稽古(上)
「ふぅ……」
フュン。
息を整え、心を穏やかにし、フィアーネは弓を射る。放たれた矢は風を切りつつ30メートルほど離れた的に当たった。
しかし、
「う〜〜ん、ダメね…………」
思わず落胆する彼女。というのも矢は的には当たっているものの外周気味だ。中心を射抜いているとはお世辞にもいえない。
すると。
フュン!!
隣で異常な速度の矢が放たれる。
それを放ったのはこの場に自分を除いて1人しかいない。そうそれはライルだ。彼の弓矢は豪風を巻き起こし、的に命中した。
その矢は的のど真ん中を射抜いており、明らかにフィアーネの矢とは精度が違った。
「いつ見ても凄いわね……あんたの矢は」
「そうか?」
ケロッとした彼。
弓を射る練習というのは集中力と体力、膂力などが必要なのだが、彼はまるで30cmほど先にある大きな輪っかに通すくらいの軽い気持ちでやっている。そこにこれらの三要素を全く感じない。
しかしこの結果。皮肉なのだろうか。
「ほら、もう一回やってみろ」
「え、ええ分かった」
再び弓を構える。今度は彼に見られながらやる、つまりは自分より格上の弓使いに見られながらという、かなりの精神力が必要な場面。
もちろんライルとやる弓の練習はこれが初めてではないが、自分より上の存在に自分の実力を見られるというのはどんな分野でも緊張するものだ。
それでもフィアーネは集中し、矢を放った。放たれた矢は的に当たる。
「うん、いいぞ。でもさっきよりちょっと中心から離れちゃったか。弓を引くのは忍耐力も必要だからな。俺に見られているという意識が完全に克服されてない。だから早く撃たなきゃと焦っちゃう。弓を放つ時は自分と目標、それだけを意識しろ」
「うん」
「どれ、形を作ってくれ」
弓を引いて狙いを定めるフィアーネに彼は近づいてくる。そんな彼はフィアーネと密着するように背後にくっついては、腕を、肩を、そっと優しく矯正してくる。
これでは抱擁されているようだ。
……ライルが近い。私ったらどうしちゃったの?集中しなきゃ集中。
でも意識すればするほど彼の熱を感じ取れて……。
「おい、どうした?ブレブレだぞ?」
「ご、ごめんなさいっ!ちょっと考え事しちゃって…………///」
「そうか、そう言う時もあるよな。うん」
彼女はひたすらに弓を引き続ける。
その後の的当てがかなり酷かったのは言うまでもない。フィアーネは休憩を促され、ライルは1人で練習を続けた。
遠く離れた的にライルは弦を引き絞る。
といっても、30メートル離れた射撃などライルからしてみればかなり近い距離だ。実際、それはど真ん中に命中した。
本気で自分が鍛錬できる距離となるとキロ単位で拡張が必要となる。
基本的にエルフは弓が得意だ。何もやったことがないエルフでも人間でいうところの、経験者に匹敵するほどに上手い。彼女だって弓など普段は使わない、どちらかというと魔法がメインの彼女だが、これくらいはできる。
どうやらこの世界の種族には生まれた時からの適正不適正があるようだ。それはRPGでいうところの人間を選択したものは能力値が平均だが、例えば悪魔を選択した者は闇の攻撃が強いが光に弱いというようなバランスが、この世界でもなされている。
同じヒト科でも人間とゴリラの能力は違うだろ、それと同じように種族によって違うのは当たり前、と思われるかも知れないが、ライルにはそれが新鮮だった。まるでゲームのようで。
この世界に来てからまともに人間の能力を見たことがないので確実とは言えないが、それでもエルフは人間と比べて聴覚が良い、視覚が良い、弓が得意、魔法が得意などの特徴を持っている気がする。現に翔だった頃よりは明らかに身体能力が優れている。……こちらとあちらの人間が同じだと仮定すればだが。
特に魔法においては顕著で、何も学んだことがないエルフでも魔法の一つや二つ唱えることができる。それはまるで人間が道具を使えるように自然とやってのけるのだ。
ただそんなエルフにも明確な弱点が存在しており、それは戦闘面ではないのだが、子供ができにくいことだ。ルビー村では複数の子供を持つ家庭は少なく、大体が一人っ子。繁殖欲求も人間に比べて乏しいため(ライルは猿並)、全く子供が増えない。
そしてそれは大きな弱点で、例えば病気が流行った時には壊滅的な被害を被るし、数が多い他種族、人間なんかと真っ向から戦えばいくら能力はエルフの方が高いとはいえ、数の暴力でやられる。
弓が得意なエルフでも10対1で人間と弓で戦えば負けるのはエルフの方だ。それに同じ人間でも能力によって差があり、中には天賦の才を持つ者が産まれてもおかしくない。
エルフにだってそういう者はいるが、そんな者がより多く輩出されるには子供を多く産んだほうが高まるのは事実だ。
このように数とは暴力。
種族の能力に溺れ、努力を怠っては確実に代表者に負けてしまう。だからこそ今こうやって稽古をしなければならないのである。
フュンフュンフュン……!!
ライルは並ぶ的に次々と矢を当てていく。百発百中。長年弓矢を練習し続けていただけに簡単すぎた。
……まぁ、これは鍛錬というよりも実戦の想定だったり、感触を確かめたいだけだからな。でも実戦の想定となると動く標的が必要だな……。
そういえばここに良い実験がいる。ライルはそう思い、自らお手製のベンチに座ったフィアーネを見る。
「な、なによ……?」
こちらの何かしらの意図を悟ったのか、彼女はキョロキョロしていた。
「よし、フィアーネ。実戦を想定した練習だ。お前の魔法と俺の弓矢、どっちが強いか勝負だ」
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