第16話 接触
デクスターは、皆とにこやかに談笑している。
遠巻きに主を眺めているジョアンのもとへやって来たのは、侍女を伴った王妃のエリスだった。
「ジョアンくん、あの『フォーチュンクッキー』って面白いわね。陛下とわたくしも、さっそく一つずつ選んでみたの」
「お気に召してくださったのであれば、光栄でございます」
やはり、女性には好評のようだ。
狙いが当たり、ジョアンは安堵する。
「どちらがより内容の良いおみくじを引いたのか、わたくしたちはお互いが譲らず決着がつかないの。だから、発案者のジョアンくんに判定してもらいたいと思って持ってきたのよ」
相変わらず、国王夫妻は仲が良い。
微笑ましく思いながらエリスから手渡された二枚のおみくじを真剣な表情で見ていたジョアンだったが、すぐに笑みを浮かべる。
「畏れながら、優劣をつけるのは難しいと存じます」
「やっぱり、そうよね。実は、陛下からも『答えにくい質問をしてはいけない』と注意されていたの……」
ペロッと小さく舌を出しておどけたエリスは、幼い少女のように見えた。
去っていく王妃を見送っていると、給仕担当の侍女が近づいてくる。
「お飲み物は、いかがでしょうか?」
「ありがとうございます。いただきます」
喉の渇きを覚えていたので、丁度よい。
侍女はジョアンの手前のテーブルへグラスを一つ置くと、別のテーブルへ移動していく。
一息つこうとグラスに手を伸ばしたジョアンだったがへ、彼のもとへ次から次へと人が押し寄せてきた。
もともと、ジョアンは見目も能力も注目されていた人物。
そんな彼が王妃から直接声をかけられたことで、さらに人目を集めてしまった。
しかも、今は一人きり。傍にデクスターはいない。
かくして、ジョアンが飲み物を口にできたのは、ずいぶん時間が経ってからのことだった。
ジョアンは一気に飲み干すと、主のところへ向かう。
彼の着崩れた襟を整え、素早くラペルピンを付け直す。
「皆と何を話していたんだ? ご婦人も、何名かいたようだが……」
「また、見合いの話です。それより、よそ見をされていたのですか? 駄目ですよ、きちんとお相手と向き合っていただかないと」
いつ・どこで運命の番いに出会えるとも限らない。
気を抜かず、真剣に探してください!と説教をするジョアンへ、デクスターは「わかっている」とだけ言葉を返した。
「申し訳ございませんが、僕はしばらく席を外します」
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「気分が少々。でも、ちょっと夜風に当たれば問題ありません」
「心配だから、俺も一緒に行く」
「今夜の主役が、何を言っておられるのです。ほら、ご令嬢がいらっしゃいましたよ」
今日も過保護な主を説き伏せ会場に残し、ジョアンは庭園へ足を向ける。
周囲に人のいないガゼボで、休憩をすることにした。
賑やかなパーティー会場とは打って変わり、周囲は静寂に包まれている。
ジョアンは椅子の背もたれに背を預け、目を閉じた。
◇
ふと、人の気配を感じ、ジョアンはゆっくりと目を開ける。
「ジョアン様、お水を持って参りました。ご気分は、いかがでしょうか?」
そこにいたのは侍女だった。
「ご親切に、ありがとうございます」
ジョアンはグラスを受け取ると、にこりと微笑んだ。
「それで、私にどんなご用件ですか?」
「何のことでしょうか? 私は、ただ水をお持ちしただけです」
「では、質問を変えます。どうして、あなたは私の気分が優れないとご存じなのですか? どうして、この場所にいるとわかったのでしょう?」
「デクスター様から命を受けまして、ジョアン様の居場所を確認したあと水を持ってきたからです」
「……デクスター『殿下』です。王城に勤める侍女が、王弟殿下を名だけで呼ぶなどありえません。それに、グラスも半分より下を持つよう厳しく指導を受けているはずです」
会場でテーブルにグラスを置いた侍女も、きちんとグラスの下のほうを持っていた。
静かな庭園で、ジョアンの質問と指摘が続く。
「あなたは何者ですか? 侍女の恰好をしていますが、違いますよね?」
「まだ配属されたばかりの新人です。不慣れな点は、ご容赦くださいませ」
「残念ながら、本日のパーティーに新人は配置されておりません。大事なお客様に失礼がないよう、侍女頭が外したと聞いております」
「…………」
「これ以上申し開きがないのでしたら、時間がもったいないですし警備担当へ引き渡します。あなたをこの会場に連れ込んだ共犯者を、白状していただかないといけませんからね」
淡々と話すジョアンは、侍女を真っすぐに見据える。
そこには、有無を言わせぬ凄みがあった。
女は無表情のまま動かない。
「女性に手荒な真似はしたくないので、自ら歩いてくださると有り難いのですが?」
ジョアンの問いかけに女が小さく頷いたように見えた、その時。
女が着用している制服をいきなり引き裂き始めた。
上半身だけでなく、下半身も。徐々に女の肌があらわになっていく。
ジョアンは慌てて背を向けた。
「キャー、やめて!!」
女は、突然叫び声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます