永遠の愛をー3
実際のところ、その通りなのだが、煉魁はあえて言う必要はないだろうと思った。
気構えてしまって楽しめなくなるのは可哀想だと思ったからだ。
琴禰は麻の青緑色の着物に、髪を三つ編みに結んで上から
そして煉魁は、黒の着物に黒の布で目から下を覆っていた。
「煉魁様、それ逆に目立ちませんか?」
全身黒ずくめで、明らかに怪しい人だ。
「そうだが、俺の顔は目立ちすぎる」
琴禰は内心で『確かに』と頷いた。あまりにも美しく整った顔で、内側から光が放たれているかのように肌も綺麗だ。
怪しい人と敬遠される方がまだましなのかもしれない。
とはいえ、煉魁はそういう意味で言ったのではなく、あやかし王だと気が付かれる方が厄介だという意味だった。
宮中を出るのは初めてではないものの、いつもあやかしのいない辺鄙で二人きりになれる場所しか行ったことがなかったので、琴禰は浮足立っていた。
煉魁と並んで歩くことも新鮮だ。
新婚夫婦というよりも、まるで交際したての恋人同士のお出かけのようだ。
ただ隣を歩いているだけで高揚する。
煉魁は、いつもは早歩きなのに、琴禰の歩幅に合わせて歩いてくれている。そんな見えない優しさを感じ、琴禰は密かに胸をときめかせているのである。
煉魁の大きな肩を見ていると、そっと触れたくなってきた。邪魔だと思われないか憂慮してしまう気持ちと戦いながら、琴禰は勇気を出して煉魁の着物の裾をそっと掴んだ。
すると、それに気が付いた煉魁が驚いたように琴禰を見る。
琴禰は急に恥ずかしくなって、手を離してしまった。すると、煉魁はすかさず離した手を握る。まるで離さないと言いたげに、指を絡めた。
煉魁は目を細めて微笑みを落とす。その笑顔があまりにも優しくて、琴禰は胸がいっぱいになった。
琴禰は少しだけ頬を赤らめながら、嬉しい気持ちを表すように、はにかんだ笑顔を向けた。
その笑顔がとても可愛くて、煉魁は目を見開いたまま固まる。
(俺の嫁は可愛すぎる)
(煉魁様、素敵)
二人は顔を染めながら、互いに直視できずに目を背けた。
しかしながら、繋いだ手はしっかりと握り合っていたのだった。
人々が集う市は、にぎやかで様々な品物が交換されていた。色鮮やかな織物や漆器。そして、あやかし達の風貌も華やかで、彩りに満ちている。
宮中のあやかししか接することがなかった琴禰にとって、庶民であるあやかしを見ることは新鮮な驚きだった。
まず、見た目が妖魔に近い。それに、感じる力も弱々しい。
宮中のあやかしは、精鋭の選ばれし者たちなのだとわかった。
しかしながら、怖いとか不快だとか、そういう気持ちは一切湧かなかった。むしろ、戻ってきたような肌に馴染む感覚がある。
「賑やかで楽しいところですね!」
琴禰は弾むような足取りで、目を輝かせながら通りを見ていた。
一方の煉魁は、黒い布を目元まで持ち上げて顔を隠しながら、ゆったりと歩いていた。先ほどから、あやかし達の目が刺すように煉魁に向けられていた。
恐らくだが、気付かれている。しかし、察しが良く良識のあるあやかし達は、これはお忍びで来ているのだなと思って、気付かないふりをしてくれている。
「わあ、色々なものがあるのですね。醤油の焦げたいい匂いがします」
琴禰はくんくんと鼻を鳴らす。
煉魁が匂いの元を探すと、穀物を薄く伸ばし円形の形にして、網の上でじっくり焼かれた煎餅が店頭の一角に並んでいる。
「食べてみるか?」
「いいのですか⁉」
琴禰の目が大きく見開かれる。
「もちろんだ」
煉魁は笑いながら焼き煎餅を二個注文し、小さな飾り玉と交換した。
よほど高価な物だったのか、店主は手の平に置かれた飾り玉を二度見して、
「毎度あり~!」
というご機嫌な声と共に、紙で半分包まれた焼き立ての煎餅を煉魁に手渡した。
歩きながら、熱々の煎餅を頬張る二人。
仲睦まじい姿を、あやかし達はこっそり観察して微笑み合うのだった。
それから琴禰と煉魁は、様々な品物を見て、最後には、朱塗りの
あっという間に日が暮れて、店から暖簾が外されてきたので、琴禰達も帰ることにした。
「は~、今日はとても楽しかったです。連れてきてくださりありがとうございました」
「俺も楽しかったよ」
「こんな素敵なお櫛を買ってくださり、ありがとうございます。大切に使いますね」
琴禰は朱塗りの櫛を大事そうに両手で持ち、胸に当てた。
とても似合っているので、煉魁は眦を下げる。
「琴禰はまるで、初めて買い物に来た少女のように何を見ても興奮していたな」
「実際その通りです。人間界にいた時も都会に出ることなんてほとんどなかったですから」
煉魁は『そうだったのか』と驚きながらも腑に落ちる心持ちがした。
琴禰の置かれていた状況があまりにも不憫で心を痛める。
(これからは、俺がたくさん楽しい経験をさせてやる)
美味しい食べ物も、綺麗な着物も、特別な体験も何もかも。
(琴禰の初めては全て俺がもらう)
煉魁は密かに心に決めたのだった。
「それにしても、あやかしというのは様々な方がいらっしゃるのですね」
見た目にしても、力の強さにしても、色々だった。
「そうだ。庶民の寿命は人間より少し長いくらいじゃないか?」
「そうなのですか⁉」
琴禰は驚愕して聞き返した。
「力の強さによって寿命も変わる。例えるなら、木を想像してみてほしい。樹齢何百年も誇る大木もあれば、数十年で朽ちる木もある。場所によっても寿命は変わる。あやかし国の中で最も力が強い場所が宮中ゆえ、宮中にいるだけで寿命が延びる」
「肥料が違う、みたいなお話ですか?」
「土地の力の強さもあるし、強大な力を持つ者の側にいるだけで生命力が増す。だから、琴禰も人間ではあるが、宮中に住むあやかしと同様に長く生きられるだろう。そもそも、元から持っている力も強いしな」
「でも煉魁様。私は血の契約によって力が暴発した日からまったく力が使えなくなってしまったのです。失われたのではないでしょうか?」
琴禰は少し心配そうに言った。
「いや、眠っているだけだ。また必要な時が来れば力は戻るだろう」
煉魁の言葉は、まるで大巫女の予言のように聞こえた。
(どうして私は、こんなに力が強いのかしら。祓魔というより、まるであやかしのよう)
疑問に思いながらも、もう悩む必要のないことなので、すぐに気持ちを切り替えた。
人間だとしても、あやかしの方々は琴禰を受け入れてくれている。
それだけで十分だった。
宮中が近づいてくると、煉魁は顔半分を覆っていた黒布を、煩わしそうに外した。
「疲れましたね。久々にたくさん歩いたので、足が重たいです」
「ゆっくり湯に浸かるとしよう。もちろん二人で」
煉魁は悪戯な笑みを浮かべた。
「ふ、二人で、ですか?」
「もちろんだ。よく足を揉んでやる。他の場所も念入りに」
「大丈夫です! 自分でできます!」
「遠慮するな」
二人は相変わらず仲睦まじい様子で宮の大門に入っていったのだった。
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