第5話 決意
『生まれ変わって人生をやり直す』
何があろうと、この決意は変わらない。
「見知らぬ方とは、絶対に無理です。そもそも、解放してもらえるかもわかりませんし」
獣人の『
一生を、ここで暮らすことになる。
相手が尊敬に値する心を通わせた者であれば話は別だが、特異体質が理由など、お互い不幸にしかならない。
「あなたは王弟という立場がありますし、人となりも把握していますので安心です。それに、僕は男ですので、子ができる心配もありません」
公爵家の男というだけで王配に選ばれてしまったときは、女に生まれたかったと自身の運命を呪った。
しかし今は、男で良かったと心底思う。
女だったら、とてもこのような話はできなかった。
ジョシュアからのお願いに、デクスターはわかりやすく大きなため息をついた。
「おまえは世間知らずだから、はっきり言うぞ。俺は、おまえを面白いヤツだと思っている。特異体質抜きで結構気に入っている。だから、関係を結んでしまったら二度と手放さないかもしれないぞ?」
「でも、あなたは王弟ですし、僕は男ですから……」
「そうだとしても、おまえを『情人』として囲うことはできるだろう?」
「情人……」
ジョシュアは自分が王配になる立場だったから、同じように考えていた。
しかし、言われてみれば、まったく持ってその通り。
女王だって、たくさんの情人がいるのだから。
「安心しろ。心が繋がっていないやつと、体を繋げる気はない。おまえは記憶が戻るまで、俺の従者として傍に居ればいい」
「……わかりました」
自分が籠の中の鳥であったことを痛感する。
知識は豊富でも、生活力はまるでない。
世間一般的なことにも、あまり通じていない。
こんなことでは、新天地で一人暮らしなど夢のまた夢だ。
「記憶が戻るまで、こちらで一生懸命働きます。お金を貯め一般常識も身につけますので、これからよろしくお願いします」
「ハハハ、そんな思い詰めたような顔をするな。もう少し肩の力を抜いて、気楽にしろ。じゃないと、戻る記憶も戻らなくなるぞ」
「……はい」
デクスターは、ジョシュアの身を案じてくれる。
親身になってくれる彼へ嘘をついていることは、非常に心苦しい。
でも、本当のことは話せない。
だから、せめて受けた恩は仕事でしっかり返していこうと決意する。
「それにしても、もったいないことをしたかもな……」
デクスターが、ぽつりと呟く。
「何がもったいないのですか?」
「おまえと体を繋げる気はないと言ったが、ちょっとだけ味見をしてもいいか?」
「……一応聞きますけど、『味見』って具体的に何をするんですか?」
「そんな、大したことはしないぞ。俺の
「うわあ! なにが『大したことはしない』ですか!!」
真面目に確認をしたジョシュアが馬鹿だった。
免疫のない自分に、この男はなんという話をするのか。一瞬でも想像してしまった自分が恥ずかしい。
衝撃的な内容に、顔だけでなく耳まで赤くなる。
そんなジョシュアを、デクスターは目を細め眺めている。
「さっきのおまえは、俺とこれ以上のことをすると言ったんだぞ?」
「……すぐにあなたの記憶から抹消してください。自分の無知を、いま全力で恥じています」
「ハハハ! おまえが本気で俺に抱かれたくなったら、すぐに言ってくれ。全力で応えてやるからな!」
「そんな日は決して来ませんから、安心してください」
デクスターの言うことは、どこまでが本気で、どこまでが冗談なのかわからない。
それでも、彼なりの方法で励ましてくれたことだけはわかる。
「じゃあ、俺はもう行く。おまえは、今日はゆっくり休め。後で食事を運ばせる」
「ありがとうございます」
「行く前に、
そう言うと、デクスターは唇に軽く触れる程度の口づけをし、すぐにジョシュアから離れた。
「今は、あっさりしたものなのですね? 朝は、その……かなり濃厚でしたので」
「あれは、すでに脱衣所で済ませてある。服を着ていない無防備のおまえなんて、格好の獲物だからな」
デクスターはジョシュアへしっかりと印を付けてから、従者たちを呼んだようだ。
「お手数をかけて、申し訳ありません」
「気にするな。俺も勢い余って、別の印まで付けてしまったからな。お互い様だ」
「別の印?」
「首筋などにいくつか跡が残っている。まあ、二,三日もすれば消えるだろう」
ジョシュアの首元にちらりと視線を送り、デクスターは部屋を出ていった。
印が気になったジョシュアは、すぐに洗面所の鏡で確認をする。
「・・・・・」
今のジョシュアは、寝間着を着ている。
首元が大きく開いた形状のおかげでよく見えた……惨劇の後が。
首筋から胸元にかけて広がっていたのは、デクスターの口唇の跡だった。
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