二人だけの結婚式ー3
銀色の指輪には紋様のような繊細な細工が施されてあった。琴禰のいた時代では、夫婦が結婚の証として指輪をはめる風習はなく、遠い異国の伝統でそういう文化があるとは聞いていた。最先端の憧れを具現化したようで夢心地だった。
煉魁は、大きな方の指輪を琴禰の右手に持たせ、小さな方の指輪を琴禰の左手の薬指にゆっくりとはめていく。
「これからはずっと一緒だ。俺が琴禰を生涯守る」
指輪がはめられると、体中に強力な結界を張られたような感覚になった。
まるで愛に包み込まれたかのようだ。もう一人じゃないと指輪が言外に示してくれているようだった。
琴禰の瞳から、一粒の涙が零れ落ちる。煉魁の強い愛を感じたからだ。
告白は受けていたけれど、どこかで疑う気持ちが残っていた。誰かに愛されることなどありえないと思っていた。誰にも愛されたことなどなかったから。
琴禰はいつも一人で、疎まれ、どこにも居場所などなかった。
けれど、今はそうではないと指輪が琴禰に教えてくれる。決して見放さないし、生涯琴禰だけを愛し抜くという覚悟が指輪を通して心に伝染する。
嬉しいけれど、消えてしまいたいほど苦しい。
この愛に、応えたかった。
「なぜ泣く?」
煉魁が心配そうに小首を傾げた。
「嬉し涙です」
泣き笑いの顔で、煉魁を見上げると、煉魁はほっとして微笑んだ。
「さあ、次は琴禰の番だ」
煉魁が左手を差し出した。
渡された指輪を指先で摘み、震える手で薬指にはめていく。
(もしも、これをはめたら、私の邪な気持ちに気が付いてしまわないかしら)
結婚の誓いは、感情までも伝えることができるものだとは思ってもいなかった。
自分はなんて罪深いことをしようとしているのだろうと怖くなる。
(ただ、煉魁様を好きな気持ちは偽りじゃない)
心の底から結婚したいと願っている自分がいる。
愛しく想う気持ちが伝わりますように。
裏切りの中に、本物の愛があったのだと、それだけは本当だったのだと、いつか伝わりますように。
願いを込めて、指輪をはめた。すると、煉魁の体にも強力な結界のようなものが付いた。
「温かい。琴禰の真心が伝わる」
煉魁はとても幸せそうな顔で微笑んだ。
邪な気持ちは気付かれずに済んだようで、安堵した。
「これで俺達は、正真正銘の夫婦となった」
琴禰も涙を拭い、笑顔で煉魁を見上げる。
「愛している、琴禰」
煉魁はゆっくりと琴禰の顔に寄せてきた。
互いに瞼を閉じ、触れるだけの口付けを落とす。
柔らかな唇の感触に、本当の夫婦となった証を感じた。
満開の桜が柔らかな風に揺れ、二人を祝福するかのようにさわさわと鳴った。
晴れて夫婦となり、宮中に戻った二人と遭遇した者達は、口をあんぐりと開き、呆れるような驚きの顔を見せた。
「やりましたな、あやかし王」
呆れたような目で声を掛けてきた大臣に対し、煉魁は素知らぬ顔で返す。
「なんのことやら」
しっかりと琴禰の肩を抱き、宮中を歩く。
「あやかし王~、大王には何と伝えるのですか⁉」
二人の後ろを追いかけるようにしてやってきた秋菊が、息も絶え絶えに聞いた。
怠慢な様子で後ろを振り返った煉魁は、足を止める。
「容態が悪化したら大変だから、しばらく内緒にしてほしい」
「しばらくっていつですか⁉ 見ればすぐ分かりますよ!」
「うむ。だから、しばらく会わないでおく。適当に理由を言っておいてくれ」
「困りますよ~」
泣きつくように言ってくる秋菊に背を向けて、再び歩き出す煉魁。
隣で聞いていた琴禰は、不安気に煉魁を見つめる。
「あの、大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫だ。琴禰は何も心配しなくていい」
そう言って煉魁は、琴禰の額に口付けを落とす。
あやかし達に見られたので、琴禰は真っ赤になってしまった。
「今日から琴禰の部屋は俺の寝殿だ」
煉魁は琴禰の肩を抱きながら、嬉しそうに言った。
「え⁉」
「そりゃそうだろう。俺達は夫婦になったのだから」
煉魁は意味ありげに微笑み、琴禰の肩を抱いていた手に力を込めた。
「そ、そうですよね」
(私達は夫婦、私達は夫婦、私達はふ……)
気持ちを落ち着かせるために、心の中で反復していたら、余計に恥ずかしくなって、顔に火がついたかのように赤くなり、両手で顔を隠した。
そんな様子の琴禰を見て、煉魁は楽しそうに笑う。
心の底から幸せそうな笑顔に、結婚を反対していた者達は『仕方ないか』という気になってくる。
あまりにもお似合いで、あまりにも幸せそうで、互いを思いやっているのが伝わってくるからだろうか。
これまでどんな女性にも興味を抱けなかった、あのあやかし王が、初めて恋した女性が人間だった。
祝福してあげたいという気持ちが、皆の心に湧き上がる。
そして、幸せいっぱいの煉魁は、愛する新妻を部屋に招き入れた。
「さあ、琴禰。ここが俺の部屋だ」
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