「私と結婚してくれませんか?」ー3
「もう、言わずもがなじゃないですか」
「え、分からないわ」
琴禰が本当に分かっていないようだったので、扶久は口を噤むことにした。
「わたくしの口からは言えません。直接ご本人にお聞きした方が良いかと」
悶々とした気持ちが残ったが、そう言われてしまっては踏み込むことができない。代わりに別の問いを投げかけてみることにした。
「あやかしの人達は、煉魁様やあなたのように、人間とまったく変わらない姿をしている人もいれば、少し変わった容姿をしている人もいるのはどうしてなのかしら?」
「厳密にいえば、あやかしは人ではないです。それに、人間とまったく変わらない姿をしているのは、あやかし王と大王だけですよ」
「でも……」
すると、扶久は水平に切られた前髪を上げた。
露わになった額には、三つ目の瞳があった。
「完全なる人間の姿をしているのは、力が強く選ばれた者である証拠です。人間の姿に近しければ近しいほど美しいと思われています。とはいえ、人間に憧れがあるのかといえばそうでもありませんが」
扶久はわりと忌憚のない物言いをする。けれど、あやかしのことを何も知らない琴禰にとっては、その方が分かりやすかった。
「それでは、わたくしは一旦下がらせていただきます。あやかし王がいらっしゃったようなので」
「え?」
琴禰には何の物音も聞こえなかった。
扶久が部屋から出ると、入れ替わるように煉魁が入ってきた。
「琴禰! 遅くなってすまない」
煉魁はとても急いで来たようで、息が少し上がっていた。
「い、いえ」
「おお、着替えたのだな。よく似合っている。飯は? もう食べたか?」
「はい、いただきました。とても美味しかったです」
「そうか、口に合って良かった」
煉魁は琴禰の前にどかっと座って胡坐をかき、にこにこと嬉しそうな顔で琴禰を見ている。
「体は? もう大丈夫なのか?」
「まだ力は出てきませんが、動けるようにはなりましたので日常生活に不便はないです」
「そうか、無理はするなよ」
煉魁はとても優しい。心の底から琴禰を案じてくれているのが伝わってくる。
「琴禰の目が覚めた時、側にいたかったのだが、あいつらが公務を放棄するなだのなんだのうるさいから……」
ぶつぶつと文句を言い始めた煉魁を見ると、『文句たらたらで出て行った』と言っていた扶久の言葉を思い出して笑みが零れた。
すると、煉魁は感心するように琴禰を見て、愛おしそうに目を細めた。
「笑った顔は、なおさら可愛いな」
「なっ!」
顔を真っ赤にして照れる琴禰に、煉魁はさらに甘い言葉を投げる。
「照れた顔も可愛い」
「お
煉魁の謎めいた深い眼差しを避けるように、琴禰は目を泳がせた。
「戯れなどではない。お世辞でもない。俺は本心しか言わない」
あわあわと唇がわなないて閉まらない。
どうしてこんなことを言われるのか分からなかった。
驚き戸惑っていると、煉魁は琴禰の髪をひと房手に取り、愛でるように口付けた。
「寝ている顔も、いつまでも見ていて飽きなかったが、起きている琴禰といられるのは一層楽しい」
煉魁の笑みは、目を奪われるほどの美しさだった。
(な、な、な、何、この甘い色気の破壊力は!)
琴禰の鼓動は、はち切れんばかりに大きく鳴っていた。
生まれてこのかた、こんなことを言われたことがない。それなのに、初めて言われた男性が、見たこともないくらい見目麗しく色気のある美丈夫だ。
免疫力がなさすぎるのに、雨あられのように降ってくる甘い言葉に、琴禰は気を失いそうだった。
「どうして私にこんなにも親切にしてくれるのですか?」
扶久に『直接聞け』と言われたことを聞いてみる。
どうして人間の、それも両親からも愛されないような忌むべき自分に優しい言葉をかけてくれるのか不思議だった。
「それは、琴禰だからだ」
煉魁は、至極当然といった面持ちで答えた。
「どういう意味ですか?」
「意味も何も、俺が琴禰を見つけ保護した。だから、琴禰は俺のものだ」
(益々わからない)
一切の迷いもなく、自信満々に答えてくるので、琴禰は自分の問い方が間違っていたのだろうかと思った。
何とか問いと答えを結び付けようと頭を捻る。
「つまり、煉魁様の所有物であるから大切に扱ってくれると?」
「う~ん、それとは違うな。所有物であっても雑に扱うこともある」
(違うのか)
迷宮入りしそうになった時、煉魁が琴禰でもわかる答えをくれた。
「俺は、琴禰に一目惚れしたのだと思う」
「へ?」
さらっと告げられた言葉に、間の抜けた言葉が口から零れ落ち、驚きを通り越して頭が真っ白になる。
「これが恋という感情なのだろうな。うん、きっとそうだ」
煉魁は自分で言って、自分で納得したようで、うんうんと満足そうに頷いた。
(まさか、そんなことはあり得ない)
思わぬ形で告白を受けた琴禰だったが、素直に信じることができるほど自分に自信がなかった。
誰からも愛されず、憎まれ続けてきた人生だった。
それなのに、急に誰かに愛してもらえるはずがない。
「俺は琴禰のことが好きなようだ。琴禰は? 俺が好きか?」
煉魁は屈託のない、弾けるような笑顔で言った。恥ずかしさや緊張もなく言ってくる様子に、己に多大な自信があるのだということが垣間見られる。
俺が好きなら、相手も当然俺のことが好きだろうといった自信だ。
琴禰には全く備わっていない感情だ。
それに煉魁には、自信を裏付けるだけの根拠もある。
こんな美しい男性を拒絶する女性などいないだろう。顔だけでない、地位も権力も何もかも持っている。
むしろ、断ること自体が不可能なほどの絶大な権力だ。
琴禰も例にもれず、煉魁に惹かれている。多少強引なところでさえ彼の魅力だ。
ただ、琴禰にはやるべきことがある。
やらないという選択はもはやできない。
「煉魁様にお願いがあります」
琴禰は拳をぎゅっと握った。
「なんだ? 琴禰の願いなら、何だって叶えてやる」
煉魁は頼まれることが嬉しいのか、満面の笑顔を見せていた。しかし、その後に続いた琴禰の言葉を聞くと、さすがの煉魁も驚きに言葉を失った。
「私と結婚してくれませんか?」
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