第6話 従者の仕事
エンドミール獣人王国に滞在することになった、ジョシュア改めジョアンの仕事は、朝デクスターを起こすことから始まる。
「殿下、朝です。起きてください!」
締め切られたカーテンを開け、室内に朝日を取り込む。
天蓋付きのベッドで眠っているデクスターへ呼びかけるが、彼はピクリともしない。
再度声をかけるが、やはり反応はない。
(さっそく、コレの出番が来たな……)
ジョアンが懐から取り出したのは、大きな鳥の羽根。
今朝、厨房で料理長が
靴を脱ぎ、「失礼します」と言ってからベッドへ上がる。
デクスターの寝台は広い。
こうでもしなければ、手が届かないのである。
「殿下、そろそろ起きてください」
耳元で囁いてみても、まるで効果なし。
無邪気な顔で眠る主は、いまだ夢の中。
ならば、遠慮はいらない。
羽根先で、鼻梁をそっとなぞる。ここでようやく「う~ん」と反応があった。
場所を変え、今度は耳の穴付近をコショコショ。
デクスターが、ビクッと震えた。
(ちょっと、楽しいかも……)
額を撫で、頬をなぞり、首筋へ。
通常であれば、王弟殿下に対しこのような行為は不敬にあたる。
しかし、自分の寝起きが悪いことを自覚しているデクスターは、「手段は問わない」と明言している。
本来は、他国民の、しかも新参従者のジョアンに回ってくるような仕事ではない。
寝所へ入れるなど、寝首を搔かれる恐れもあるからだ。
ところが……
デクスターがジョアンを自分の身近に置くと宣言しても、家令や執事など誰からも反対の声は上がらなかった。
主の言うことには逆らえない……という雰囲気ではなく、皆が喜んでいるようにも見えた。
その
実際、なかなかの大仕事なのだ。
「さて、次はどこにしようかな……」
羽根をくるくると回しながら攻撃箇所を思案していたジョアンは、すっかり油断していた。
ふいに伸びてきた腕に絡めとられる。
あっ!と思ったときには、デクスターの胸の中にすっぽりと納まっていた。
「おまえ、随分楽しそうだな?」
「もしかして……眠ったフリをしていたのですか?」
「今日は、珍しく早く目が覚めたからな。おまえが部屋にやって来るのを、待っていたんだ」
「だったら、すぐに起きてくださいよ!」
「毎朝、おまえがあの手この手で俺を起こしにくるのが面白くてな。今朝は、なかなか刺激が強かったが……」
自分を見つめる碧眼が、怪しげな光を放つ。
不穏な気配を感じ取ったジョアンは逃げようとしたが、あっという間に組み伏せられていた。
「今日は特に匂いが強いから、念入りに印を付けておくか」
「朝、何人もの従者の方と会いましたが、皆さん普通でしたよ!」
「俺が危ないと感じたら、危ないんだ」
デクスターの顔がゆっくりと近づいてきたが、ジョアンの唇ではなく別の場所に着地した。
鼻梁を舌が這い、額から頬、首筋へと移動し、ようやく唇にたどり着く。
主の宣言通り、その後ジョアンは念入りに口づけをされたのだった。
「今朝の献立は、チキンソテーにオムレツか……」
起き上がったデクスターは、ペロッと自身の唇を舐めた。
「当たりです。どうして、わかったのですか?」
「おまえ、つまみ食いしただろう?」
「つまみ食いじゃありません! 料理長が、ちょこっと味見をさせてくれたんです!!」
「ハハハ! 皆と馴染んでいるようで何よりだ」
「皆さん、本当に良くしてくださいます。有り難いですね」
乱れた髪を整えながら、ジョアンも起き上がる。
ようやく主が起きた。
これから廊下で待機していた侍女たちを中へ入れ、朝食の準備が始まる。
その間に、ジョアンはデクスターの着替えを手伝う。
堅苦しい服装が苦手なデクスターは、すぐに着崩れてしまう。
それに目を光らせ直すのも、ジョアンの仕事だ。
◇
「殿下、残さずきちんと召し上がってください」
「チキンソテーのはずなのに、どうして茸が入っているんだ!」
フォークを手に、デクスターが吠える。
「『チキンソテーの茸ソースがけ』が、正式名称ですからね」
「オムレツの中にも、細かく刻んだものが入っているぞ!」
「殿下の体のためを思って、料理長が入れられたのでしょう」
ジョアンは、デクスターと一緒に朝食を食べていた。
これも、仕事の一つである。
「おまえ、わざと料理名を黙っていたな? 朝の仕返しか?」
「…………仰っている意味が、わかりかねます」
「今の微妙な
「間なんて、どこにもありませんよ?」
「どうして、俺から目をそらす?」
「たまたま、です」
「…………」
デクスターは苦虫を嚙み潰したような顔で、茸の
彼は野菜が、特に茸が大嫌いだ。
そんな主に好き嫌いなく食べさせるのも、従者の大事な仕事である。
デクスターはほとんど噛まずに、水と一緒に無理やり喉の奥へ流し込んだ。
「そういえば、今朝はどうして厨房に居たんだ? 何をしていた?」
「今日も、良い天気になりそうですね……」
従者の目線は、主ではなく外へ向いていた。
「話題の転換が、唐突過ぎるぞ!」
「殿下、予定が詰まっておりますので、早くお召し上がりください」
「ぐぬぬ……」
少しずつ茸を食べ進めるデクスターを眺めながら、ジョアンは考えを巡らせる。
(明日は、野菜をどうやって食べさせようかな)
また、料理長と要相談である。
デクスターとは違い残さず綺麗に食べ終えたジョアンは、ソーサーを手に持ち食後の紅茶を優雅に飲む。
王配教育で身につけた所作は、完璧だった。
もう一度文句を言ってやろうと顔を上げたデクスターだったが、つい見惚れてしまう。
「殿下、どうかされましたか?」
「あっ、いや……何でもない」
「でしたら、お食事の続きをとうぞ」
「可愛い顔をして、容赦ないな……」
「……何か、仰いましたか?」
「別に……」
抵抗を諦めたデクスターは、その後、時間をかけて茸を完食したのだった。
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