お前は俺のものだー2
琴禰は王妃となったのだから、何もせず優雅に過ごしていればいいのに、掃除に庭園の手入れに、今度は料理にと忙しない。
一体どうしてそんなことをしているのだと思って、煉魁は調理場に行ってみることにした。
広い調理場には、何人もの料理人たちが食材の下ごしらえをしていた。
その中で、着物の袖をたすき掛けし、白い割烹着を羽織った琴禰が、扶久と楽しそうに料理を作っていた。
料理人達が煉魁に気づき、手を止めて頭を下げる。その様子に気が付いた琴禰は入り口の方を見た。
目が合うと、琴禰は嬉しそうに微笑んで包丁を置いた。
煉魁は中に入ると、あやかし達を下がらせた。
「料理を作っていたのか?」
「はい。あやかしの食材は面白いですね。人間界の食材と変わらないのもあれば、見たこともない野菜や果物もあって、調理法も独特なものもあります。でも、どれもとても美味しいので、皆さんに教えてもらっていたのです」
琴禰の声が弾んでいた。とても楽しそうだ。
「どうして俺には作ってくれないのだ」
「だってまだ、人前に出せるような腕前じゃありませんし、もっと上手になってから召し上がってもらおうと思ったのです。まだ失敗してしまうことも多いので」
あやかしの調理器具は霊力で火をつけ加減を調整するので慣れるまで時間がかかりそうだったのだ。
「琴禰の作った物なら、失敗作でも食べたい」
煉魁が甘えたように言うので、琴禰は笑って食材に手を伸ばした。
「わかりました、今から作りますね。失敗しても怒らないでくださいよ」
「怒るわけがないだろう。不味くても全部食べる」
琴禰は困ったように笑いながら食材を選び始めた。
「嫌いな食べ物はありますか?」
「茄子と
「なるほど、けっこうありますね。では、それを使った料理にしましょう」
「え」
煉魁が嫌そうな顔をしたので、琴禰は笑った。
「冗談ですよ。煉魁様が好きなものは調理人たちから聞いているので、それを作りましょう。でも、好き嫌いは駄目ですよ。私が煉魁様の食事を作るようになったら、苦手なものも出しますからね」
「なかなか容赦ないな」
「煉魁様の健康を思ってのことです」
琴禰は慣れた手付きで野菜を切り始めた。薄く均等な大きさに小気味よい速さで切っていくので、煉魁は感心した。
澄八のことを聞きにきたはずなのに、言いだす機会を失ってしまった。
けれど、琴禰と二人きりでこうしていられるのは何より楽しい。
「出来ましたよ」
黒椀に青菜と共に美しく盛り付けられた鯛の煮つけと、からっと揚がった山菜の天ぷら。赤味噌汁に小さな土鍋で炊いた白米が御膳に並べられた。
どれも手間暇がかかり時間を要しそうなのに、あっという間に出来上がったので煉魁は驚いた。
「凄いな」
「お口に合えば宜しいのですが」
箸を取り、一口食べると、あまりのおいしさに目を見張った。
「とても美味だ!」
思わず大きな声が出る。お世辞ではなく、本当にびっくりするくらいおいしかった。
「ああ、良かった。あまりお待たせするのもあれなので、品数は少ないですが、ちゃんとお時間をいただければ、いつも煉魁様が召し上がっているような御膳を準備したいと思います」
「何でもできるのだな、琴禰は」
「いえ、祓魔にいた頃は、目が悪いし体も思うように動かず、鈍くさくていつも怒られてばかりでした」
琴禰は少しだけ顔を歪ませながら無理をして笑みを作った。
もう過去のことで、なんでもないことのように振る舞っているが、心に受けた傷はまだ癒えていないことを知り、煉魁は人知れず胸を痛めた。
「琴禰に優しくしてくれる者はいなかったのか?」
琴禰は記憶を引っ張り出すように天井を見上げて言った。
「あ~、澄八さんだけは優しかったです」
食べていた手が止まる。
意図せず聞き出す形となってしまった琴禰と澄八の関係性。
初恋の人、という煉魁にとっては不快極まりない言葉を思い出し、味噌汁で流し込む。
「その、澄八という奴はあれか? 琴禰にとって、その、は、は、はつ……」
「はつ?」
琴禰は、こてんと首をかしげた。
「初恋とか、そういう類の……」
煉魁の言葉に、琴禰の顔はわかりやすく真っ赤になった。
煉魁は大きな棍棒で殴られたかのような衝撃を受ける。
「いえ、あの、違うのです。澄八さんは、私の妹の婚約者だったので、そんな関係ではなく……」
「つまり、琴禰の片思い的な?」
再び琴禰の顔が赤くなる。
今度は撞木で鐘を鳴らすように、何度も頭を打ち付けられたかのような衝撃が煉魁を襲う。
自分で聞いておきながら毎度自爆している。
「あの、でも、その時はあの人のことをよく知らなかったのです。表面的なものしか見てなかったというか、そこまで多く話すこともなかったですし」
呆然自失の様子の煉魁に、必死で弁解してくれているのは分かるものの、初恋やら片思いやらは否定しないので、その優しさが心を抉る。
煉魁は自らを立て直そうと、琴禰の作ってくれた御膳を勢いよく平らげた。
「あいつには料理を作ってやったことはあるのか?」
「いいえ、家族にだけです」
煉魁は心の中でよし、と喜んだ。
「では、手を繋いだことは?」
煉魁は琴禰の手に触れ、指先を絡めた。
「ないです。触れたことすらありません」
煉魁は甘美な色気を含んだ瞳で琴禰を見据え、手を握っていない方の手で、琴禰の唇を撫でた。
「では、口付けしたことは?」
「あるわけがありません。だから、そのような関係性では……」
琴禰が最後まで言い終わらないうちに、煉魁は琴禰の唇を奪った。
情熱的な口付けは、すぐに唇を割って口腔内を蹂躙する。
「んっんっ」
息継ぎをすることさえ許されないような激しい口付けは、あっという間に二人の温度を高くする。
「お前は俺のものだ。頭のてっぺんから足の爪先まで、全て俺色に染めてやる」
煉魁は琴禰を自分の膝の上に座らせ、向き合う体勢で舌を絡ませる。
そして、着物の裾を割って入るように手を侵入させた。
「んっ!」
太腿に手を這わせられた琴禰は抗議の声を上げようにも、唇が塞がれているので言葉にならない。
身をよじって抵抗の意思を見せても、煉魁は琴禰をきつく抱きしめているので膝から降りることもできない。
「嫌か?」
煉魁はようやく唇を離し、欲するような目で問いかける。
「こんな所では……」
「では、場所を変えればいいのだな?」
琴禰は息も絶え絶えに小さく頷いた。
煉魁は琴禰を横抱きにして立ち上がると、愉悦の笑みを浮かべた。
「いいだろう。他の男のことなんて忘れさせるくらい、琴禰の体に俺を刻み込んでやる」
そう言うと煉魁は琴禰を横抱きにしたまま、周りに見せつけるように宮中内を歩き、宮殿へと連れて行った。
そして寝台に琴禰を横たわらせると、体の上に覆いかぶさり、嫉妬で燃えた目で悪戯な笑みを携えて言った。
「俺なしではいられない体にしてやる。覚悟しろよ?」
いつも以上に激しく琴禰を求める煉魁。
それが、琴禰を強烈に想う嫉妬心からきていることは明らかだった。
(私はすでに煉魁様のことしか考えられないのに)
伝えようにも、煉魁の熱情が激しくて、嬌声しか上げられない。
その日は日中から部屋に籠りきり、二人が出てくることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます