死が二人を分かつまでー1

 大きく心臓が動いたと同時に、全身の血流がはげしく荒れた。

 琴禰は煉魁の横で眠りについていた。

 もう何も心配がなくなり、安心して深い眠りに入っていたところだった。

 それは煉魁も同じだ。疲れ切っていた二人は、寝台の中で身を寄せ合いながら穏やかな寝息をたてていたのである。


(血の契約が発動された)


 それはすなわち、琴禰の死と同時に周りの者たちに甚大な被害を与えるということだ。


(爆発する)


 頭は起きてはいるものの、体はまだ眠ったままだった。目も開いていないし、指先一つ動いてはいない。ゆえに、煉魁も気付くことはできず、まだ眠ったままだった。

 全身の血がふつふつと沸騰するように跳ねている。それに伴い、眠っていた力が溢れだす。


(駄目、抑えられない)


 だんだんと息が苦しくなる。考えている暇はない。


(煉魁様を、あやかしの国を守らなければ)


 不思議と琴禰の頭は冷静だった。焦りも、悲しさも、寂しさもなかった。

 やらなければいけないことは一つだったからだ。

 命を懸けて、愛する人が支えてきたこの国を守る。

 琴禰は溢れ出る力を使って、眠った体のまま祓魔村に転移させた。

 琴禰が目を開けた時、そこには日本刀が突き刺さったまま絶命している澄八と、血に染まって横たわる桃子がいた。

 突然現れた琴禰を見ると、瞳に畏怖を浮かべながら驚き固まっている大巫女とその介添えの方、そして祓魔四人衆。

 その状況を見て、何が起こったのかを琴禰は瞬時に理解した。

 そして大巫女も、琴禰が現れたことにより起こる最悪の事態を、瞬時に理解した。

 大巫女が声を上げようと口を開いた刹那、琴禰の体は爆発した。

 琴禰の体から稲妻のような光が激流のように空へ立ち昇る。

 それと同時に、暴風が祓魔の村を飲み込み、辺りは一瞬で漆黒の闇と化した。

雲がうずまき、唸るような音をとどろかせる。木々も風も大地でさえも、怒りに震え咆哮する大蛇のように空に呼応した。そして、蓄えた力を放出するように、一気に地上に厄災が落とされる。

 その様はまるで、大きな落雷が無数に投下されたような威力だった。

 激しい稲妻と雷鳴が空を覆い、暴風によって屋敷が粉々に吹き飛ばされる。

 恐ろしく凄惨な状況のさなか、琴禰はまるで誰かが覆いかぶさってきたかのような温かな感覚に包まれた。


(死ぬということは、こういうことなのかしら)


 不思議だった。

 死ねば思考も体の感覚も失い、無になるものだと思っていた。

 しかし、琴禰は考えることもできるし、体の感覚もあるのだ。

 どれほどの時が過ぎたのだろうか。

 琴禰はずっと、海とも空とも宇宙ともいえる漆黒の闇の中を静かに浮遊していた。

 外の世界は神が荒れ狂っているかのように騒がしい。しかしながら、琴禰は大いなる母体に守られながら、生を待つ胎児のように、ただ穏やかにそこにいた。

 ただ目を瞑っているだけのような奇妙な感覚だった。

 そうしてしばらくすると、外は異様なほどの静寂に包まれた。

全てのものが破壊し尽くされたのだろう。


(起きなくちゃ)


 琴禰は目を開けることができた。けれど、開けることが怖かった。

 目を開けたとき、そこには何が待っているのだろうか。

 どうやら自分は生きているということは分かるけれども、だからこそ怖かった。かといって、一生このまま目を瞑っているわけにもいかない。

 琴禰は恐れながらも、ゆっくりと瞼を開いていった。

 視界が捉えた世界は、まるで神の怒りをかった愚かな者たちの末路のように悲惨な状況が、ただただ広がっているばかりだった。

 空は闇から明けたばかりで、景色は水墨画のように厳かに、うっすらと白ばんでいた。

 地面は黒い煤で覆われ、琴禰の住んでいた屋敷は無残に砕け散っていた。

 折れた柱、地に伏した屋根、散らばった屋根瓦。

 さらに、遠くに見える屋敷は長屋門もろとも砕け、見る影もなかった。村は、原型を留めておらず、山は火で覆われていた。

 そこかしこに、人が倒れているのが見える。

 そして、琴禰に覆いかぶさるように倒れている見慣れた人物。

 琴禰の心臓が大きく波打った。

 薄い紫を帯びた白地の着物は、黒く汚れていた。

 信じたくない気持ちの中、震える手でうつ伏せに倒れている体を仰向けにさせる。

 長い髪が地面に扇のように広がり、美しい顔が露わとなった。


「煉魁……様」


 琴禰にとっては地獄よりも残酷な光景だった。

 震える唇で愛しい人を呼ぶ。

 どうしてここに煉魁がいるのか。そして自分はなぜ生きているのか。

 その理由の答えを頭に浮かべただけで、発狂して意識を失いそうだ。

 震えるほどの恐怖に心が支配される。身を切り裂くように辛い現実から逃れたい。

 思考を遮断しようとしているのに、涙で視界が歪む。


「嫌だ、嫌だ、嫌だ」


 琴禰は泣きながら、首を横に振った。

 こんなの嫌だ、耐えられない。こんな最悪な結末を受け入れられるわけがない。


「嫌だ、嫌だ、嫌だあああ!」


 煉魁を抱きしめ、琴禰は腹の底から叫ぶ。

 大人しい琴禰らしからぬ、怒りと絶望に満ちた心からの咆哮だった。

 状況から、煉魁が琴禰を守ったことは一目瞭然だった。

 爆発の瞬間、誰かに抱きしめられたように感じた。あれは、煉魁だったのだ。

 身を挺して煉魁は琴禰を守った。だから、今、琴禰は生きている。

 けれど、こんな悲惨な状況を作り出した張本人が、のうのうと生きていけるはずがない。


(厄災、私は、厄災……)


 まるで津波や竜巻、稲妻などありとあらゆる天災が落とされた後のように、村は壊滅状態だった。


『あの者が祓魔一族を滅亡に導くだろう』


 大巫女の予言の言葉を思い出す。

 まさにその通りとなった。

 祓魔は滅亡した。琴禰の力によって。

 そして厄災は、あやかし王の犠牲によって生き残った。悪夢のような結末だ。


「煉魁様、こんなの嫌です。私はあなたを守りたかったのです。煉魁様が生きて笑っていてくれたら、それだけで私は幸せだったのです」


 煉魁を抱きしめ、子どものようにしゃくり上げながら泣いた。

 煉魁は人形のように白く整った顔立ちを崩さずに目を閉じていた。


「ずっと側にいるって言ったじゃないですか。私を置いていかないでください」


 胸が苦しく息ができない。

 煉魁がいない世界で、たった一人生き延びたところで、何があるというのだ。

 それならせめて一緒に逝きたかった。

 どうして、どうして、どうして。

 琴禰が生き残ったところで、誰も喜ばないのに。自分自身でさえ望んでいないのに。

 耐えることができない胸の苦痛に押しつぶされ、頭が真っ白になり体から力が抜けていく。

 倒れるように煉魁の胸に顔を押しつけた。このまま死んでしまいたかった。

 すると、煉魁の胸から、とくんとくんと心臓が動く音がした。

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