迎撃

 皮の胸当てをつけ、身体の至る部分に鉄の板を散りばめた冒険者風の装備こそエルフのフル装備だ。軽装ではあるがフル装備だ。


 戦士や騎士などの重装備、フルプレートとは違い、極限まで防御を捨てることで機動性を重視した、森で活動するために適した防具。


 見た目はあまり似てないものの、モンゴル帝国がかつてまとっていた鎧にコンセプトは近い。それで重装備の西洋騎士もことごとく破壊したのだから、軽装といって弱いわけではない。


 そんな鎧に身を包んだライルは木陰に身を潜めていた。


「きたな……」


 静かな声でそう言うのは同じく完全装備をしたおじさん。隣にはもう1人エルフの仲間も隠れている。


「何人いるんだ、100人くらいか?」


「そうみたいですね」


「しかしなんだあのふざけた進行は。森を舐め腐ってやがる」


 エルフの仲間は弓を持つ手に力を入れる。


 相手はどうやら陣形など完全無視の密集で進んでいるらしい。対してこちらは扇状に展開。この構えをすることで、もしことを構える時がくれば、相手の逃げ場を無くすように一斉に弓を放つことができる。


 ちなみにこの展開を提案したのはライルだ。


 実はこの迎撃部隊の副指揮官をライルは担っている。村で弓の功績を認められて18歳ながらも副指揮官に抜擢されたのだ。ちなみに指揮官は800歳オーバーの村長だ。


 森林を考慮した戦術、密集体系の相手には模範解答のような対処の仕方だが、こちらは別に殲滅する気はない。


 それは国際問題を配慮してだ。


 相手の裏には何がいるのかわからない。服装はバラバラで単なる野党に見えるが、もしかしたら正規軍かもしれないし、貴族がバックにいるかもしれないし、これを口実に戦争を吹っかけてくるかもしれない。


 だからこちらは相手が襲ってきたからやむおえず最小限の対処をしました。というていで、ことを進める必要があるのだ。


 山上を支配したエルフたちは山を登ってくる人間たちを息を殺して待つ。戦いにおいて上を持ち場にして戦うのは基本中の基本。


 ある程度の距離になった時、村長が前に踊り出た。


「ん、なんだ?」


 思いもよらぬ登場に連中は戸惑っているようだった。


 村長は叫ぶ。


「この森は我らエルフにとって神聖かつ不可侵の領域。人間よ、速やかに立ち去れ。ここはお前たちが踏み入っていい場所ではない」


 威風堂々とした大樹のような存在感。それは見るものに安心感を与える。


 しかし。


 ……射れ。


 先頭にいたリーダー格のような男の声が、こちらまで聞こえた。そして次の瞬間、


 フュンフュンフュン!!


 風を切るように発射された無数の矢が、村長を襲う。


「な、なにぃ……うわぁぁぁ!!」


 あまりにも残酷な光景。


 矢が打ち切られ、そこにできたのは針山だ。エルフという名の針刺しに、無数のピンが突き刺さっている。


「このやろっ……!!」


 隣のおじさんは歯を噛み砕くほど強くいきどおる。しかし懸命に耐えた。ここで姿を現せば村長の死が無駄になる。


「はっはっはっは!!びっくりさせやがって。

村を襲うには良い肩慣らしの的だ。お前もそう思うだろ?」


 リーダーの男が後ろに同意を求める。


「いやほんとでっせ親分。エルフっていうのは能天気なのか?それともバカなのか?あっ、どっちもか」


 ハッハッハッ!!


 100人にも近い軍勢が笑えばそれだけで山に轟いた。



 ………………。



「確かにいい的だ」


 とある男がそう言った。


 ○□△×


「確かにいい的だ」


「んっ?」


 リーダーの男は不思議な声を聞いた。それは自分たちが発した声ではない。山の方から「確かにいい的だ」と、そんな声が聞こえたのだ。


 ………………ヒュン。


 その直後、流星が通る。それは当然ながら比喩。しかしそれほど速い何かが残像すら残さず通った気がする。


 訳もわからず男は頬に触れると、血まみれだった。しかし痛くも痒くもない。


 ……どういうことだ?


 不思議そうにその弾道の先をみると、足をガクガクとさせた頭部のない身体が転がっている。まるで首がもげたバッタ。そして何よりそれは先ほど自分の意見に肯定した男だった。


 ……なんだ、これ?


 急いで前を見る。


 すると木の上に明るい髪色のエルフが立っているのを見つけた。まだ年は成人にいったかくらいか。どうやら弓を持っていて矢を放った後だったようだ。


 そんな彼はニンマリと嗤っている。不気味だが、何よりそれは先ほどの自分がつくった笑い顔のようだった。


 そして、


 フュンフュンフュンフュンフュンフュンフュンフュンフュンフュン……!!


 無数の矢が、いや滝が押し寄せてきた。


 イヤァァァァ!!!


 助けてくれぇぇぇ!!!


  "あぁぁぁぁあぁあぁあぁ!!"


 周囲にそんな絶叫が響き渡る。


 気付けばこちらを包囲するように展開したエルフたちが一斉に矢を放っていた。


「ど、どういうことだっ!!」


 男は混乱する。


 意味がわからない。森は今の今まで沈黙を貫いていたではないか。なぜ幽霊のようにこんな大量のエルフが突如現れたのか。


 男は部下を見捨てて咄嗟に逃げる。


 同じく部下も恐怖に駆られて蜘蛛の子散らすように逃げている。


 そんな部下が邪魔で邪魔でしょうがない。


「た、たすけてぇ!!」


「てめぇどきやがれぇ!!」


 目障りな障害を突き倒す。


 邪魔だ、どけ。命の価値はこんな羽虫より自分の方が重い。自分の命は金より重いのだ。こんなところで死ぬなんてありえない。だから頼むからどいてくれ。





 その頃、ライルは淡々と矢を放っていた。放つ矢放つ矢、敵の頭部に直撃し爆散していく。


「はい1、2、3、4、5、6」


 それはまるで流れ作業。


 村長は良い人だった。あまり接点はなかったが、弓の技術を褒めてくれた。そんな人をこの連中は殺した。できれば誰1人として生かしては返したくない。


 しかし鋼の精神で抑制する。


 ……打ち止めだ。あまり殺しすぎると問題に発展しかねない。周囲のエルフも怒りを顔に馴染ませながら手を止めている。腹いせに逃げる1人の右太もも諸共消しておいた。殺してはない、死んだ時はやる気のない自分の身体が殺したと思ってもらおう。


「この中に怪我を負った者はいるか!?」


 ライルはそう呼びかける。しかし誰1人として手は挙げない。どうやら死傷者は村長だけのようだった。


 そして村長の元に駆け寄る。


「村長、村長っ!!」


「ど、どうなってんだ!?」


「こ、こんなことっありえん!!あり得んぞっ!!!」


 村長の矢を必死に抜くおじさんたち。


 そんな光景を側から見ているとライルは思い出した。そういえばあの指示した親玉を殺してないことに。


 ○□△×


 男は逃げる。部下などどうでもいい、自分が助かるための撒き餌だ。


「俺だけはっ、俺だけは逃げるぞっ!!」


 はっはっはっは!!


 心の底から笑いが込み上げてくる。


 雪崩のように襲ってきた地獄から自分は生き延びた。実に気分が良い。自分さえ助かれば後はどうでもいいのだ。


 ……しかし一つだけムカつくことがある。それは自分をエルフの森に扇動した男のことだ。


「あの野郎!!騙しやがったな!!帰ったら……」


 しかし男は口を閉じる。後ろからものすごい気配が迫ってる気がした。


 思わず男は振り向いた。


「…………へ?」


 とても間抜けな声が森に響く。


 それが男の最後の遺言となった。


 ドカン!ドカン!ドカン!ドカン!ドカン!!


 ライルの矢は光の粒子となって五つに枝分かれする。


 それは逃げる男に瞬く間にぶつかった。


 煙が晴れた後、男はもうこの世にいない。残されたのは直径10メートルにもなるエネルギー痕のクレーターだけだった。


 そんなクレーターにライルは睨みつける。


「お前は死んでいけ」


 そう言った。

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