何が嫌いかより何が好きか……以下略。
ルビー村でもっとも使われる武器は弓である。他の武器に比べて持ち運びやすく、動物を安全な距離から仕留めることができるからだ。
他の村、街では対人用に剣や槍が使われるかもしれないが、平和なルビー村ではとにかく弓が主流だった。
そんなライルもまた幼い頃から弓に触れてきた。そしてある時思ったのだ。
そうだ、弓を極めようと。
それは単純に弓が好きというわけではなく、どちらかというと逆張り精神のような捻くれた考えからだった。
剣や魔法を使いこなしたところでつまらない。そんなものが得意な奴はいくらでもいるし、そんなものができるようになって賢者などと呼ばれたところで何も嬉しくない。と、ライルはそう思っている。
実際エルフでは魔法使いの高みこそ至高だと賛美されている。しかしライルにしてみれば誰も目指さないトップになりたかった。
だからそう思いついた時からライルは必死に弓を学んだ。時には熟練の猟師から、おじさんから、そして独学でも。気付けばライルはこの村、いやこの国一番の弓士になっていた。証拠などない。しかしライルはそう思っている。
そして実際、ゼドリスから与えられた力、"極める力"は弓に作用していると確信があった。
そんなライルが放つ超豪速の矢。
それはスナイパーライフルの弾速すら優に超え、マッハ十にまで到達する勢いだった。
クスクの首元を貫通した矢尻はそのまま山にめり込んで貫通し、見えなくなる。ライルはあっという間に獲物を射抜いていた。
「こんなもんか」
「あ、あんたの弓、いつ見ても凄まじい速さね……」
弓を片付けたライルは射抜いたクスクの下に歩み寄る。
即死だった。
そんなクスクの頭を少し撫でて、その後担ぐ。
今まで生きていたものを殺したのだ。せめてもその魂が安らぐように祈らなくてはならない。
気付けば隣でフィアーネも合唱をしていた。
エルフは殺生するときに感謝する。
頂きますを動作だけやれば済んだと思っていたライルには改めて考えさせられる光景だと初めて見た時はそう思った。
「よし、じゃあ川に行って解体して街へ行くぞ」
「ええそうね」
○□△×
小さな子供を連れた母親や馬車を動かす商人たちとすれ違う。
ここはルビー村近くのエルフの街、ハイネ。
そんな街の一角にライルとフィアーネは歩いていた。
「この辺りも発展してきたよな。なんか訪れるごとにデカくなってる気がするんだが」
「あんたはまだ若いのによくそんなことわかるわね。私もエルフじゃ若造だけどさ」
18歳など、人間でも若造だがエルフの中では若造どころか赤ん坊だ。何せ周りでは普通に200歳とか400歳が歩いている世の中だ。もっと言えば受精卵クラスかもしれない。
「でも確かにライルの言うとおり、エルフの都市化も進んでるわよね。このまま行けば森がなくなっちゃうのかしら……」
フィアーネは顎に手を当てて俯いた。
エルフにとって森は母なる大地であり神聖な場所だ。本来なくてはならないのだが、この様子を見るに困ったエルフは見受けられない。そんな現状が、価値観が、加速することが恐ろしかった。
「まぁでもそのおかげで薬草だったり、肉が高く売れるんだけどな」
「そうね。それを良いことと捉えていきましょう」
そんな与太話をしていると目的地に着いた。
食材の流通をしている卸問屋。その中に2人は入っていく。すると1人のエルフの男性が出迎えてくれた。
「おう、ライルの坊ちゃんにフィアーネの嬢ちゃん」
それはエルフにしてはかなりガタイがいい、人間にして三十代半ばくらいの髭が生えた店主だ。実際の年齢は不明である。
……多分100歳は超えてると思うけど。
「アルクさんこんにちは」
「こんにちは〜〜」
ライルとフィアーネは頭を下げる。
「お前らも元気そうだな。それで、今日はどんなやつを獲ってきたんだ?」
「これなんですが……」
魔法の袋にしまっていたクスクの肉を取り出す。
「おぉ!これはクスクか?」
「そうです。今朝獲ってきました」
「かなりのサイズだな。ちょっと待ってくれよ……」
そう言って彼は肉を魔法の秤に乗せてグラムを測っていく。流石はそのための筋肉。そして測り終わったようだ。
「凄いな、35kgだ。しかもかなり脂が載ってるな。そうだな、これでいくと金貨6枚と銀貨3枚でどうだ?」
「えっ!?すごい値段ですね!」
横で舞い上がるフィアーネ。
「おうよ。最近は人間との取引が増えててな、エルフ産のクスクはブランドとして金持ちたちの間で人気らしいんだ。おかげでウハウハよ」
「人間……」
「そうだ人間だ!ハッハッハッ!」
何か地雷を踏んだのか。明らかに盛り下がるフィアーネと、そんなのお構いなしに盛り上がるアルク。
そんな対比が奇妙でライルはキョロキョロと見る。
「……それで、売ってくれるのか?」
「えっ、あっ……すみません。ボッーとしてました。ええ売りますよ。入学するために色々お金がかかるんでこの金額は嬉しいですね」
「そうか、毎度あり。いつもありがとうなっ!」
「いえいえこちらこそ。それと今度はソネリアなんですが……」
結果としては大黒字だった。懐がホッカホカになったライルとフィアーネはキンキンに冷えたアイスを舐めながら通りを歩く。
「やっぱりアイスは美味しいわね」
ペロペロ……。
彼女は美味しそうに愛おしそうに棒を舐める。
金髪巨乳エルフだとアイスを舐めるだけでイヤらしい画になってくる。タイトルはこうだろうか、イヤイヤ幼馴染の棒をしゃぶるツンデレエルフ。
う〜〜ん、悪くない。
「ん、何考えてるのよあんた?」
「いえ、何も…………」
「それにしてもこんなにお財布が潤っちゃったし、何かお父さんとお母さんに美味しいものでも買って帰ろ」
「そうだな。それと話は変わるが一ついいか?」
「ん、どうしたのよ?急に改まって」
「人間は嫌いか?」
ライルは先ほど気になった問い、いやかつてから気になっていた事を問いかけてみた。
すると明らかに彼女の顔は曇る。
「………………」
しばらく黙っていたものの彼女は答えた。
「ええ。ハッキリ言わせてもらうけど私は人間が嫌いよ」
明らかに悪くなった機嫌を彼女は隠そうともしない。それほどまでなのか。
「どうしてだ?」
「逆にどうしてそんなこと訊いてくるの?あなたのお母さんとお父さんの命を奪ったのは人間なのよ。憎くないの?」
「そうだな……」
「私は憎くて憎くて堪らないわよ。自分たちの持ってるものじゃ飽き足らず、他人のさえ奪うその強欲さ。エルフの男性を殺すその残虐さ。エルフの女性を性処理の道具としてか思ってないその卑劣さ」
……うっ、頭がっ……。
「そんな連中と分かり合えるなんて思わない、思いたくもない。それが私の答えよ」
彼女は言い切った。
そこにあるのはアイスすら生ぬるいと思える鉄のような鋭さ。
「そうか。それともう一つ。もし俺が人間だったらどう思う?」
「どういうことよ、それは?」
「なに、そのままの意味だ」
「たぶん今まで変わらないと思う。だってあなたはあなたで、他の誰でもないライル・アーケスだもの」
……そうか。
翔は前を向いた。それは前を見ているというよりももっと別のものを見ているようだった。
「悪いな嫌なこと聞いちまって。でもそれが聞けただけでも十分だよ。ありがとうな」
冷たい彼女の手に自らの手をそっと重ねたのだった。
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