コレスタニア学園編(上)
勇者
人間が統治する国、グレイズ王国。その首都であるバハムトの王城にて。
広大な街並みを見渡せる廊下に、2人の人物がいた。
1人は長い黒髪の男。魔法使いのようなローブを身にまとい、凛々しい顔つきには得体の知れない爽やかな笑顔を浮かべている。
そんな彼の対面に位置するのは青い短髪の女。威圧感があるマント付きの軍服を着用し、鍔に天使の羽のようなデザインが施されたロングソードを帯刀していた。
まだ若く、成人になったかなっていないかくらいの外見をしている。そして彼女こそ、世間一般から勇者と呼ばれる存在だった。
すると彼女の対面に立つ男は口を開いた。
「エルフとの国境沿いで紛争が起きたようですね」
「そのようね」
眼下に広がる街並みを見ながら彼女は頷く。
「それについてどれくらい知っていますか?」
「何も知らない」
「そうですか。どうやら野盗がエルフの森に侵入したらしく、30名以上の死者が出たようです」
「そんなに?」
思わず彼女は男を見る。
紛争といっても小競り合いだと思っていた彼女からすれば30名以上の死者というのは衝撃的な数だった。下手をすればそこから戦争に発展しかねないほどの被害である。
「ええ。どうやらエルフは木々に隠れて巧妙に待ち構えていたようです。なんともエルフらしい戦術ですが、30名以上の死者が出るとはあまりに不思議だ。あのあたりは小規模な村が点在するだけで、大きな街は離れているはず。もし近くにあったとしてもそんなすぐに野盗の対応ができるとは考えにくい。かえってエルフの村の方が焼き討ちに遭いそうな気がしますが、結果はこの通り。不思議だとは思いませんか?」
「野盗がバカだっただけ?森はエルフのフィールドだし」
「確かにそういう意見もあるかもしれません。ですが野盗の証言によると数十名いるエルフの中にものすごい弓使いが1人いたと聞いています。それが放つ弓矢は暴風のようで、当たった者は頭が弾け飛ぶほどだったとか。実際レンジャーを確認のため派遣しましたが、身体のどこかが欠損した遺体がいくつかあったと報告がありました。中には太ももが消えた遺体もあったとか……」
「弓矢で太ももが?そんなことあり得るの?」
「彼の意見を信じるのであれば……ですが」
「………………」
思わず彼女は黙り込む。
矢が当たっただけで頭が弾け飛ぶなど、にわかには信じがたい話だ。しかし信頼がおけるレンジャーがそう報告してのだ、信じなければならない。
そう思った彼女は考える。
果たしてそんな芸当ができる弓士がこの国にいるのかと。おそらくできる者はいるだろうが、ごく少数だろう。それも熟練の弓使いだけだ。
すると気になることが一つ生まれる。
「なんで他の者は生かされたの?そんな腕前のエルフなら掃討することも可能でしょ?」
「まぁ詳しくはわかりませんが、おそらくこの国と問題になることを避けたかったのかと」
「そう……」
彼女はどうでもいいという様に再び窓を見た。といってもそれは本当にどうでもいいというわけではなく、とある予感がしたのだ。
そしてその予感を口に出す。
「もしかして遂に"代表者"が現れたのかしら?」
「あり得ますね。それに今回はおそらく"転生者"の可能性が高い。村で育った転生者が野盗との戦いに加わっていた、という線が」
代表者、なぜ彼女がそんな言葉を知っているのかというと、それは彼女も代表者であるということに他ならない。
彼女は勇者であり代表者である。おそらく、彼女と対等に渡り合えるのはこの世界でも指折りだろう。
「先に魔王国だと思ってたけど、王国を総動員してセードラ妖精国を倒したほうがいいの?」
「それは分かりませんね。転生者となるとあなたと同格クラスと想定していいでしょう。まずは情報収集が先決では?あの森で戦うには我々は不利ですし、それに……」
妙なためを彼は作る。
それは転生者よりも、地の利よりも、更に大きな問題だと言わんばかりの態度だ。
実際、彼が危険視しているのはセードラ妖精国と戦った際に何よりも王国の戦略機関が危惧している問題。
「あの国には"妖精王"という最強のエルフの女王がいるはずです。真相が確かなら彼女は代表者よりも魔王よりも遥かに強い危険な相手。無闇に戦争に発展していけばこの国が滅ぶ可能性もあります」
「…………」
再び彼女は黙る。それは、妖精王の強さを理解しているからこその沈黙だ。
妖精王は危険な存在である。一般的に1000年程度と呼ばれるエルフの寿命の中で、その何倍もの時を生きていると言われる存在であり、なんの方法を用いて延命しているのかわからないが、人間では到底及ばない力を持つといわれている。
エルフの国の最奥に彼女はいるという噂だが真相は不明だ。実力も未知、何もかも不明だらけだが、噂が本当ならば代表者よりも強いだろう。実際は分からないが強いと言っておくべきだ。そう見積もっておかなければ、数の少ないエルフには負けないなどと油断をしていざ開戦をすれば滅ぶのはこの国の方だ。
「私に妙案があります。と言っても私がどうこうできる話ではないですがね」
彼は悪魔のようにニヤリと笑った。
「早い話、代表者と妖精王をぶつければいいんですよ」
「…………」
彼は何を言っているのだろうか。
妖精王とエルフの国の代表者。お互いはエルフということで仲間ではないだろうか。
そんな彼女の疑問がわかったのか、言われるよりも早く彼は右手で静止させ、口を開く。
「忘れましたか?その名の通り、代表者に選ばれた者は国の"代表"にならなければいけないんです。君主制を採用していればその者は王にならなければなりません。しかし国に国王が2人いる、なんて話はどこを見ても聞いたことがないですし、そんなことをもし行えばいずれ殺し合いになるでしょう」
となると、
「あの国に代表者がいるとして、それが妖精王でないのならば、いずれ争いになるのは明確ではありませんか?代表者は王になりたい、一方妖精王は王の座を維持したいというふうにね」
「確かに……」
「そこでお互いに殺し合い、最終的な漁夫の利を我々が頂けばいい」
腹が減った虎と狼。その両方を敵に回すなど愚か者がやることだ。ならばその両者を殺し合わせ、一方が死に一方が弱ったところで介入すればいい。
彼が言っているのはそういうことなのだろう。
「代表者が死んで妖精王の勝利で終わるという形が我々の理想でしょうね。そうすればエルフの国と戦わずに済む。逆に最悪なのはその逆でしょうが、その場合は代表者が妖精王という最強の敵を倒さなければいけないので、そうなる可能性は少ないでしょう」
まぁどちらにせよ、
「今は情報収集に専念すべきでしょうね」
「魔王国と緊張が高まっている今、冷静に状況を俯瞰することも大事というわけね」
「その通りです。それで私の方でエルフの状況について調べておきましょう。ですからあなたは来るべきに備えて準備していてください。それが人間の"代表者"として選ばれたあなたの使命なのですから。では……」
彼は颯爽とこの場を後にする。そんな遠くなって行く背中を見た彼女は再び街並みを眺めたのだった。
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