死が二人を分かつまでー2

「え?」


 涙で濡れた顔を上げる。

 すると、煉魁の指先がわずかに動いた。


「煉魁様? 煉魁様!」


 琴禰の呼びかけに反応するかのように、煉魁の瞼が小刻みに動き、そしてゆっくりと瞼が上がった。


「琴禰? 良かった、生きている」


 煉魁は、琴禰を瞳に映すと、小さく微笑んだ。


「それは私の台詞です、煉魁様」


 琴禰は泣きながら煉魁に抱きついた。

 悲しみの涙から一転して、喜びの涙が溢れだす。煉魁の温もりを感じると、急に心が軽くなり、安らいでいく。


(煉魁様、煉魁様、煉魁様)


 心の中で何度も愛しい方の名前を呼ぶ。

 ようやく、まともに息が吸える気がする。

 幸福感でいっぱいになり、生きていてくれたことに感謝した。


煉魁は自力で上半身を起こし、胸の中で声を上げて泣く琴禰をそっと抱きしめた。

琴禰を守ることができて良かったと、まずは安堵した。

 そして煉魁は顔を上げると、村の惨状を見渡した。

 朝焼けに染まった空が、闇を押し退け金色の光をだんだらに照らしている。

 暴発する琴禰の力を抑えるように手は尽くしたが、それでも被害は甚大で、村は一面焼け野原だった。

 まばらに点在する横たわる人々は死体だろうか。

 煉魁は琴禰だけでなく、命ある者を救おうと力を使った。

 しかし、さすがに救うことはできなかったかと心を痛めていると、黒く炭となり横たわった大木の影から、ひょっこりと小さな生き物が現れた。

 しっぽを傘の柄のように立てながら近付いてくると、琴禰の足に体をこすりつけてきた。


「きゃっ!」


 びっくりした琴禰が顔を上げると、「ニャー」と目を細めて呼びかける。


「茶々! 無事だったのね!」


 琴禰は茶々を持ち上げると、もふもふの体に顔を沈めた。


「なんだ、その生き物は」


 煉魁は、眉を寄せ不審なものを見るように目を細めた。


「猫ですよ。そういえば、あやかしの国では猫を見ませんでしたね。初めて見るのですか?」


「いや、あやかしにも動物はいるが、宮中にはいないからな」


「ああ、なるほど。そうだ! 茶々をあやかしの国に連れて行ってもいいですか⁉」


「え」


 煉魁は明らかに嫌そうな顔を見せるも、琴禰は嬉しさに興奮して気付かない。


「ほら、ここにいても住めるような場所も食べ物も何もないじゃないですか。いいですよね! 煉魁様!」


 もはやお願いですらない。決定事項のように言われて、煉魁は渋々頷いた。


「やった~! 茶々、ついに私達家族になれるよ!」


 満面の笑みで喜ぶ琴禰を見て、煉魁も自然と口角が緩む。

 すると、茶々が隠れていた大木の影から、三匹の子猫が次々に顔を出した。


「わ~、あなた達も元気だったのね! 前より大きくなっている!」


「まさか、こいつらも一緒に?」


 煉魁が恐る恐る聞くと、琴禰は当然のように言い切った。


「もちろんです」


「はは、だよな」


 煉魁は乾いた笑みを見せた。

 すると、死体だと思っていた横たわった人々が意識を取り戻し、起き上がり始めた。

 まだ意識が朦朧としているのか、この状況を理解できていないようだ。


「良かった、村の人々も生きていたのですね」


「そうみたいだな」


 煉魁は救えなかったと内心悔しい思いでいたが、安堵した。

 しかし生きていたとはいっても、この村の状況では今後再興に大変苦労するだろうことが容易に想像できた。


(琴禰を傷つけたのだ。それくらいの苦労はしてもらわないといけない)


 そして、暴風で吹き飛ばされたのか、遠くの方で横たわっていた大巫女と麻羅、そして祓魔四人衆も起き上がった。

 その姿を見て、琴禰は青くなって煉魁の裾を握りしめた。

 こんな惨状にした原因の琴禰に彼らが何と言うのか。琴禰は怯えているようだった。

 しかしながら、彼らの様子は変だった。


「ここはどこじゃ。お前ら誰じゃ」


「婆さんこそ誰だよ」


 頭を強く打ったのか記憶がないらしい。小競り合いをし始めた彼らを見て、琴禰の力んでいた力が抜ける。


「記憶を失ったにも関わらず、喧嘩し出すとは相変わらずな奴らだな」


 煉魁は呆れたように言った。


「暴発の前に亡くなっていた人達も生き返るのですか?」


「それは無理だろう。死んだ者を生き返らせることは俺にだってできない」


「そう、ですか」


 琴禰は残念なような、ほっとしたかのような複雑な気持ちになった。

 血まみれで倒れていた桃子と澄八。恐らく殺されたのだろう。

 祓魔の闇を垣間見た気がした。


「これ以上ここにいるのもなんだし、そろそろ俺達は帰ろうか」


 煉魁が立ち上がる。


「帰るって、力はもう戻っているのですか?」


 琴禰は暴発で力を使い果たしてしまったし、力が蘇りそうな気配すらない。

 煉魁は立ち上がったものの、「う~ん」と言って、腰に手を当て、空を仰ぎ見た。


「力を補給しなくては。だが、幸いなことに、すぐ側に俺の力の源がある」


 煉魁は意味ありげに微笑んだ。

 不思議そうなきょとんとした顔で見上げていると、煉魁が琴禰を抱き上げ、唇を重ねた。


「んんっ!」


 唇を奪われ、驚く琴禰に構わず、煉魁は何度も角度を変えて唇を堪能する。

 煉魁がとても楽しそうに口付けしてくるので、琴禰も笑顔になった。


「俺の奥さん、これからもずっと一緒だ」


 琴禰を抱き上げて、煉魁は喜びに満ちた顔で言った。


「はい、ずっと一緒です」


 そして再び口付けする。


「それにこれからは猫の家族も増えますよ」


 琴禰が嬉しそうに付け加えると、煉魁の顔が曇る。


「どうして少し嫌そうなのですか」


「いや、そんなことないよ」


 不服そうな琴禰に、煉魁は素知らぬ顔で目を逸らす。


「力も補給されたし、帰ろう、俺たちの住む場所へ」


「はい!」


 琴禰は元気よく返事をした。


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