あやかし王を殺せー1

大巫女様の詫宣により、琴禰は結界の張られた地下の折檻部屋に拘禁された。

 広さは四畳ほどの狭く小さな牢屋のような場所だ。

 無能で虐げられていたので、結界を張られるのは初めてだ。扉の格子には厄除けの護符が何十枚も張られ、触れると火傷してしまうほど強固な祓魔の術が施されている。

 無能でも虐げられ、力を開花させても畏怖され。自分はつくづく嫌われ者だなとため息を吐いた。


(それにしても、私が一族を滅亡に導くなんてありえない。大巫女様の予言は絶対だけれど、今回ばかりは外れに決まっているわ)


 自動車を持ち上げてしまったのは、火事場の馬鹿力というやつで、たまたまだ。一族を滅亡するほどの力があるとは思えないし、そもそもそんな恐ろしいことをする理由がない。

 長年虐げられてきたとはいえ、どんなことがあっても人を傷つけるようなことはしたくない。


(私に力が芽生えるなんて……)


 琴禰は手の平を見つめる。ずっと欲しかった祓魔の力。体の奥の方が熱く、漲る精気が炎のように揺らめいている。手に力を込めると何かが溢れるような不思議な感覚がした。

 嬉しいけれど怖い。この力は誰にも祝福されていないのだ。

 なにやら外が騒がしかった。屋敷の外には多くの村民が集まり、力の強い祓魔師が屋敷に入ってくるのが感じられた。

 目を閉じて集中させると、外の様子や屋敷の中で会議が行われている様子もはっきりと見ることができる。さらに、会話まで聞こえてしまうのだから開花した自分の力が恐ろしい。こんなことが祓魔の力でできるなんて聞いたことがない。

 大巫女様が怖れるのも無理はないと思ってしまうほど、琴禰の力は際立って異様だった。


『あの者を野放しにしておくのは危険じゃ。力が強すぎる。完全に力が開花する前に抹殺すべきじゃ』


 客間に集った祓魔師一同を前に、大巫女様が命を下した。

 大巫女様は小さな体ながら、人を圧する大きさを感じさせる迫力がある。

 皆は青ざめ、言葉を失っていた。琴禰の両親は頭を下げ、小さく震えている。我が子を殺さないといけないことよりも、家族から一族を滅亡させる異能の娘を生み出してしまったことに対する自責の念に駆られているようだった。


(待って、私は殺されるの⁉)


 想像もしていなかった展開に、心の臓がきゅっと縮み、恐怖で震え上がった。

 大巫女様の言葉は絶対だ。否定などありえない。しんと静まり返る中、すっと手を挙げた人物がいた。


『なんじゃ澄八。言いたいことがあるのなら言ってみよ』


 大巫女様から発言を許可された澄八は、立ち上がって一礼をし、そして厳粛に口を開いた。


『大巫女様のおっしゃる通り、琴禰の力は異質で強大です。結界を張るのを僕も手伝いましたが、正直言って、彼女が本気を出せばすぐに逃げ出すことも可能でしょう。そもそもここにいる祓魔師が束になっても勝てるかどうか』


『なにを言っている。小娘一人、我々が負けるわけはないだろう』


 澄八の隣に座っていた屈強な男性が口を挟んだ。祓魔の中でも剛腕に自信がある熊野久くまのくという男だ。


『琴禰の内に秘めた力は未知数なのです。もしも暴発したらこの祓魔の村が吹き飛ぶかもしれません』


『そんな馬鹿な』


 客間に嘲笑が沸き起こる。澄八の言葉を信じる者はいなかった。たった一人、大巫女様を除いては。


『澄八はここにいる誰よりも力の強さを測ることができるようじゃな。皆の者、良く聞け、小娘だと思って侮ってはならんぞ。あやつは祓魔を滅亡させる厄災じゃ。だが、力の使い方をよう分かっておらん今なら倒せる。今なら……』


 大巫女様の言葉に、澄八は得意気な様子で頷き、腰を下ろした。皆が戸惑うように出方を窺っている。大巫女様は真実しか言わないと分かっているが、小娘にそんな強大な力が宿っているとは信じがたいようだ。


(どうしよう、このままでは殺される!)


 琴禰は改めて結界の張られた格子を見つめた。触れると火傷するほどの強力な結界が張られているが、ここを突破しないことには逃げられない。


(澄八さんは、私が本気を出せば逃げ出すことができると言っていたわ。どうすれば力を放出できるのかわからないけれど、やるしかない)


『聞いておるのだろう、琴禰。逃げようとしたとて無駄じゃ。大人しく死ぬがよい。それが、祓魔一族に生まれたお主にできる最後の奉公じゃ』


 突然大巫女様が琴禰に話しかけたので、その場にいる者たちは仰天し周囲を見渡した。

 驚いたのは琴禰も同じだった。まさか気付かれているとは。大巫女様の底の見えない力の強さに驚愕し、喉元に恐怖のかたまりをつかえさせ縮こまった。


(大巫女様は本気だ。本気で私を殺すおつもりなのだ)


 身の凍る思いがした。迷っている暇はない、ここから逃げなければ。

 両手を格子にかざし、内なる力を放出させるために目を閉じた。すると、手の平から何かが溢れたと同時に大きな爆発が起こり、琴禰は吹き飛ばされ壁に激突した。

 初めてなので力の加減がわからない。思いっきり背中を壁にぶつけたので、一瞬息が止まった。肩を打撲してしまったようでとても痛い。

しかし、強固な結界と共に格子も吹き飛んだ。痛みに悶えている時間はない、とにかく逃げなければ。

先ほどの爆発で吹き飛んだ時に、眼鏡を落としてレンズにひびが入ってしまった。割れた眼鏡をかけても意味がないので捨てていこうと思ったとき、あることに気が付いた。


(私、見えている)


 むしろ、眼鏡がない今の方がよりはっきり見える。度が合っていない眼鏡だったので、力の開花と共に目が見えるようになっていることに気が付かなかったのだ。


(ああ、今はそんな場合じゃない!)


 驚いて放心していた自分を叱咤する。壁にぶつかった衝撃で全身が痛かったが、なんとか気力で走り出す。

 地下から地上に出ると、そこには両親含め客間にいた祓魔師たちが待ち構えていた。


(そりゃあれだけ大きな爆発音だったのだもの。喧嘩を売ってしまったようなものだわ)


 生き延びるためには祓魔師との全面闘争に勝たなければいけない。

 そして最初に祓魔の術を仕掛けてきたのは、一族の中でも特に優れた力を持つ祓魔五人衆―活津いくつ建比良たけひら熊野久くまのく多岐都たきつ、そして澄八だった。

 琴禰を囲むように五人が星形に位置取り、指にいんを結んで、強大な結界を張る。すると、琴禰の体はまるで縄によって羽交い絞めにされたかのように動けなくなった。

 その拘束の力は強く、体がみしみしと締め付けるような痛みに悲鳴が上がる。

 まるで容赦がなかった。五人衆の中には澄八もいるのに、本気で琴禰を殺そうとしているのがわかる。

桃子が両親の隣で澄八を心配そうに見守っていた。誰も琴禰を心配して、止めようとする者はいない。

 両親や桃子は仕方がないにしても、澄八も琴禰を殺そうとしていることが悲しかった。彼だけは最後まで味方でいてくれるかもしれない淡い期待があった。

 けれど、琴禰を殺そうと術を発動させている澄八の目に戸惑いの色は微塵もなかった。

 祓魔師として、一族を守るため、それを害する者を葬り去る。そんな使命感に燃えるような目だった。


(私は……死ぬの? 誰からも愛されず、必要とされず、何もしていないのに疎まれて死ぬ。こんな死に方嫌だ)


 体中を締め付ける激烈な痛みに顔を歪めながら、涙が頬を伝う。

 琴禰が泣いても誰も同情してくれなかった。むしろ、『もうすぐだ、祓魔五人衆頑張れ!』と応援する声が湧き上がる。


(酷い、あんまりよ……)

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