完熟トマト
「ただいま」
ライルとフィアーネがリビングに入ると、待ってましたと言わんばかりのおじさんとおばさんがそこにはいた。
「お疲れ様。随分と遅かったな」
「ライルがクスクを仕留めたから街まで売りに行ってきたの。金貨6枚で売れたんだから」
「あら凄い!」
「それは凄いな!でもなんでそんな高く売れたんだ?」
屈託のないおじさんの笑顔。しかしフィアーネは明らかに不機嫌な顔をする。
「都市部で狩りをしない人たちが増えてて超過需要らしいよ」
仕方がないのでライルは援護してあげた。
「そうかそうかっ!それじゃ私も今度狩りに行こうかなっ!!なぁ今度一緒に狩りに行こうソフィア。また昔みたいにさ」
「いいわねぇ。あなた、一緒にいきましょ♡」
「おおソフィア♡」
またすぐにイチャコラ始める2人。
「もう2人とも!それよりもクッキーを買ってきたのよ。食べてみて」
「クッキーだと?」
「あら?じゃあ頂こうかしら」
焼きたての美味しそうなクッキー。前世のとは少し原料が違うが、それでも味は悪くない。昔食べたことがあるのでそのあたりはわかる。むしろ魔法で調理されたものはかつての世界のものより美味しかった覚えがある。
魔法が発達していると、思いもよらないところで前世の技術力を超えている。魔法のバッグなどその際たる例だろう。異世界が必ずしも現代社会に劣るとは限らないのである。
「うん……うまいなっ!!」
「美味しい〜〜。ありがとうフィアーネ。ライルもありがとうね」
2人の笑顔を見て嬉しくなったのか、振り返ったフィアーネが手を握ってくる。
「これもライルのおかげね、ありがとう!!」
「おう、そうか。また狩りに行こうぜ」
「ええ!」
顔がほんのり赤い彼女。
久しぶりに見たデレモード。いったいいつまで続くのか。ただ、悪い気はしない。
微笑ましい家庭の光景。そんなのがいつまでも続くと思われた。
しかし、無情にも一つの大きな音でその雰囲気は壊される。
キーン!!キーン!!
あたりに響く鐘の音。
「な、なんで鐘の音が!?」
「どうなってるのよ!?」
「まさか……お、お前たち、とりあえず外に出るぞ!!」
「え、ええ!!」
異常な雰囲気を察知し、4人は急いで外へと向かう。その間にも鐘の音は止む気配がない。
「全くどうなってるのよ!?」
今、鳴ったのは"広場の鐘"と呼ばれる村の中心部に置かれた魔道具のものだ。村に緊急事態が起きた時か、避難訓練の時だけに鳴らされる鐘なのだが何も知らされてない。つまり十中八九、緊急事態が起きたのだろう。
……どういうことだよ、まったく。
その身そのまま飛び出して中心部へ向かうと、同じような状況の村人たちが既に大勢集まっていた。
彼らは頭を上げて高いところを見ている。
ライルも同じく目をやると、1人の男性が立っていた。人間にして四十代くらいだろうか、しかし実年齢は800歳を超えている彼こそこの村の村長。
そんな村長が魔道具を使って拡声器のように村中に声を届けた。
「皆のもの、よく集まってくれた。一つ言っておくがこれは訓練ではない、緊急事態だ。いいか、心して聞け。この村より南東に2キロほど離れた場所で我が村の者が殺された」
群衆に大きなどよめきが起こる。
「どうやら犯人は人間らしく、大軍を率いてこちらの村に向かっているようだ。今魔法でそれを目撃した者と連絡をとっているが、あと2時間ほどでこの村に到着するとのこと。そのため我々も打って出る」
よいか、
「成人した男性は武装を整えて30分後、ここに集まれ。村を守るため、妻を守るため、そして子供たちを守るため。我々も全力で戦うのだ。……以上である」
騒ぎが収まらない中、おじさんがこちらに顔を合わせてくる。
「なんてことだ。ライル、私たちも準備をするぞ」
○□△×
あれから10分後。
ライルは自分の部屋にいた。弓も持って短剣も持って準備完了だが、時間が流れるのがやけに遅く感じる。
別に死ぬつもりはないが、世界が滅ぶと知っていながら過ごす1日のような長さだ。
しかしそれも終わりを告げる。
ライルはおじさんと共に家を出た。
広場では大勢の夫婦と子供達が抱き合い、涙を流してキスをしていた。当然そこにはおじさんとおばさんの姿もある。彼らもまた抱き合っていた。
広場で思い思いの時間を過ごす人たちは若者に見えた。それは図らずともクリスマスツリー前のカップルのよう。
ポツンと立っているのはライルただ一人。
……なんか、孤独だな。
すると。
「ライルゥ!!らいるらいるっ!!」
人混みをかき分けてフィアーネが走ってくる。そしてあろうことか抱きついてきた。おじさんとおばさんには目もくれずに。
「うおっ!?ど、どうした、家にいるんじゃなかったのか?」
「う、うぅ……。ごめんなさいごめんなさい。私強がっちゃって。ライルが強いのは分かってる、でももしライルがいなくなったらわたしぃ、うううぅぅ……」
彼女は泣いていた。そして何度も何度もごめんなさいごめんなさいと謝ってくる。
……そんなに俺は心配かけたのか。
だからそんな彼女の頭をそっと撫でた。
「ごめんな、心配かけて」
「……うっ、ううっ、うううぅ。行っちゃやだぁ……ごめんなさい。はぁはぁはぁ……」
「大丈夫だ。俺は必ず帰ってくる、おじさんと一緒に」
「…………っ、やくそくっ、約束だからねっ」
「ああ」
彼女はやっとやっと頭を上げた。顔はトマトのように真っ赤で、涙の跡がよく分かる。しかし不思議と悲しみの色は見られない。むしろとても嬉しそうに、
「ぜったい、ぜっぇぇたい、帰ってきてね///」
そう言ったのだった。
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