第17話 収束
「誰か、助けて!」
女はガゼボの外へ顔を向け、大声で喚き騒いでいる。
「……騒々しい。このような所で何を騒いでおるのじゃ?」
ガゼボに現れたのは、デクスターの叔父であるメイソンだった。
「どうか、お助けください! この方が、急に襲いかかってきたのです!!」
「なんじゃと! 静かな場所を求めてやってきたら、とんだところに遭遇したものじゃ」
メイソンは上着を脱ぎ、侍女へ掛ける。
「私はただ、水をお持ちしただけなのです。それなのに……」
声を上げ泣き出した侍女を自分の後ろへ下がらせると、メイソンはジョアンへ詰め寄った。
「嫌がる
「恐れ入りますが、あの女性が勝手に服を破き、騒いでいるだけでございます。私は、指一本触れておりません」
「これだけの証拠が揃っておるのに、まだ言い逃れをするつもりか!」
「でしたら、私は公の場で申し開きを致します。逃げも隠れも致しません。その女性共々、すぐさま警備担当者へお引渡しください」
ジョアンは、もともとそのつもりだったのである。
丁度よかったと笑顔を見せるジョアンとは対照的に、メイソンの顔色は変わり落ち着きがなくなった。
「このような恰好となった女子を、衆目の前に出せるわけがなかろう! 其方だけ、先に会場へ戻るがよい」
「そちらの方は、どうなさるのです? 証人がいなければ、私を罰することはできないと存じますが……」
「あとで、儂が連れていく。先に、着替えをさせねばならぬからな」
「でしたら、その前に───」
ジョアンは、メイソンの後ろに隠れている女へ鋭い視線を向ける。
「あなたがまだお持ちの薬を、今ここで出してください。大事な証拠品ですからね」
「!?」
「私が気づいていないと思っているようですが、匂いでわかりますよ……媚薬だと」
会場でグラスを口元に持ってきた時、ジョアンはすぐに薬が混入されていることに気づく。
わかっていて、すべて飲み干したのだ。
公爵家の子息として、女王の婚約者として、幼いころから媚薬に耐性をつける訓練を受けてきた。
グラス一杯程度の量なら、媚薬などまったく効かない。
侍女から水の入ったグラスを手渡されたときも、同様に混入を察知していた。
「その薬と、この水に入っているものは同じですよね。まあ、調べればすぐにわかることですが」
ジョアンが掲げるグラスを、女ではなくメイソンが奪い取ろうとする。
しかし、動きを読んでいたジョアンはひょいと
メイソンは、勢い余って柱に激突した。
「やはり、あなたが共犯者でしたか。私を
「クソッ、あの若造といい、おまえといい……絶対に許さぬ!!」
「これ以上、罪を重ねるのはお止めください。王家の名に傷が付きます」
「うるさい!! 作戦は変更じゃ! おまえは自分で媚薬を持ち込み、『人』の侍女を
媚薬を盛られたと嘘の証言。婦女暴行未遂。貴人への
従者がこれだけの罪を犯せば、たとえ王弟のデクスターでも到底庇い切れるものではない。
次々と罪状を並べ立てたメイソンは、ニヤリと勝利の笑みを浮かべた。
「……お聞きになりましたか? 私は、これだけの罪を着せられるそうです。冤罪は嫌ですので、どうか王妃殿下へ速やかにお伝えください」
ジョアンが顔を向けたのは、メイソンではなくガゼボのすぐ近くにある茂みだった。
「おまえは、誰に話しかけている?」
「えっと、あちらにいらっしゃるのは護衛騎士の方だと思います……たぶん」
「護衛騎士じゃと!」
会場で王妃のエリスがジョアンに見せたのは、クッキーに入っていたおみくじではなく別の紙だった。
『不審な動きあり』『護衛をつける』
二枚の紙には、そう書かれていた。
実際、それから周囲を意識してみると、誰かの視線を感じる。
そんな時、飲み物へ媚薬が混入されたのだった。
媚薬は、獣人相手には効果がない。これは、以前彼らについて調べたときに初めて知ったこと。
獣人は、本能的に番いを求めている。匂いならともかく、薬でどうにかなるものではないのだ。
つまり、狙われているのは『人』であるジョアンということ。
自身が狙われていると知ったジョアンは、自分を囮にして犯人をあぶり出すことを決意する。
デクスターには複数の護衛が傍にいるため、心配はなかった。
会場を離れわざと一人になり、犯人が接触してくるのを待つ。
もちろん、傍に護衛がいることを確認した上で。
「ふふふ、ジョアンくん安心して。わたくしが、しっかり聞いておりましたから」
茂みの木の陰から現れたのは、予想に反してエリスその人だった。
「メイソン様、もう言い逃れはできません。おとなしく、罪を認めてくださいますね?」
「な、なぜ、其方がこのような場所に……そうか、この者と不義密通しておったのじゃな」
メイソンは最後まであがく。
今度は、ジョアンと王妃が密会をしていたと言い始めた。
「国王陛下がこのことを知ったら、どう思われるじゃろうな。番いに裏切られたのじゃ。さぞかし、お怒りになるじゃろう」
往生際の悪いメイソンには、ジョアンも開いた口が塞がらない。
エリスも、苦い笑みを浮かべている。
「陛下の前で、儂が証言をしてやろう。人目を盗んで密会していたところを、侍女に見つかり暴行。止めに入った儂にも、乱暴狼藉を働いたと」
「……叔父上、エリスが他の男と密会などするわけがありません」
王妃の横に並び立ったのは、国王のスタンリーだった。
どうやら、彼も一緒に隠れていたようだ。
「そもそも、私が愛しの番いの傍を離れるわけもない」
腰に手を回しエリスを引き寄せると、スタンリーは額に口づけを落とした。
「さて叔父上、申し開きがあるのでしたら、ここで伺いましょう」
「こうなったら、貴様らも道連れじゃ!!」
臣下と民の前で、有ることない事をぶちまける。
王族の権威を失墜させてやるぞ!と、メイソンは息巻いた。
「……黙れ、王家の恥さらしが」
怒りに満ちたスタンリーの声。
あれほど喚いていたメイソンも思わず黙り込む
「ジョアンの言う通り、これ以上罪を重ねることはこの私が許さん……たとえ、叔父であろうと」
きっぱりと言い切ったスタンリーに、いつもの穏やかな表情はない。
国の頂点に立つ者としての、有無を言わせぬ威厳があった。
力なく座り込んだメイソンと女は、護衛騎士たちによって秘密裏に連行されていく。
庭園のこの一角は、国王の命により招待客らは立ち入りができないようになっていた。
先日の娘に続き父親が事件を起こしたとなれば、王家への信頼は地に落ちる。それだけは、絶対に回避しなければならなかった。
事件の一切が、関係者以外には知られることなく収束する。
ジョアンは、ようやく肩の力を抜いた。
「兄上! これは一体何事ですか?」
遅れてやって来たのは、本日の主役だった。
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