第18話 求婚
メイソンが罪を犯し連行されたとの極秘情報に、デクスターは急いで現場に駆けつけてきた。
国王夫妻へ向けられていた視線が、傍にいたジョアンへ固定される。
「なぜ、おまえまでここに居るんだ?」
「えっと……僕は、このガゼボで休憩をしていただけです」
ジョアンは、嘘は言っていない。ただ、いろいろと詳細を省略しただけで。
どこまで話してよいのか判断ができないジョアンは、国王夫妻へ視線を送る。
それを受け、二人は事件のあらましを話し始めた。
話を聞いているデクスターの顔が、見る見るうちに青ざめる。
事件は無事解決したのに、なぜかデクスターから怒りの波動を強く感じた。
「……要するに、おまえは自分を囮にして犯人をおびき寄せたということか?」
「その……見方を変えれば、そうかもしれません」
実際のところ、それで間違いない。
デクスターの大事な日が
しかし、問いかけに対し「はい、その通りです」と正直に答えることができない。
彼は非常に怒っている。それは確実だった。
だから、目線を合わせず、曖昧な返答に終始した。
「兄上たちは、それをわかった上でジョアンを止めなかったと……」
「彼には護衛騎士を付けていた。犯人が接触してきたとの報告を受け、私たちもすぐに駆け付けたのだ。だから、危ない目に遭う恐れはなかったぞ」
「王妃がジョアンの立場だったとしても、兄上は同じことが言えるのか?」
「それは……」
スタンリーは黙り込む。
それは、エリスが同じようなことをしようとしていたら、絶対に止めていたことを物語っていた。
「悪いのは、すべて僕です! 国王陛下と王妃殿下は、僕の作戦に協力してくださっただけです!!」
「……悪いのは俺だ。俺は叔父上を捕えるために、わざとアイツを皆の前で断罪した。このパーティーで、俺を標的とするように」
「えっ?」
驚くジョアンに、デクスターは説明を始めた。
メイソンには、以前から黒い噂があった。
密輸品の横流し、業者との癒着や贈賄。
前王弟の立場を利用し、やりたい放題だった。
メイソンは、尻尾を掴ませない狡猾さがある。
宰相との極秘作戦でも、あと一歩のところまで迫ったのにもかかわらずメイソンには届かなかった。
だから、デクスターは罠を仕掛けることにした。
彼の溺愛している娘を皆の前で断罪することで、自分へ憎悪が向くように。
感情的になったメイソンが、ボロを出すように。
「まさか、俺の代わりにおまえが標的にされるとは思ってもいなかった。護衛を付けてくれた兄上たちには感謝している」
「家令から、内密に報告があったのだ。『
「そういうことだったのか……」
デクスターは、納得したように頷いた。
「さて、いろいろあったが、終わり良ければ総て良し……だな?」
「そうですわね」
にこやかに笑い合う国王夫妻。
ジョアンも、デクスターの懸念材料が一つ減り大満足の結果となった。
「こちらの件が片付いたのなら、俺は心置きなく、もうひとつの件も片をつけるとするか」
デクスターが真っすぐ顔を向けたのは、ジョアンだった。
「おまえは恐ろしいほど鈍感だから、俺は考えを改めた。これからは、兄上に
「『強引に事を進める』とは、何をですか?」
突然の話にきょとんとする従者を、意味深な表情で見つめる主。
スタンリーとエリスは、顔を見合わせた。
「陛下、わたくしたちはお邪魔のようですので……」
「そうだな。我々は退散するとしよう」
空気を読んだ国王夫妻は、護衛騎士と共にそそくさと居なくなる。
ガゼボに残されたのは、ジョアンとデクスターの二人のみ。
念のため印を付け直すと言う命に従い、ジョアンはいつものようにデクスターの膝の上に横向きで座った。
デクスターはすぐに抱擁するわけでもなく、口づけをするわけでもなく、ただジョアンの顔を見つめている。
辺りは夜の
綺麗に梳かしつけられた前髪から覗く碧眼は、凪いだようにとても穏やかだった。
「大事な話をする前に、これだけは言っておく」
「……はい」
「今後は、一切危ない真似はしないでくれ。兄上たちから話を聞いたときは、肝を冷やした」
「申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げたジョアンの頭をポンポンと撫でたデクスターは、そっとジョアンの手を取る。
「今朝、おまえは俺に『何か欲しいものはないか?』と聞いたよな?」
「はい。殿下は、『(自分が欲しいものは)とても尊いものだから、簡単には手に入らない』と仰いました」
「俺が望んで
「僕の心、ですか?」
心が欲しいとは、どういうことなのか。
ジョアンにはデクスターの言葉の意味がわからない。
「ジョアン、俺がおまえを一生守る。だから……俺の番いになってほしい」
「!?」
予期せぬ、デクスターのからの求婚。
いつもの冗談ではなく、彼が本気で言っていると雰囲気でわかる。
「ちょっと、待ってください! 僕は、男ですよ?」
「それが、どうした?」
「王族が跡取りの産めない男を娶るなど、あり得ません!」
「俺は、おまえさえ傍にいてくれたら、それでいい」
いやいや、全然よくないです!
ジョアンは叫びたかった。
「婚約者選びのパーティーまで開催したのに……」
「それは、王弟としての義務を果たしたまで。俺は、挨拶でも言っただろう?『(番いと)出会ってしまったのなら、すぐさま行動を起こすことをお勧めする』と。俺はおまえと出会い、心を決めた」
「…………」
理解の
たしかに、以前から気に入っているとは言われていた。
口づけ以外にも、様々な触れ合いをされた。
でもそれは、親愛の情からくるじゃれあい。自由奔放な彼の、遊びの一つだと思っていた。
まさか、デクスターが自分へ本気の恋情を向けているなど、思いもしなかった。
「あの……」
「なんだ?」
「どうして、僕なのでしょうか?」
これは、ジョアンの素朴な疑問だ。
「他人を好きになるのに、理由なんかない。俺の本能がおまえを求めている。それだけだ」
「でもそれは、殿下も特異体質の影響を受けているからでは……」
「さっきも言ったが、俺が一番欲しいのは『おまえの心』だ。影響を受けているのであれば、真っ先に体を求める」
「…………」
ヤヌス王国にいたときは婚約者がいたため、告白をされたことは一度もない。
獣人王国へ来てから、初めて他人から好意を向けられる経験をした。
それでも、ジョアンは事務的に淡々とお断りの対応をしていた。
そういうものだと考えていたから。
本来であれば、デクスターへも同じような対応をすべきである。
悩んだり、考えるまでもない。
このエンドミール獣人王国がいくら自由恋愛の国とはいえ、跡取り必須の王族と子が成せない男が結婚など
(早く、殿下へ断りを入れよ!)
頭の中の冷静な自分が、珍しく叫んでいる。
その横で、(早急に結論を出すべきではない!)と真剣に考え込んでいるもう一人の自分がいた。
対立する二つの思考。
自分でも、まったくもって理解不能だ。
「返事は、すぐには求めない。ゆっくり考えてくれ」
「……わかりました」
脳内で葛藤している間に、断る機会を逃してしまった。
デクスターの顔が近づく。
いつもと同じ印を付けるだけなのに、何かが違う。
彼の顔が近づくだけで、ドキドキと胸が高鳴る。
唇が触れるたびに、体が熱くなる。
(まさか、媚薬への耐性が弱くなってしまったのか……)
こんなことは、これまで一度もなかった。
経験したことのない感覚に、ジョアンはただただ戸惑う。
「……これ以上は止めておく。今日は、抑えが利かなくなりそうだ」
口づけを止めた代わりに、デクスターは抱きしめてきた。
大切な宝物を扱うように、優しく、そっと。
これまで何度も触れ合ってきたのに、やはりいつもと違う。
多幸感は同じ。でも、なぜか落ち着かない。
動悸が激しく、体がそわそわする。
でも、離れがたい。
「どうした?」
「……なんでもないです」
「もう少し、このままでもいいか?」
「……はい」
二人は抱き合ったまま、しばらくの間お互いの鼓動を感じていたのだった。
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