永遠の愛をー2

 琴禰は少し恥ずかしそうに下を向いた。


「まるで結納に行くみたいだな。俺達は色々と手順をすっ飛ばしたから」


「あやかし国にも結納という文化があるのですね」


 琴禰は感心したように言う。


「言っておくが琴禰。あやかしの文化を真似して取り入れたのは人間界の方だからな」


「ええ、そうなのですか!」


「うん、まあ、今はいい。後々それらは教えるとして、挨拶が先だ」


「そうですね、行きましょう」


 二人は仲良く手を繋ぎながら、大王が療養する殿舎へと向かった。



 煉魁は少し緊張しながら、螺鈿細工の装飾が施された障子戸を開けた。


「失礼いたします」


 煉魁の後に続いて中に入った琴禰は、部屋の造りの重厚さにまず圧倒された。

 床の間の欄干には鳳凰や舞鶴が生き生きと描かれ、床柱は名品である黒柿が用いられていた。

 そして畳には珍しく、寝台を使用していた。ずっと伏せっていると言っていたので、布団より寝台の方が、寝起きが楽なのだろう。

 上半身だけ起き上がり、寝台の背もたれに寄りかかった老輩の男性の目には険があり、痩せているが上背が高いので威圧感がある。


「父上、起き上がっていなくても大丈夫です」


 煉魁が駆け寄ると、大王は余裕のある笑みで制した。


「大丈夫。煉魁のお嫁さんが来ているのだ。見栄を張らせろ」


 大王はとても嬉しそうな笑顔で琴禰を見据えた。

 琴禰は、顔を赤らめながら慌てて頭を下げた。


「琴禰と申します。ご挨拶が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした」


「悪いのは当然俺です。琴禰は今日まで俺に父上がいることすら知らなかったのです」


 煉魁も琴禰の横に並んで頭を下げた。

 すると大王は、愉快そうに目尻を下げた。


「煉魁が全て悪いことは知っている。どこで育て方を間違えたのか、傍若無人になってしまって、皆が振り回されている。すまないね、琴禰さんも苦労をしているだろう?」


「いいえ、とんでもないです。煉魁様はとても優しく仲間思いの男気のある御方です。恐縮してしまうほど私を大切にしてくれています」


 琴禰は優しく微笑んだ。褒められた煉魁は満更でもないらしく嬉しそうだ。


「互いをとても思い合っているのが伝わってくるよ。煉魁は素晴らしい女性と結婚したのだね」


 大王の言葉に、琴禰と煉魁は驚いて目を見開いた。

 人間と結婚したことを怒っていると思っていたからだ。

 怒鳴られるのを覚悟してきたので、まさかの好意的な反応に面食らってしまう。


「私は煉魁に幸せになってほしかったのだよ。これで安心して逝ける」


「父上、縁起でもないことを」


 煉魁が諫めると、大王は口を大きく開けて豪快に笑った。


「ははは、いよいよもう駄目かと思っていたが、二人のことを知ったら自然と元気が湧いてきたのだよ。まだしぶとく生きられそうだ。琴禰さんのおかげだよ」


「勿体ないお言葉です」


 いつもより快活で肌艶も良く機嫌がいい大王を見て、煉魁はほっと胸を撫でおろした。


「ところで」


 大王はそれまでの柔和な雰囲気から一変して、鋭い眼光を際立たせた。


「琴禰さんのためにも、きちんと結婚式を行って国民に披露した方がいい」


「いえ、私は煉魁様と一緒にいられるだけで十分ですので……」


 琴禰は恐縮して首を振った。すると、煉魁が思いのほか大王の提案に食いついてきた。


「そうですね、今なら好意的に受け入れてくれそうです。なにより、俺が琴禰の花嫁姿を見たい」


 煉魁は魅惑的な笑みを浮かべ、琴禰を横目で見た。

 琴禰は恥ずかしくなって咄嗟に俯く。


「国民もさぞ喜ぶだろう。こんなに可愛い方が、あやかし王の花嫁になってくれるのだから」


 そうして結婚式と披露宴を行う話があれよ、あれよと決まっていき、長居をするのも体に障るので早々に部屋を下がった。


「まさかこんな展開になるとは思いませんでした」


 宮殿へ戻る道すがら、琴禰は少し興奮した様子で言った。

 人間界でもあやかし国でも疎まれ続けてきた忌み子である自分が、花嫁として歓迎される日がやってくるなど思いもしなかった。

 幸せになってはいけないのだと全てを諦めていたのに、次から次へと幸せが降って来る。

 幸せ慣れしていない琴禰にとっては、素直に嬉しいと思う感情の前に、戸惑いがやってくるのだ。


「俺もそうだ。だが、言われてみれば確かに必要なことだよな。俺達は二人で勝手に結婚してしまったから」


「あの結婚式も、私にとっては宝物のような思い出です」


 満開の桜の木の下でした指輪交換を思い出し、琴禰はうっとりと顔を緩ませた。


「そんな思い出を、これからもたくさん作っていこう」


 煉魁は琴禰の肩を抱いて引き寄せた。


「……はい」


 この瞬間も琴禰にとっては幸せな思い出だ。

 煉魁と共に過ごすひと時全てがご褒美だ。

 胸の中から溢れ出る愛しさを感じて、思わず目を潤ませてしまうほど幸福な時間。


(幸せ過ぎると、泣きたくなるものなのね)


 初めて知った感情だった。

 辛く苦しい涙ばかり流していたのに、喜びの涙もあるのだと不思議な気持ちだった。

 

 そして、閣議決定の末、結婚式と披露宴は約一ヵ月後に行われることとなった。

 その間に、琴禰は専門の教師が数名つき、あやかしの文化や歴史、礼儀作法について学ぶこととなった。

 あやかし国の実態は、祓魔で聞いていたこととまるで違っていた。

 あやかし国が厄災を落としていると聞いていたが、実際は妖魔が人間界に入り込まないように見守っている役割をしていることを知った。

 そしてあやかしは、天上(神々の住居すまいと中つ国(人間の住居)と黄泉(妖魔の住居)から独立しながらも、それらを併せ持った中間的な存在なのだという。

 だから、あやかし国は、淡くおぼろげな彩雲の上に建っているのである。何物にも染まらず、何者でもない。そんな不確かで神秘的な存在があやかしなのである。

 異国の文化を学ぶのかと身構えていた琴禰だったが、ほとんど日本文化と変わらなかったので拍子抜けした。

 というのも、はるか昔に大罪を犯して人間界に落とされたあやかしがいたのだという。そのあやかしが、農村地帯で未開発だった日本にあやかしの文化を取り入れて発展させたのだ。

 そしてその者の子孫が祓魔であり、特別な力を持つことになった。また、祓魔があやかしを憎むのは、大罪を犯して迫害された恨みが残っているからだと言われている。


(真実というのは、自分の目で見るまで分からないものなのね)


 知らなかったことを学ぶことは楽しい。祓魔では、あまり外に出してもらえなかったので、学ぶ機会が乏しかった。

 読み書きはできるが、ほとんど独学に近い。琴禰は水を得た魚のようにどんどん吸収していった。

 そんなある日のこと。

 煉魁は、都の大路にあるつじいちを探索してみないかと琴禰を誘った。


「行きたいです!」


 琴禰は目を輝かせて返事をした。


「よし、では目立たないように平民の服装に着替えて出発しよう」


 まるで変装してお忍びに行くようで、琴禰は胸を躍らせた。

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