永遠の愛をー1
こうして無事にあやかし国に帰った二人だが、人間界での出来事はすぐにあやかし達に知れ渡ることとなり、ちょっとした騒ぎになっていた。
なにせ、あやかし王が死にかけたのである。騒ぎにならない方がおかしい。
臣下たちにうるさく問い詰められた煉魁は、ちょっとだけ話を盛って彼らに伝えた。
――あやかし国を滅ぼそうと企んでいた祓魔一族は、あやかし国に強大な力を持つ琴禰を送り込んだ。しかし琴禰は、あやかし王とその国の素晴らしさに感動し、祓魔を裏切ってあやかし国を守ることを決意する。
そして祓魔の陰謀によって力を暴発させられた琴禰は、あやかし国を守るため人間界を犠牲にした。
自らの命を犠牲にし、故郷を捨ててまであやかし国を守ろうとした心意気に感動し、琴禰を守るために強大な力を使った。——
話自体はほとんど事実なのだが、噂とは尾ひれが付くものである。
いつの間にかどんどん話が大きくなっていき、あやかし国を命懸けで守った人間と、あやかし王の無敵な力と愛の奇跡という美談に仕立てあげられ、あやかし国でこの話を知らない者はいないほど広まった。
さらに琴禰は、人間でありながらも強大な力を有する者として一目置かれるようになった。あやかし国では、美しさと力の強さが何より尊ばれる。そして故郷を捨て去り、あやかし国を守ったという出来事は、あやかし達の心に深く響いた。
脆弱な人間と結婚したと落胆していた者達も、あやかし愛に満ちた絶大な力を持つ人間と結婚した見る目のあるあやかし王ともてはやすようになった。
最強無敵なあやかし王の逸話と相まって、結婚を歓迎する動きがどんどん広まっていった。
そんな時、大王から呼び出しを受けたのである。
「嫁と一緒に挨拶に来いだと?」
渡り廊下で、秋菊に呼び止められ、大王からの伝言を聞いた煉魁は眉を寄せて聞き返した。
「はい、結婚したのに挨拶に来ないとは何事だと怒っていらっしゃいます」
「内緒にしておけと言っただろうが」
「今やあかし国で二人のことを知らない人などおりませんよ! もう隠しておくことなど不可能です!」
秋菊の言葉に、それもそうかと納得して、顎に手を当てて考え込む。
「俺だけじゃ駄目か?」
「嫁と一緒に、と大王様はおっしゃっておられます」
「むむむ」
実の父親に内緒で結婚してしまった罪悪感と、なにより琴禰に酷い言葉を浴びせるのではないかという恐れがあった。
「一旦、保留にしておいてもらえないか?」
「駄目です」
秋菊は強い口調で言い切った。
(これは本気で無理な時だな)
「とりあえず琴禰にも意見を聞いてみないと……」
「本日の宵の口までにお越しくださいね」
「待て、行くと決まったわけでは……」
「決定事項でございます」
秋菊はお辞儀して、早々に背を向けて歩いていってしまった。
断固とした強い意思を感じる。
これはいつものように、のらりくらりとかわしてはいけない案件だと煉魁は悟った。
(はああ、気が重いな)
とりあえず、琴禰と話し合いをするために宮殿へと向かう。
しかし、最近の琴禰は宮殿に留まらず、宮中内を自由に出歩いているので、いるとは限らない。
あれから琴禰は、目に見えて明るくなった。
心配事や罪の意識が消えたこともあるだろうが、猫を連れてきたことも大きいと煉魁は見ている。
宮殿内に入ると、琴禰が猫に餌を与えているところだった。
愛情いっぱいの表情で猫たちを見つめる琴禰。とても美しい横顔だが、少し猫に嫉妬する心も生まれる。
「琴禰」
呼びかけて振り向いた琴禰は、煉魁の顔を見ると満開の笑顔になった。
『勝ったな』と煉魁は密かにほくそ笑む。
「どうしたのですか」
琴禰は小走りで近寄ってきた。可愛い。
「いや、実は……」
言い淀む煉魁を見て、琴禰は不安そうに小首を傾げた。
(さすがに、そろそろ言っておかなければいけないだろう)
煉魁は覚悟を決めて、大王の話をした。
「え、お父様がいらっしゃるのですか⁉」
琴禰はまずそこに驚いた。
「うん、まあ、病気で長いこと伏せっているが」
「じゃあ、お母様もいらっしゃるのですか⁉」
「いや、母は俺を産んですぐに亡くなった」
「そうだったのですか……。煉魁様も人間のようにご両親の元から産まれてきていたのですね」
感慨深げに呟く琴禰を見て、煉魁は『俺をなんだと思っていたのだ』と疑問が生まれる。
「あやかしも病気になるのですね」
「そりゃそうだろう、生老病死は生きるもの全てに訪れるものだ」
琴禰はまだあやかしについて知らないことが多すぎる。
あやかしを神か何かと誤解しているような所があるので、今度あやかし国を案内して説明しなければいけないなと煉魁は思った。
「それより、父が挨拶に来いとおっしゃっているらしいが、どうする?」
「どうするも何も、行かないといけないでしょう!」
琴禰は当然のことなので、驚いて言った。
「そうなのだが、何を言われるかわからないぞ」
煉魁が危惧していることの意味が分かり、琴禰はしょんぼりと項垂れた。
「確かに。あやかし王が人間と結婚するなんて、お父様からしたら悪い意味で衝撃でしょうね」
「驚愕しすぎて病が悪化しないか心配だったのだが、挨拶に来いと怒っている元気があるようだから少し安心した」
「私は何を言われても大丈夫です。反対されても、もう結婚してしまいましたし」
琴禰は薬指にはめられた指輪を見せて笑った。
「そうだな、もう何を言われてもどうすることもできないよな」
煉魁も歯を見せて豪快に笑った。
琴禰は気が弱そうに見えて、案外肝が座っているところがある。
琴禰に背中を押された気がした。
「いつ行くのですか?」
「今日の宵の口までに来いと言われている」
「わあ、早速ですね。急いで用意しますので待っていてください!」
そうして琴禰はすぐに扶久を呼び支度を始めた。
待っている間、暇だったので猫と遊ぼうかと近寄ってみたが、背を逆立てて威嚇されるので触ることもできない。
扶久にはすっかり慣れたのに、煉魁は今もなお警戒されているようだ。
琴禰は正絹に色鮮やかな様々な糸で美しく織られた花模様の着物に着替え、髪も上げている。薄い化粧を施し、華やかな簪をつけていた。
「綺麗だ」
煉魁は思わず本音が零れた。
「結婚のご挨拶に行くので、失礼のないようおめかししてみました」
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