稽古(下)
「私が石を投げてそれが落ちたら開始ってことで良いのね?」
「そうだ。それと一つ言っておくが、俺はお前を殺すつもりも傷つけるつもりも毛頭ない。だけどお前は殺すつもりで来て構わない」
「へぇ……そんな余裕はどこにあるのかしら?私を舐めてるってこと?」
「えっ、勿論だけど」
「うぐっ……」
フィアーネとライルは10メートルほど離れた距離で対峙する。戦士からすれば少々面倒な距離感だが、弓を使うライル、魔法を使うフィアーネにとってみれば平等な間合いだ。
……これで良いかしら?
フィアーネはその辺に落ちていた石を拾う。大きすぎもせず丸っこくて投げやすい石。
そんな石を持つフィアーネに対し、ライルは弓を背負った状態で棒立ちしている。
そんな姿にフィアーネは心で嘲笑した。
ハッキリと言うが彼の行動はバカそのもの。なぜなら弓を手に取るのに2秒、放つのに3秒。計5秒もの時間を有する。彼であればもっと素早いのかも知れないが、その時間は一分一秒と生死を分ける実戦では大きな隙だ。
対してフィアーネは前準備を要しない魔法使い。手を突き出せば、指を突き出せば、それだけで発射できる。そこにかかる時間は1秒にも満たない。
……確かにあんたの弓は私に見切れない。だけど舐めてるのが運の尽きね。すぐにギャフンと言わせてやるんだから!!
「いくわよ?」
そんな返事にコクリと頷いたライルを見て、フィアーネは上空めがけて石を放り投げた。
ゆっくりと、だが着実に地面に迫る。
そして、
「終わりよ」
正拳突きをするように手を突き出したフィアーネは魔法で石の弾丸を飛ばした。
数は五発。サイズはどんぐりほどで、当たれば大怪我では済まされない。しかしそれもそのはず、彼女はライルに言われた通り殺す気でやっているのだ。
ただライルも咄嗟に膝を曲げることでそれらを回避。それと同時に背負った弓を手に取り、矢筒から矢を取り出す。
スムーズで見事な動作。しかしフィアーネがその隙を見逃すわけもない。
「きなさい!!」
再び右手を突き出すと、今度は地面から光が発せられた。それは召喚魔法。
その後フィアーネの前に立ち塞がるように現れたのは樹木が絡み合ったかのような二足歩行の魔物。といってもそれは精霊などに近い。
攻撃魔法を撃たなかったのはどうせ避けられると思ったからだ。ならば攻撃に転じられる直前に隙のある召喚魔法を唱えたほうがいいと思ったフィアーネの機転。
更にフィアーネは魔法を唱える。
右手を補助するように左手を添え、力を込めると精霊と彼女の間に樹木の壁ができた。それは横幅10メートル以上あり、高さも3メートルはある巨大な壁。
すると壁の向こうで大きな破裂音が2回する。
……精霊がやられた。でもそんなの関係ないわ!!
作戦通りとばかりに心で叫ぶと、最後の仕上に両手に渾身の力を込めた。すると先ほどと同じように石の弾丸が出来上がる。
しかしサイズが違った。あれがどんぐりなら、これは砲弾だ。
あまりにも巨大すぎる石の弾丸。こんなものが当たれば上半身が吹き飛ぶどころか、山すら抉り取る、そんな破壊力のある代物。
全てはこの一撃に賭けるため。
フィアーネは精霊でライルを倒せるとも、樹木の壁で弓を防げるとも思ってない、ならばこれは布石だ。全てはライルの視界を妨げ、この巨石を発射することで壁もろともライルを倒すというフィアーネの考え。
そしてそんな一撃が放たれる、その前に。
「えっ?」
突如、ライルと目があった。
……ど、どういうこと?
気付けば、フィアーネの胴に合わせられるように穴が空いている。それと同時に魔法で作り出した巨石も消えていた。それは弾けたというよりもどこかに消え去った、ハナから無かったかのように消えた。
そして彼は矢を放った後のように見える。
つまり、
「壁越しに魔法を破壊したってこと……?」
いや、一撃じゃねぇぞ。
そう言ったのは弓を構えているライル。
直後、樹木の壁が再び破壊される。しかしそれは先ほどのようにただの穴ではなく、フィアーネ型に破壊されたのだ。
彼女の体はおろか、髪すら
それはまるで壁越しに彼女の正確な位置、仕草が見えていたかのように、彼女スレスレに矢を射ったのだ。
「どうだ、お前のシルエットは?なかなか綺麗にくり抜けただろ?……それで、降参するか?」
「…………」
そんな声には応じずフィアーネはへたり込む。
「お前が気づかない間に俺はお前に当たらないように壁越しに82発と1発撃っている。82発はお前のシルエット、1発はお前の魔法を消し飛ばすために」
やがて目の前まで来ると彼は笑顔とともに、
「それにしてもお前はスタイルが良いからくり抜くのが大変だったぞ」
そう言って優しく手を差し伸ばしてきた。
負けた。自分の完敗だ。
フィアーネもそんな彼の手を取る。
力強いながらも何よりも優しく暖かい手。
「私の完敗ね。もしスタイルが悪いって言ってたら怒ってたかも」
どこまでも嬉しそうに彼に告げる。
「ふふっ、そうか。それは危なかったな」
「それに私が
フィアーネは含みのある言い方をし、わざとらしく妖艶に微笑んだ。
果たして彼はこの意味に気がつくのだろうか。気がつかなくても仕方ない。しかし気づいてほしいと心のどこか、いや心からフィアーネは想っていた。
しかし、
「それはあぶねーな、失望されずに済んで良かったわ……」
そう言った彼は本当に焦ったようだった。
「……………………はぁ」
「…………えっ?ど、どうした?」
見るからに機嫌が悪くなる彼女。そんな彼女を見てライルはさらに焦る。
果たして自分は何か間違えてしまったのだろうか。それとも最初から失望されていたのか。
…‥急にどうしたんだよ、女ってこえーな。
ライルにはよくわからなかった。
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