命に代えてもー2

「大悪党であればお前に自由はない。ここにいるのだ、いいな?」


 琴禰は絶望のまなこで煉魁を見上げていた。

 涙が止めどなく溢れている。

 琴禰にとっては、一番辛い罪の償い方法なのかもしれない。

 それが分かったところで、手放す気はなかった。

 煉魁は宮殿に結界を張っていった。言葉通り、琴禰を逃がさないためだ。


「何をしているのですか!」


 琴禰は顔面蒼白になりながら詰め寄った。


「琴禰が諦めるまで、ここから出ることを許さない」


 とてつもなく強力な結界だ。琴禰の力の強さは分かっているので、念には念を入れて何重にも見えない結界を張っていく。


「やめてください! 私は行かなければならないのです! ここにいてはいけないのです!」


 澄八と人間界で落ち合う約束でもしていたのだろうか。

 琴禰の焦りようは緊迫していた。


「今後はここに入れるのは俺だけだ。逃がす者が現れては困るからな」


「煉魁様お願いします。ここから出してください」


「早く諦めることだな。仮にここから出られるようになったとしても、あやかしの国からは出られないぞ。永遠に」


「煉魁様! れん……」


 琴禰の言葉を遮るように、煉魁は部屋から出て行った。


 部屋に一人残された琴禰は、絶望感と焦りで頭が混乱していた。


(どうしよう。いつ力が爆発するか分からないのに)


 この強力な結界内で爆発すれば、被害はこの宮殿だけで抑えられるのではないか。

 いや、そんなに甘くない、と琴禰は頭を振って自分の考えを否定する。


(誰も傷つけたくないのに)


 無能のままであれば、こんなに悩まずに済んだのに。

 自分だけが傷ついて終われた。誰かを傷つけるくらいなら、自分が傷ついた方が心は軽い。


(煉魁様に血の契約のことを話すべき?)


 真実を告げれば、自分を殺してくれるだろうか。

 いや、たぶん無理だろう。

 むしろ同情して、何が何でも琴禰を救おうとするだろう。あの方は、そういうお方だ。

 血の契約は、決して破れぬ誓約。だからこそ、強い効力が発揮される。

 琴禰の裏切りを知った澄八が、いつ仕掛けてくるかわからない。

 人間界に辿り着き、己の安全を確認したらすぐに発動させるだろう。

 発動を遅らせる理由はない。むしろ、発動を早める理由なら山ほどある。


(一体どうすれば……)


 琴禰は頭を抱え込んだ。


 宮殿に結界を張った煉魁は、腕を組みながらどこに行くでもなく宮中内を歩いていた。

 突然張られた強力な結界に、あやかし達は驚いていたが、あやかし王がいつにもまして不機嫌な様子なので、誰も理由を訊ねる者はいなかったし、話し掛ける者さえいなかった。

 煉魁は感情のままやってしまった自分の言動を少し後悔していた。


(あんなことをやって、俺は一生琴禰に恨まれるのだろうな)


 大嫌いな相手と結婚し続けなければいけない琴禰の気持ちを思うと、それが琴禰の幸せになるのか疑問だった。

 とはいえ、ああでもしなければ琴禰は今すぐにでもいなくなってしまいそうな気がした。そして、一生会えなくなるような予感もした。

 これでいいとは思えない。しかし、これ以外に方法が思いつかない。


(琴禰は俺を殺すためにあやかしの国にやってきたと言っていたな。どうして人間は俺を目の敵にしているのだ? そしてなぜ琴禰がその役目を負うことになった?)


 まだ知らない真実が隠れていそうで、煉魁は胸騒ぎがした。


(人間界か。これまで全く興味はなかったが、いってみるか)


 煉魁は立ち止まり、遠くを見つめた。迫り出した夕闇の中で、その瞳が光線のように輝いた。


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