幸せな結婚生活ー2

 まるで、『大丈夫、俺はこんなことくらいでは琴禰を嫌いにならないよ』と琴禰に伝えるように。

 そして、組み敷いていた体を解こうとしたその時。

 琴禰は煉魁の手を掴んだ。


「嫌では、ないのです」


 潤んだ瞳で真っ直ぐに煉魁を見つめる。


「琴禰……」


 戸惑うように瞳を泳がせる煉魁に対して、琴禰は意を決し、固く閉じていた手をよけた。

 すると、浴衣がはだけ、琴禰の白く柔らかな体が露わとなる。


「私を煉魁様のものにしてください」


 精一杯の勇気を振り絞って言った。恥ずかしくて、死んでしまいそうだ。


「もう抑えられないからな」


 煉魁は琴禰の唇を乱暴に塞いだ。ずっと我慢してきたものを解放させるように、荒々しく琴禰を求める。

 無我夢中で求める煉魁の熱が伝染し、琴禰の体も熱くなっていく。いつしか煉魁のことしか考えられなくなり、何度も名前を呼んでは体にしがみつく。

 時間が蕩けるように過ぎていき、あやかしの夜は更けていった。



 部屋の外から、あやかし王を呼ぶ男性の声が聞こえ、琴禰は深い眠りから引き起こされた。格子窓を見ると、太陽が高く昇っていた。

 隣には、煉魁が琴禰を抱きしめるようにして眠っている。


「煉魁様! 起きないと!」


 体を揺さぶると、煉魁は抱きしめていた力を強め、琴禰の体に頭を埋める。


「いいのだ、放っておけ」


 寝ぼけた声で、再び眠りにつこうとしている煉魁を無理やり体から引き離す。


「良くないです! 困っていらっしゃいますよ!」


 琴禰には誰かは分からないが、煉魁の臣下なのだろうということは声の若さから感じ取れる。

 琴禰に言われて、渋々起き上がる煉魁。逞しい体が目の前にあって、琴禰は顔を赤らめながら目を逸らした。脱ぎ捨てた浴衣に袖を通すと、煉魁は大きく欠伸をした。


「ああ、大儀だな。このまま一生、琴禰と寝台の上で過ごしたいものだ」


 冗談とは思えないくらい、やけに念のこもった呟きだった。


「琴禰はゆっくりしているといい。昨晩はだいぶ無理をさせたからな」


「いいえ、煉魁様が働いているというのに、私だけ楽をするわけには!」


「俺と琴禰では体力が違う。それに、今晩も無理させるだろうから、ゆっくり休んでおいた方がいいぞ」

 琴禰は途端に顔が赤くなった。


「はは、琴禰はすぐに顔が赤くなる。うぶな反応が可愛いな」


 煉魁は琴禰の額に口付けを落とした。


「それでは行ってくる」


そう言った煉魁の顔付きは、すでに王の威厳に溢れていた。

 部屋から出て行く背中を見送りながら、無意識に見惚れていた。どんな表情をしていても麗しい。こんな素敵な方が我が夫なんて信じられない。


(ゆっくり休んでおけと言われたけれど、動かなくちゃ)


 本当はまだ体が重かったけれど、できることは率先してやりたい。


(さあ、まずは掃除ね。この広さ、やり甲斐があるわね)


 琴禰は気合を入れて立ち上がった。

 掃除をしている琴禰を見ると、侍女たちはぎょっとしていた。それでも構わずに掃除を続ける。

 動けない時ならまだしも、できるのにやらないというのは心苦しい。

 それに、眼鏡なしでもよく見えるようになったし、鈍くさかった体も機敏に動けるようになっていた。

 楽しくて、ついつい張り切ってしまう。


「はいはい、掃除はそこまでにして、食事と身支度をしてくださいね」


 がむしゃらに掃除をする琴禰を遠巻きに怯えながら見ている煉魁付きの侍女たちに対し、扶久は琴禰に容赦がなかった。


「でも、まだあちらの部分が……」


「別に好きで掃除するのは構いませんが、食事も取らず、そんな召使いみたいな恰好をしていたら、私達が王に怒られます」


「そうよね、ごめんなさい」


 名家の令嬢として生まれた琴禰だったが、下女以下の扱いを受けてきたので、下働きする者たちの気苦労は知っている。

 琴禰は大人しく豪華な御膳を食べ、髪も丁寧に結ってもらい、上質な着物に着替えた。

 それでも一段落すると、また掃除を始めたので、扶久は琴禰の好きにさせていた。


(変な女……)


 高貴な者は、掃除など身分の低い者がやる仕事だと見下している。好んでやる者などいないし、やること自体彼らの矜持が許さないようだ。

 人間とはいえ、あやかし王の伴侶になったということは絶大な権力を有したということだ。それでも下働きがすることを自ら率先してやっている。

 侍女たちの琴禰を見る目が徐々に変わってきていた。

 一方、勝手に結婚してしまったあやかし王は、幹部たちから小言を言われるもどこ吹く風といった様子で聞き流していた。

 もういくら文句を言ったとしても、もはやどうにもならないので、皆が受け入れ始めてもいた。

 目下の問題は、あやかしの国民と大王にいつどのような形で伝えるかということ。

 王の結婚は、盛大な催しを連日連夜続けるのが一般的だが、あやかし王は二人だけで結婚をしてしまった。

 幸福感で満たされ、ご機嫌な様子のあやかし王のことは放っておいて、臣下たちはやるべきことがいっぱいだ。

 煉魁が仕事から帰ってくると、寝台でまだ寝ているかと思っていた琴禰が掃除に精を出していた。


「何をやっている」


「煉魁様! おかえりなさいませ」


 声を掛けられた琴禰は、振り返ると満面の笑みを見せた。


(俺の嫁は可愛すぎる)


 琴禰から後光が放たれているように見えた煉魁は、思わず目を細める。


「休んでなくて大丈夫なのか?」


「はい、なんだか体が軽いのです。少しずつ力が戻ってきているようです」


 儚げで憂いを帯びた表情の琴禰だったが、光が差したかのように元気になっていた。

 内側から輝くような笑顔は、とびきり可愛い。煉魁は琴禰をぎゅっと抱きしめて耳元で囁いた。


「俺に抱かれたからではないか?」


 途端に、琴禰の顔がボッと火がついたように赤くなる。


「俺の力が琴禰に送り込まれたのかもしれない」


「なるほど、そういうこともあるのですね」


「では、毎晩送り込まねば。琴禰の健康のために」


「れ、煉魁様!」


 琴禰は顔を赤らめながら、煉魁の胸に頭を押しつけた。あまりの可愛さに、煉魁の頬が緩む。しかしながら、別の懸念も内に秘めていた。


(俺の力だけではないものが、琴禰にはある。人間界では祓魔というあやかしに似た力を持つ一族がいると聞いたことがあるが、琴禰はその出身なのか? でも、そうだとしても琴禰の力は強すぎる。末端のあやかしや妖魔なら祓えるほどの潜在能力を有している。まだ力が戻りきっていないということは、琴禰はどれほどの力があるのか、俺でも探り切れない)


 琴禰を抱きしめながら、初めて出会った日のことを思い出す。

 初めてあやかしの国に足を踏み入れることができた人間。どう考えても訳ありだ。


(琴禰は、一体……)

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