置き去り

 あれからライルとフィアーネは稽古を重ね、二ヶ月が経ったある晴れの日。


 フィアーネは家の花壇に水やりをしていた。


「ライル〜〜あっちの花壇にも水をやってって……そっか、いないのか……」


 ライルがいないことに気がついたフィアーネは水やりも途中に、考え事にふける。


 思えばライルがコレスタニア学園に入学するまで1ヶ月を切った。そんな彼は今日、学生寮に用事があって遠く離れた学園に行っている。


 明日は帰ってくるだろうが今日はいない。


 思えばこんなことは初めてだ。生まれてから今日こんにちまで、彼は当たり前にいるものだと思っていた。しかし違う。それどころかもうすぐ彼がいないことが当たり前になってしまう。


 フィアーネは頭を俯かせる。


 そしてそのまま卒業したら、ここに帰ってくる保証もない。それどころかもうずっと離れ離れかもしれない。そうなったら自分はひとりぼっちだ。


 確かにお父さんとお母さんはいる。だが、彼がいないこの村はなんというか、色のない花のようだ。


「………………」


 いつもなら心が温まるお花も、なんだか今日は悲しく見えた。


 これから先、100年、いや900年後も自分は1人なのだろうか。彼と一緒に暮らせないまま年老いておばあちゃんになっていくのだろうか。




 …‥……悲しい。




 気付けばフィアーネの瞳から涙が溢れていた。


「べ、別にこれもお花に水をやってるんだから……!!」


 いつもなら突っ込んでくれる発言も、彼がいない今は虚しく消えるだけ。気分が悪くなったフィアーネは水やりも早々に家に入った。


 ○□△×


 その日の夜。


 何かが欠けた夕飯の席でフィアーネはお父さんとお母さんと食べていた。


「……それにしても静かねぇ〜〜。ライルがいないと寂しいわぁ」


「そうだな……」


 心なしか2人も悲しそうな顔をしている。そこでたまらず、フィアーネは口を開いた。


「……ねぇお父さんお母さん。わ、私もコレスタニア学園に入学したいって言ったらダメかな……?」


「おぉフィアーネもか?しかしどうしたんだ急に」


「いやその……」


 彼と一緒にいたい。


 そんなことは恥ずかしくて言えなかった。


 本来学舎まなびやとは当たり前だが勉強をするところだ。それを誰かと離れたくないという理由で行くものではない。莫大な費用が掛かるのだ。両親にだって迷惑がかかる。


 ライルが行けるのは彼のご両親が残した資産と、彼が一生懸命ハントして稼いだお金があるからだ。


 この家には迷惑をかけていない。それどころか彼はこの家にお金を入れながら、学園に行くお金も貯金している。立派な人間だ。


 フィアーネだってこの家にお金を入れているが、それで手一杯だ。学園にいく余裕などどこにもない。


 …………それでも。


 ここで引いたら絶対に後悔する。


 そう思ったフィアーネは口を開いていた。


「私は2人に嘘はつきたくない。だから正直に言う。これを聞いて怒るんだったら怒って、私も素直に諦めるから。私が学園に行きたいのはライルと離れたくないからなの」


「………………」


 2人はなんとも言えない顔をしていた。それは呆れているという意味ではなくて、本当にどっちとも取れない顔をしているのだ。


「ごめなさいこんなこと言って。馬鹿みたいよね?お父さんとお母さんに迷惑がかかるっていうのに……」


 こんな優しい両親にお世話になっておきながら自分の欲のために裏切る。とんだ親不孝者だ。怒るなら怒ってほしい、呆れるなら呆れてほしい、見捨てるなら見捨てて欲しい。


 気付けば涙が溢れていた。


 ただそれでも嫌だったのだ。彼と離れることが。そんなことを考えれば考えるほど恐ろしい。もし彼が学園を卒業してこの家に帰省した時、フィアンセを紹介してきたらフィアーネは悔恨の念で覆い尽くされる。


 そして考えるだろう。


 もしあの時言っていれば、ついて行けば、努力していれば、と。


 もちろん彼がこの村に帰ってきてくれるかもしれないし、自分と一緒にいてくれるかもしれない。ただそれでも何もできずに待っているのは嫌なのだ。


 そんな恐ろしさと両親に見捨てられたような絶望がフィアーネの頭を駆け巡っていると、


 ……えっ?


 いつの間にかお母さんが、顔を両手で覆いながら泣いているフィアーネを抱きしめていた。


「お、お母さん……」


「よく言ったわね。流石は私の娘よ」


「そうだ、フィアーネ。行ってやりなさい、彼の元へ」


「お、お父さん……」


 見ればお父さんも優しげに笑っている。


「実はな、端からお前をコレスタニア学園に行かせるつもりだったんだよ。あとはお前の気持ちが聞きたかった、どうしたいのか聞きたかった。だがこれでわかった。フィアーネの気持ちが。だから私たちは喜んで応援する。お金のことなんか心配しなくて良い、私たちが出す。それにお前が家に入れてくれたお金は使わずに貯金していたんだ。この時のためにな」


「そ、そうなんだ……」


「ごめんね、試すようなことをして。それに手続きもしてくれた・・・・・から」


 今お母さんが言った手続きとは、フィアーネが学園に入る手続きのことだろう。では一体、誰がそんな手続きをしたのか。


 フィアーネがそう聞くよりも早くお母さんが言った。


「ライルがしてくれたのよ。彼もフィアーネに入って欲しかった。ここにいる私たち、そしてライル全員が、フィアーネが学園に入学してほしいって思ってたの」


「え、そうなんだっ……。グスッ。な、なんか裏切られた気分。でも嬉しい。ありがとうお父さんお母さんっ!」


「感謝は彼に言ってやりなさい。全ては彼が望んだことだ」


「うん!!」


 ……ありがとうライル。ほんとうにありがとうっ。


 ここにいない彼に想いを届けるように彼女は心の中で何回も繰り返したのだった。

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