修羅場

「ライルはなんの食べ物が好きなの?」


「いやまぁ、そうだな……」


 ……て、なんで俺がそんなことに答えなくちゃいけない?


 危うく彼女のペースに持ち込まれそうになり、ライルは頭を振る。あの後、2人は学生寮に向かって歩いていた。


 絡みつくように抱きついてくるロイネ。それを振り解こうと試みているライル。しかし全く離れない。まるでヒルだ。それに図々しい。


 ……本当になんなんだこの女は?学園だとただ無口な美人だと思ってたのに全然違うぞ。


「どうしたの?」


「…………」


「無視〜〜?」


 ライルはポツリと冷や汗をかく。


 このまま寮に戻ると非常にまずい。何がまずいのか、そんなのは決まっている。寮ではフィアーネと同棲しているのだ。そんな彼女にこんな状況を見られては修羅場どころか、先ほどの殺伐とした状況にデジャブだ。


 もちろんライルは暗殺される側。


 ……どうやって逃げるか?


 諦めず強引にゆすってみるが、やはり離れない。まるで絡みついたチェーンのよう。


「ねー、なんで逃げようとするの?」


「一つ聞くが俺たちって今日話したばかりだよな?」


「うん」


「だったらこれは不味くないか?第一学園のやつにこんなの見られたらなんか噂になりそうだし、それに実は俺、幼馴染と暮らしてて……」


「へぇ、幼馴染と暮らしてるんだ。女?」


「あ、あぁ」


「別に関係ないよ。住む人数が2人から3人に変わるだけ。そうでしょ?噂だって大したことない。そんなの気にするからダメなんだよ」


「…………」


 関係ないとはどういうことだ?関係大アリだ。まずそのセリフはライルが言うべきであってお邪魔する側が言うものではない。


 ……やべーぞこの女、頭のネジが外れてやがる。


 そんなことを思うライルだった。


 その後、幾度となく説得を試みるが、大した効果はなく、2人は学生寮に着いてしまった。そして玄関に入る。


「た、ただいま〜〜」


「おかえり〜〜」


 何も知らないフィアーネが笑顔で迎えてくれる。しかしそれも束の間。


「って、誰その人?」


 隣のロイネを見た瞬間、顔色を変えた。


「い、いやぁ〜〜……」


「私はロイネ。ライルの彼氏。そして今日からここに住むことになった」


「……はぁ?」


 ……やばい、まじでやばい。


 フィアーネは殺人鬼の顔をしている。


「ふふっ、ライルちょっといいかしら?」


 しかしすぐに天使の顔になる彼女。ただそれも薄皮一枚で作った表情でしかないことをライルは知っている。


「これには深い訳がありまして……」


「いいから来なさい」


 あ、終わった……。


 罪人が断頭台に連れて行かれるようにライルは腕を鷲掴みされ、部屋に連行されていった。


 ○□△×


「だったらそう早く言いなさいよ〜〜」


「仕方ないだろ、今日起こったことなんだから。それに最初から言ってたはずだぞ」


「……そう?それで、何者なの相手は?」


「全くわからん。ロイネはわかるか?」


 隣でスープをすする彼女に聞いてみる。しかし彼女は首を横に振った。


 あの後、必死の思いで説得したらなんとフィアーネも理解してくれた。そのおかげで今は3人で食事を囲んでいる。


「わからない。でも聞いたことがある声だった気がする」


「ほんとか?それはもちろんこの街で聞き覚えがあるってことだよな?」


「うん。でも正確には違うと思うし、あくまで気がしただけ。それが誰なのかも分からない」


「そうか……」


「困ったわね」


 ………………。


 ライルは、いやこの場にいる3人は落胆する。


 こちらは素顔も居場所、少なくとも学園の生徒だとバレているのに対して、相手の情報は全くと言っていいほど掴めていない。せいぜい声に聞き覚えがあるかな、程度だ。


 これでは手の施しようがないし、それに今後相手が手段を構わず襲ってきた場合、学園を巻き込む可能性がある。いや、もしかしたらすでに他の生徒も狙われているのかもしれない。


 ……学園に迷惑をかけた場合、俺たちは退学になるかもしれないよな。かといって彼女を、


 ロイネを見捨てることもできない。


 確かに彼女は可愛いし、美人だ。だからといってそれで無条件に助けるのは浅はかだ。同じクラスとはいえ今日話したばかりだし、ライルは別に彼女に好意を抱いているわけでも、助ける価値がそこまであるとも思っていない。


 しかしそれで見捨てるのはあまりに薄情なのもまた事実だ。ライルはこの世界に来てフィアーネと彼女のご両親に助けられている。ならば、ここは彼女たちではないとはいえ、困っていたら助けるべきなのではないだろうか。


 少なくとも今のライルにはそれだけの力がある。そんな力も使わずに、さようならと彼女を放り出すのはどうなのか。


 ライルがもし、フィアーネのご両親に捨てられたら仕方はないとは思う。彼女と親しくはあっても血縁ではないのだから。しかしそれについて苦悩しただろう。


 そして今、ライルが彼女を見捨てたら彼女もまた苦悩するだろう。それでいいのだろうか。


 何より、


 ……これでロイネを助けて連中を倒したら、俺の名が上がるか?


 ライルの現時点での目標は王になること。ならば遅かれ早かれどこかで必ず名を上げなければならない。その舞台を作り出すのにこの状況は、場所はもってこいではないだろうか。


 敵対組織を倒して学園の英雄になり、王になるための足がかりにする。というシナリオ。


 ……そうだ、名案じゃないか?いける、いけるぞ……!よしこれで行こう!!


「ど、どうしたのよライル?」


「あ、わりぃ」


 興奮のあまり立ち上がってしまったライルは席に着く。


「ライルも私が近くにいて嬉しいみたい。やっぱりライルの彼女は私……モグモグ」


 ハムスターみたくご飯でパンパンにした口でそんなことを言うロイネ。フィアーネの眉間にシワがよった。


「へぇ……ライルの彼女があんたですって?」


「うん。誰の目で見ても明らか」


「これはちょっと早々にこの家のしきたりを教える必要があるわね。ねぇライル、そう思わない?」


「は、はい!僕もそう思います!!」


「どうしたのライル?ライルはそんなキャラじゃない。あまり私のライルを脅さないで」


「分かったわ。じゃああんたでいいからちょっと来なさい。じっくりお話しでもしましょう」


「望むところ。ライルには鬼嫁じゃなくて私みたいな淑女が相応しいところを教えてあげる」


「へぇ、じゃあまずはあんたみたいなハムスターのどこが淑女なのか教えてもらえる?」


「既に教えてる。感情のコントロールという意味で」


「ま、まぁ2人ともそれくらいに……」


 言葉の応酬でヒートアップをする両者。そんな2人を宥めるのにライルは相当な時間を有したのだった。

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