二人だけの結婚式ー2

あやかし王が人間と結婚するつもりらしいという噂は、あっという間に宮中に広まった。あやかし王の異常な執心ぶりから、まさかと思っていた侍女たちは青ざめた。しかし、誰もあやかし王を止めることはできない。

 人間を追い出すなんてまねをしたら、怒りに狂った王が何をしでかすか想像しただけで戦慄が走る。

 あやかし王の力は強大だった。特に、煉魁の力は歴代あやかし王の中でも特に際立っている。あやかし王の決定に逆らえる者などいない。

 しかしながら、これまであやかし王が無茶苦茶な決定を下したことはなかった。

 独裁的な君主であったが、それ以上に名君として敬われていた。とても賢く、弱き者にも情が厚い、やる時はやる男なのだ。

 だからこそ、今回の決定は、皆が頭を抱えた。


 そんなことになっているとは露ほども知らない琴禰は、まだ体力が万全ではないため、よく眠っていた。

 扶久も当然、あやかし王の結婚の噂は聞いていたが、一切顔に出さず、献身的に尽くしていた。扶久にとっては正直、どうでもいいことなのだ。主人が誰と結婚しようがしまいが、己の仕事を忠実にするだけである。


 そして、煉魁はついに動いた。

 琴禰と結婚の約束をしてから数日後。琴禰を外に連れ出した。

『あやかしの国を案内する』と煉魁から言われた琴禰は、深く考えず喜んで付いていった。

 白地の正絹で作られた着物には、薄桃色の刺繍が織り込まれている。

 こんなに綺麗な着物は見たことがなく、琴禰のお気に入りだった。

 溺愛されていた妹の桃子ですら持っていない上等な着物を与えられ、恐縮する気持ちもあるが、やはり嬉しかった。

 煉魁の隣をしずしずと歩く琴禰を遠巻きに見つめる宮中のあやかし達。

 煉魁の怒りを買ったら大変なので、表立って反対はできない。

『人間なんて』と見下す気持ちもあるが、煉魁の隣に立っている琴禰があまりにも美しかったので、複雑な心境だった。

 二人が並んでいる姿は、あまりにもお似合いすぎて、まるで昔からずっと一緒だったかのような親しい雰囲気が醸し出されている。

 互いに目が合うと嬉しそうに微笑み合う姿は、見ているだけで感嘆のため息が漏れるほど絵になっていた。

 初めて宮中を出る琴禰は、少し不安だった。

 あやかしの方々からよく思われていないことは知っていたし、初めての場所は、やはり少し怖い。

 そんな琴禰の気持ちに気が付いた煉魁は、宮中を出ると琴禰に手を差し出した。


「俺が付いている。何も心配することはない」


 頼もしい煉魁の言葉に、心が和らいでいく。

 緊張しながら煉魁の手にそっと触れると、煉魁は迷いなく手を絡ませた。まるで交際したての恋人同士のようだと琴禰の心は踊る。

煉魁の隣にいられることが嬉しく、自然と笑みが浮かんだ。


「体調は大丈夫か?」


「はい、大分良くなりました」


まだ完全に祓魔の力は復活していないが、半分程度は回復していた。


「このまま手を繋いで、ぶらぶら歩いていたい気もするが、連れていきたい場所は少し遠いから、飛ぶぞ」


「え?」


煉魁は琴禰をひょいと横抱きにすると、文字通り飛んだ。


(ええええ!)


煉魁の首にしっかりと掴まった琴禰は、初めて空を飛んだ。

一足飛びで空を駆け抜けた煉魁は、薄紅梅色に輝く雲海の上に着地した。


「ここは?」


 白い雲の上に、満開の桜が咲き誇る圧巻の光景だった。


「あやかしの国では年中桜が咲いている」


 煉魁は腰に手を当てて、数多に咲き誇る桜を見上げながら言った。


「そうなのですね。とても綺麗です」


 美しいものが、美しいままに、永遠に生き続けるあやかしの国。


(こんなに綺麗な場所だったなんて……)

 

 祓魔一族の話では、あやかしの国は地獄のようにおどろおどろしい場所だと聞いていた。

 地獄どころか、まるで天国のように平和で美しい場所だった。何が真実なのか、だんだん分からなくなってくる。


「気に入ったか?」


「はい、とても」


 煉魁は満足気に笑みを浮かばせた。

 そして、風に吹かれて琴禰の顔にかかったひと房の髪の毛を、愛おしむような優しい眼差しを向けながら、指先を使って琴禰の耳にかける。


「二人だけで結婚式を挙げよう」


「え、今、ここで、ですか?」


「嫌か?」


「いえ……とても素敵です」


 琴禰は笑顔で煉魁を見上げた。

 こんな綺麗な場所で結婚式が挙げられたら、一生の思い出になるだろう。


「式というよりも、二人しかいないから結婚の誓いだな」


 結婚の誓い。本当に煉魁と結婚することになるのだと思うと緊張してくる。


「あやかしの国では、どうやって結婚するのですか?」


「互いに指輪をつけ合う」


「指輪? それだけですか?」


「だが、その時に術を掛け合う。それが結婚の誓いだ。指輪から力が発生し、夫婦となったことが誰の目から見ても明らかとなる」


「つまり、結婚したら離縁することはできないということですか?」


「嫌なことを聞くな。離縁はできる。どちらかが指輪を外せば誓いは解かれる」


「なんだか、あっさりしていますね」


 琴禰は少しがっかりして言った。血の契約のことは頭にあるけれど、純粋に煉魁と結婚できることが嬉しくもあるのだ。

 いつの間にか、煉魁に惹かれていた。お慕いする相手と結婚できることに浮足だってしまう気持ちと、血の契約はどうするのかと不安に駆られる気持ちが胸の奥底でないまぜになっている。


「いや、指輪をつけてみれば分かる。結婚の誓いがいかに重いものかということが」


 喜べばいいのか、怯んだ方がいいのか分からない。

 もしも血の契約を交わしておらず、今純粋な気持ちで煉魁と結婚の誓いを交わせたらどんなに幸せかと思う。

 色々な感情が雑然となって、もはや自分の気持ちが迷子になっていた。


「俺と結婚するのが嫌になったか?」


 琴禰の戸惑っている表情を見て、煉魁が訊ねる。

 琴禰は虚を突かれ、首を振った。


「いいえ。私と結婚してください」


「そういうことは、男が言うものだと思ったが、人間界では違うのだな」


「こんなことを言うのは、私くらいだと思います……」


 途端に恥ずかしくなって俯く。


「そうか、俺の嫁は見た目によらず男前だな」


 煉魁は楽しそうに笑った。

 嫁と言われて、胸の奥がくすぐったくなる。

 誰にも愛されず、誰とも結婚できず生涯を終えるものだと思っていた。

 神様はつくづく琴禰に、最高で最悪の贈り物を寄こされる。


「さあ、琴禰の気が変わらないうちに結婚してしまおう」


 煉魁が手の平を出すと、何もなかった手の平の上に、指輪が二つ出現した。


「煉魁様は何もないところから物を生み出せるお力があるのですね」


 琴禰は驚きに目を見張って煉魁に言った。


「いや、元々あった物を移動させただけだ。無から有は生み出せない」


 なるほど、そういうものなのかと感心しながら、指輪をしげしげと見つめた。

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