする桃玉は、左手のひらからも浄化の力を解き放つ。


「い、いっけぇ――!」


 桃玉の叫びと共に大量に放出された青白い光の球は、あやかしの身体に纏わりつくと、あやかしの身体と共にゆっくり天へとあがっていき、消滅した。


「は、はあ……はあ……」

「消えた。桃玉。浄化したぞ……!」

「ほ、ほんとですか?」

「ああ、本当だ……!」

「よ、よかった……!」


 体力を切らした桃玉は、ぱたりとその場に倒れ込んでしまったのだった。


「桃玉!」


◇ ◇ ◇


 龍環の手により照天宮の自室にある架子床の上へと運ばれた桃玉が目を覚ましたのは昼すぎの事だった。


「桃玉様!」

「ここは……私の部屋?」

「そうでございます。皇帝陛下がここまでお連れに……!」

(私、あれから気を失って……その後龍環様はここまで運んでくれたのか)


 部屋にはすでに龍環の姿はない。ゆっくりと起き上がる桃玉に、女官は龍環から託されたあるものを差し出す。


「こちら、疲労回復の効果がある丸薬でございます。皇帝陛下がこの丸薬を飲むように、と仰せになられました」

(気遣ってくれたのね)

「ありがとうございます。皇帝陛下は……?」

「執務があるとの事でお戻りになられました」

(あとでお手紙を送ろう……)


 桃玉は丸薬を受け取ると口の中に放り込む、そして女官が用意してくれたぬるま湯を飲んだのだった。


(ちょっと苦い……でも効いてる気がする)


 丸薬を飲んだ桃玉に、女官達は昼食はいかがなさいますか? と声をかけた。


(お腹は空いてるけど……疲れてるから食欲があまりわかないな)

「餃子のスープとごはんをください。あまり食欲がわかないもので……」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」


 桃玉からの命を受けた女官3人は、早歩きで照天宮内にある厨房へと向かって行ったのだった。


◇ ◇ ◇


 桃玉が蜘蛛のようなあやかしを浄化してから2日が経過した。検死の結果、あの女官の遺体はやはりあやかしの手により殺されたものだと判明し、検死の終わった遺体は女官の家族達の元へと返され、家族達の手によって葬式があげられたと言う。

 体調を崩していた女官達はすぐに元気になり、職務に復帰したのだった。


 次の日、桃玉は皇太后への朝の挨拶に女官を連れて朱龍宮へと赴いていた。すると後ろから妃達がひそひそと話をする。


「昨日、皇帝陛下の夜伽相手は金美人だったそうよ」

「そうなの? あの子夜伽するの初めてじゃない?」

「そうだった訳よ。あの子付きの女官達が体調不良から回復したし、その快気祝いとして夜伽に選ばれたんじゃないかって噂よ」

「へえ……これでまた誰がご寵愛を受けるか、混沌としてきたわね」

(金美人、昨日龍環様と夜伽を……)


 妃にとって、皇帝との夜伽は重要事項である。だが、桃玉の胸の中には、ちりちりとした針にも似た何かがいた。


(何だろう……この、変な感じは……)


 皇太后への朝の挨拶も終わり、朱龍宮を出て照天宮へと戻っていると、金美人が後ろから桃玉を呼んだ。


「李昭容様、この間はありがとうございました。体調を崩していた女官の1人が、李昭容様と皇帝陛下が来たらたちまち良くなったと聞いて……! 昨日陛下にはお先にお礼をお伝えしました。なので李昭容様にも……!」

(私があやかしを浄化したのはバレてないみたいね)

「いえいえ。息災でしたら何よりでございます」


 金美人と別れ照天宮の部屋に戻った桃玉は暇つぶしに棚の中にあった植物本を取り出して読む事にする。


「! これって……」


 桃玉が開いた頁には、仙桃と呼ばれる桃の図が記載されていた。


(お父さんとお母さんが作っていた桃かも……!)

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