居候

「ラ……ライ……ライル起きなさい!」


 怒声が聞こえて目を開けると、般若のように怒ったフィアーネが怒涛の揺らしをしてくる。今日もうるさいラッパの登場だ。


「起きますよハイハイ」


 イヤイヤながらライルは身体を起こした。


「もう〜〜何回言ったら起きるの?早く支度してすぐに狩りに出かけるわよ、まったく……」


 そう言ってフンフン言いながら出ていく彼女。かれこれ18年の付き合いだ。


 

 …………そう、あれから18年経った。


 ライル……かつての名前で翔は転生した後、ルビー村というルビーが産出されそうなド田舎で生まれ育った。この村はエルフが支配する国、セードラ妖精国の辺境の地に存在する。


 ちなみに先ほどの女性はフィアーネ・リコッタという幼馴染エルフだ。生まれた年が近く腐れ縁のような関係で、今は同じ屋根の下に住んでいる。ツインテールの金髪に碧眼へきがん、黙っていれば綺麗なのだがご覧の有り様。


 そんなことを考えつつ、着替えをしたライルはリビングに向かう。


 リビングに入るとすでに朝食をとっていたおじさんとおばさんの姿を目にした。


「おはようライル」


「ライルおはよう」


「おはよう、おじさんおばさん」


 そう言って席に着き、ライルも朝食をとり始める。今日の献立はカブとニンジンに似た野菜のスープにパン、サラダだ。


 なんとも物足りない朝食だがエルフが肉を食べることは滅多にない。魚もあまり食べない。食べるとするならばそれは祭事など祝い事で、そもそも食べなくても健康的に成長できるようエルフは進化している。


 まずはパンに齧り付き、その後スープを啜る。カリカリ食感のパンがスープでふやけてちょうど良い。


 ……いつ食べてもおばさんのご飯は美味いな。


「どう、おいしいかしら?」


「うん。やっぱりおばさんは料理上手だよ」


「あら嬉しい。あなたもライルを見習いなさい」


「イテッ。やったな〜〜?」


「いやっやめてっ♡」


 まるで男子高校生のように絡み合う2人。


 今日もご恒例のイチャイチャタイムだ。


 人間で言うところの中年2人だが、エルフのため、新婚カップルがいちゃついてるようにしか見えない。


 ちなみにこの世界のエルフは900〜1000歳まで生きる。しかも老いるのはかなり後だ。そう考えると彼らは実際、まだ新婚カップルなのかもしれない。


「ご馳走様。おばさん」


「仕返しよっ♡……って、ライルもう食べ終わったのね。そんなに美味しかったのかしら?」


「うん。それにこれからフィアーネと狩りだしね」


「そうなの?気をつけて行ってらっしゃいね」


「頑張れよライル」


「おじさんおばさんありがとう」


 そう言って食器を片付け、狩りの準備をするために再び自分の部屋に戻る。


 部屋に戻ったらまず狩りに使う弓の点検だ。ベッドに座りながら弓を見ていく。


 厳荘な木が使われた弓は弦の張りも良く、どこにも異常は見られない。


 流石は亡き父が残した先祖代々の家宝だ。


 ちなみにこの弓の素材にはエルフの国にとっての世界樹、カウヌ・ウィア=セードラ、あっちの世界でいうところのユグドラシルが使われており、極めて神聖な力を有している。


 売れば家何軒も建つらしいが、真相は不明だ。


 それと亡き父と言ったようにこの世界でのライルの父親はおろか母親も死んでいる。正確に言えば母親だけ行方知れずだ。ライルが3歳の頃に夫婦で野草探しに行ったきりそのまま帰って来ることはなかった。


 後で見つかったのだが、父親は血塗れになっていて母親は行方不明だったという。父親にはどうやら刺されたような外傷が無数にあったらしく、大人のエルフの話を盗み聞きしたのだが、どうやらエルフ誘拐目当てで森に入った人間たちにやられたらしい。


 男は殺して女は誘拐。


 翔が死んだ時もそうだが、人間とはなんて野蛮な生き物なのだろうか。自分たちの欲求のために他人を害し、世界を害し、地球を害する。


 ではそんな人間たちが憎いかと聞かれると答えはNOだ。正確には人間全体は憎くない。


 例えば自分が女性に刺されても、女性全体を敵視することはないだろう。自分の姉は?母親は?憎むのだろうか?そんなことなどあり得ない。


 あくまで刺した人間が憎いのであって、人間全体は憎くないのだ。もちろんかつて自分も人間だったし、物心つく前から心が大人だったせいというのもあるだろうが。

 

 ただこの事件をキッカケに、今いる家族や村の人は絶対に守りたいという意思が芽生えたのも事実ではある。


 …………とまぁ。


 そんな感傷もいいが、今はとにかくフィアーネとの狩りだ。ライルは素早く身支度をし、彼女が待つ玄関へと歩を進めた。

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