恋敵の幼馴染ー1

まさかの正体に、琴禰は言葉を失った。

 澄八は微笑を浮かべながら、ゆっくりと近付いてくる。

 琴禰と目が合うも、澄八は驚いている様子はなかった。


「止まれ。これ以上の入国は許可していない」


 煉魁に制され、澄八は大人しく従った。


「凄まじい霊力だ。もしやあなた様は……」


「俺は、あやかし王だ」


 煉魁の返事に対しても、澄八は笑みを絶やさない。いっそ、不気味なほどだった。


「やはり。琴禰の側にいるので、そうだろうと思いました」


「お前、琴禰を知っているのか?」


 琴禰は真っ青になりながら、立っているのがやっとの状態で煉魁に掴まっていた。

 小刻みに震え出した琴禰を見て、煉魁は先ほどの会話を思い出す。


「祓魔一族の者だと言っていたな。お前まさか、琴禰を殺しにきたのか?」


 煉魁から荒れ狂う殺気が上がる。

 もしも攻撃されたら、瞬殺されてしまうことは澄八にも分かっていた。


「まさか! 僕は祓魔一族から殺されかけていた琴禰を逃がしてやったのですよ。つまり、琴禰を助けたのです。なあ、琴禰?」


 ふいに話しかけられた琴禰の肩が跳ね上がる。

 確かに祓魔一族が琴禰を殺そうとしてきた時、琴禰に選択肢を与えてくれたのは澄八だった。

 攻撃された最初の方はまだしも、髪がほどけて力が解放された琴禰にとって祓魔一族はもはや敵ではなかった。

 もしもあのまま戦っていたら、どちらが勝っていたかは澄八も分かっているだろう。

 でも、この場で真実を詳しく語る必要はない。むしろ、隠さなければならない事柄だ。


「琴禰、本当なのか?」


 青くなったまま俯いている琴禰に、煉魁が訝しそうに問う。


「……はい。私は澄八さんに逃がしてもらいました」


 真実は少し違うけれど、嘘は言っていない。

 琴禰の言葉に、澄八は安堵した表情を見せた。

 ここで琴禰が否定していたら、澄八の命はなかっただろう。


「では、なぜお前はここに来た」


 煉魁はまだ警戒を緩めなかった。

 どことなく邪な気を澄八から感じていたためだ。


「琴禰のことが心配だったからですよ。ちゃんと辿り着き、生きているのかどうか。でも元気そうな姿を見て安心しました。ここで帰りたいところですが、来るまでに力を使い果たしてしまったので、帰る力が残っていません。力が回復するまで、しばらく休ませてもらってもいいでしょうか?」


 澄八は目を細めて言った。澄八は人の良さそうな感じのいい笑顔をする。

 琴禰もずっと、澄八はいい人だと思っていた。

 しかし、琴禰を殺すことに何のためらいも見せなかったあの姿を知ってしまっているので、澄八の笑顔を逆に恐ろしいと感じてしまう。


「どうする、琴禰。こいつをここから突き落としてもいいのだぞ」


 煉魁の発言に、澄八はぎょっとする。


「それはいけません! 澄八さんは私の命の恩人です。しばらく休ませてあげてください。私からもお願いします」


 琴禰は煉魁に頭を下げた。

 澄八が本当に、琴禰を心配してあやかしの国に来たのかは分からない。

 けれど、知り合いが目の前で死んでしまうのは耐えられない。あまり乗り気ではなかったが仕方ない。


「琴禰のお願いなら仕方ない。しかし、力が回復したらすぐに帰るのだぞ。長居は許さん」


「承知致しました、あやかし王」


 澄八は深々と礼をした。

 琴禰はこのまま何も起きないことを切に願った。


 澄八が宮中に案内されると、あやかし達は不満を露わにした。次々とやってくる人間たち。あやかし王は何を考えているのだと呆れていた。

 そして澄八は、以前琴禰が使っていた客間に、しばらくの間住むことになった。人の良い笑顔で、腰の低い澄八は、侍女たちから好意的に思われるのも早かった。顔立ちも良いせいか、好意的を通り越して、人気を集め甘やかされている。

 そして、不満を露わにしていた男性たちからも、悪い奴ではないようだと受け入れられてきた。

 澄八の社交的な人当たりの良さに琴禰は圧倒されてしまう。

 すでに宮中内を歩きまわり、あやかし達と親しそうに挨拶を交わす澄八を物陰からこっそり見ていた琴禰は、自分の社交性の低さに人知れずため息を漏らした。


(なんだかすっかり打ち解けている。私が皆に受け入れてもらえないのは、人間だからではなく根暗なのがいけないのかしら)


 琴禰の方が先にあやかしの国に来たのにという嫉妬心で、胸が小さく痛む。

 そんなことよりも危惧しなければいけないことがあるわけで、これまた自分の器の小ささを感じて落ち込むのだった。


「そんなところで何をしているの?」


 突然後ろから話し掛けられたので、琴禰は飛び上がるように驚いた。

 振り向くと、さっきまで渡殿を歩いていたはずの澄八が琴禰の後ろにいた。


「え⁉ あ、えっと……」


 狼狽しながらあたふたしている琴禰に、澄八はぷっと笑いを吹き出す。


「見た目は随分変わったけど、中身は変わっていないようだね」


 人間界にいた時の琴禰は、おっちょこちょいで何をやらせても上手くできない無能だった。

 力が開花したにも関わらず、琴禰は今でも自己肯定感が低いし、煉魁と扶久以外まともに話したこともない。

 相変わらずの凡愚を指摘されたように感じて、気分が沈んでしまう。

 塞ぎ込むように俯く琴禰を見て、澄八は慌てて弁解した。


「悪い意味で言ったわけじゃない。僕は前の琴禰も素朴で好感を持っていたのだよ。不器用だけど真面目で精一杯頑張っている姿を見ていたからね」


「澄八さん……」


 そんな風に琴禰を評価してくれるのは澄八くらいだった。

 無能で役立たずと罵られる琴禰に、唯一優しくしてくれたことを思い出す。


「おい、俺の許可なしに妻に話しかけるとはいい度胸だな」


 どこから現れたのか、煉魁は後ろから琴禰を抱きしめ、まるで胸の中で守るようにして言った。

 これみよがしに体を密着させてくるので、琴禰は恥ずかしくなって少しだけ抵抗したものの、そんなこと煉魁が許すはずもなく、しっかりと琴禰を腕の中に収めている。


「妻?」


 澄八が驚いた表情で二人を見る。

琴禰は血の契約の負い目があるので、気まずそうに目を逸らした。


「そうだ、俺達は結婚したのだ。な、琴禰」


 煉魁は左の薬指にはめられた指輪を自慢気に掲げた。

 琴禰も観念したかのように、そっと左手を見せる。


「こんな短期間のうちに……。そうですか、それはおめでとうございます」


 澄八は不気味な笑みを携えて寿ぎを述べた。

 琴禰の心臓が、警戒音を鳴らすように激しく動き出す。


(どうしよう。煉魁様を好きになってしまった事実を知ってしまったら、激怒して血の契約を無理やり発動させるかもしれない)


 必死で考えを巡らす。煉魁を守ることは澄八ないし祓魔一族を裏切ることだ。けれど、琴禰は、煉魁に危害を加えるようなことはしたくない。

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