第15話 誕生日パーティー
デクスターの誕生日パーティー当日、ジョアンの姿は王城の厨房にあった。
本日提供される料理と、自身が提案した菓子の出来映えを確認するためだ。
「このクッキーを二つに割ると、中に入っている紙が取り出せるのですな?」
「これはフォーチュンクッキーと言いまして、中には運勢が書かれたおみくじが入っています」
ジョアンは、執事や侍女頭たちの前でいくつか割って見せた。
おみくじには『大願成就』や『待ち人
「お客様が誤って紙を口にしないよう、わざと紙の一部が外から見えるようになっているのです」
「遊び心もあって、パーティーにぴったりの一品ですわね」
「こちらは、ジョアン殿の母国のお菓子なのですか?」
「いいえ、違います。以前、他国のパーティーで提供されていたものです」
そのパーティーでは、女性参加者たちにすこぶる評判が良かったのを覚えている。
今日のパーティーは女性が多いため、そっくりそのまま取り入れてみた。
大事な場に花を添える、美味しいだけでなく目新しいものを出してみたかったのだ。
「このお菓子をご存じない方が多いと思いますので、給仕されるときには説明をよろしくお願いします」
「かしこまりました」
厨房を後にし離宮へ戻ると、ちょうどデクスターが着替えを終えたところだった。
王弟として、本日の主役として相応しい煌びやかな装い。
礼服の色目は、新緑を思わせる緑色。これは、デクスター自身が選んだ色だ。
フラワーホールには、チェーン仕様のラペルピンが差し込まれている。
業者の男から購入した龍眼石が惜しげもなく使用された、特注品である。
袖口を飾るカフリンクスも、同様に作られていた。
「殿下、よくお似合いです」
「そういうおまえも、似合っているぞ。より一層、凛々しく見える」
「ありがとうございます」
ジョアンが身に着けているのは、従者らしい黒の礼服。主を引き立てる役目を担う。
デクスターと同じくフラワーホールに差し込まれたスティック仕様のラペルピンは、男からお礼に貰った黒龍石で作られている。
落ち着いた服装に、華やかな彩りを添えていた。
「届きましたお祝いの品々は、中身を確認しひとまず空き部屋にまとめてあります。目録を作成しましたので、パーティーが始まる前にお目通しをお願いいたします」
「わかった」
ジョアンから目録を受け取ったデクスターは、さっそく目を通している。
「あの……殿下?」
「なんだ?」
「いま、欲しいものはありませんか? 僕も、何か贈り物をしたいのです」
ジョアンが獣人王国へ来て三か月。
世話になりっぱなしの主へ、感謝の気持ちをこめて誕生日のお祝いをしたい。
「欲しいものか……」
デクスターは、ジョアンの顔をじっと見つめている。
「欲しいものは、あるぞ。でも……現在進行形で頑張っているが、なかなか手に入らない」
「えっ、殿下でも手に入らないなんて……」
「フフッ、とても尊いものだからな」
デクスターの欲しいものは、金や権力では絶対に手に入らないものらしい。
であれば、尚更ジョアンが手に入れることは難しいだろう。
「では、他のもの───」
「俺は、おまえがいつまでも傍にいてくれたら、それでいい」
『いつまでも傍にいてくれたら』
ジョアンの胸がズキンと痛む。
その望みは、デクスターに婚約者ができるまでの間しか叶えることができない。
ジョアンは、少しずつ仕事の引き継ぎを始めていた。
いつ自分がいなくなっても皆が困らないよう、具体的な内容を紙にまとめている。
個々にそれぞれやらせてみて、適性のある人物を探したりもしている。
「それは……難しいですね」
「前におまえが言っていた、『俺に婚約者ができるまで』ということか?」
「はい」
「……だったら、俺に婚約者ができなければ、おまえはいつまでも傍にいてくれるんだな」
「殿下! 何を仰っているのですか!!」
「ハハハ、冗談だ」
デクスターはジョアンの手を引くと、自分の胸の中に優しく閉じ込めた。
印を付ける前に、抱擁をされる。
これが、最近の日課となっていた。
主は従者を抱きしめるだけ。何も言葉を発しない。
ただ時折、髪に口づけを落とされる───まるでジョアンの存在を確認するかのように、何度も。
大きくて温かい
この三か月もの間、彼に触れなかった日は一日たりともない。
それだけ、デクスターは心を配ってくれた。
でも、いつまでもそれに甘えていてはいけない。
(ここは、本来は僕の場所ではない)
今は、特殊な事情で間借りしているだけ。
いずれ、近い将来、この場所はデクスターの婚約者専用となるのだから。
◇
誕生日パーティーは、王城の大広間で行われる。
会場には、もうすでに大勢の招待客が集まっていた。
主役のデクスターは、国王夫妻と一緒に登場する。
先に会場入りしているジョアンは、準備に漏れや抜けがないか厳しい目で見回っていた。
(料理・飲み物は良し。装飾も良し。あとは……)
招待客の様子を、それとなく観察する。
今日は、国内の貴族しか参加しない内輪的なものだ。
もし他国の貴族も出席となれば、ジョアンは完全に裏方に徹し、表に顔を出すことは一切なかっただろう。
女王の婚約者として、これまで様々な会合に出席してきた。
誰に顔を知られているのか、わからない。
他人の空似だと開き直り、危ない橋を渡るわけにはいかないのだ。
番い候補となる貴族令嬢たちは、それぞれ豪華なドレスを着用している。
少しでもデクスターの目に留まろうと、皆必死な様子。
どこの国でも変わらない光景に、つい笑みがこぼれた。
ヤヌス王国では、ジョシュアは女王の婚約者として常に周囲の視線にさらされてきた。
パーティーでは一挙手一投足を見つめられ、気を抜くことは一切できない。
でも今は、従者のジョアンに注目する者など誰もいない。
デクスターの言葉を借りるなら、『伸び伸び』させてもらっている。
自分が特異体質でなければ、デクスターへこれからも仕えることができたのに…と残念に思う。
主として、また人として尊敬できる彼へ生涯を捧げることに、ジョアンはなんの躊躇もない。女王へは、あれほど嫌で嫌で仕方なかったのに。
側近として陰から支え、彼の子が生まれたら教育係としての役目も同時に担う。
(僕では剣術は教えられないから、騎士の中から相応しい人物を厳選して……)
決して訪れることのない未来を思い描いている自分に、思わず苦笑する。
ジョアンが特異体質だったからこそ、二人は出会うことができたのだ。
でなければ、王弟と一般庶民。
一生関わり合いを持たぬまま、生涯を終えていたことだろう。
◇
国王夫妻と王弟が入場する時間となった。
招待客は恭しく頭を下げ、王族を出迎える。
あちらの国では迎えられる側だったジョアンも、頭を下げる。
「今日は、私の誕生日パーティーに集まってくれて感謝している」
デクスターの挨拶が始まった。
ジョアンは、会場の隅で静かに見守る。
「皆も本日のパーティーの趣旨はわかっていると思うが、自身の運命の番いは出会ってみなければわからない」
事前に準備していた挨拶文とは違うデクスターの言葉に、ジョアンはギョッとする。
主が、何かとんでもないことを言い出すのではないか。
ハラハラしながらも、成り行きを見届けることしかできない。
「もし今日出会ってしまったのなら、すぐさま行動を起こすことをお勧めする。周囲に気兼ねする必要はない。もちろん、私にも。我が国は、自由恋愛の国なのだからな。では、最後までパーティーを楽しんでくれ」
デクスターらしい、真っすぐな言葉だった。
皆が笑顔になる。
彼の人柄が表れた挨拶は、好意的に受け止められたようだ。
和やかな雰囲気のまま、パーティーが始まった。
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