9︰待ち受けるボスモンスター【皇花のゴーレム】
迷宮――その最深部には主と呼ばれるモンスターがいる。
いわゆるボスモンスターというものだ。
そんなボスモンスターが待ち受ける最深部にアヤメとパーティーを組んだ俺は向かっていた。
「最深部か」
ひだまり迷宮でもボスモンスターは存在する。
確か名前は【皇花のゴーレム】だと聞いたな。
物理防御力は当然高く、魔法防御力もありえないほど高いとか。
強力な打撃がウリだが、魔法攻撃がないから星一つが星二つに上がるまでの最初の壁とも言われているらしい。
ちなみに皇花のゴーレムはアイテム【不思議な花蜜】をドロップする。
このアイテムは失ってしまった魔力を半分回復するという効果があるそうだ。
後衛なら御用達のアイテムで、市場でも高値で取引されているものでもある。
だからゴーレムを倒し、ぜひとも手に入れたいところだ。
しかし、いくらあのデブを撃退したとはいえ俺にゴーレムを倒すことができるのか?
『あら、緊張してるのかしら? 結構かわいい顔してるわよ』
「からかわないでくれよ。一応言っておくけど、俺はまだ探索者なりたてなんだからな」
『ふぅん、そうなの。なら一つアドバイスしてあげるわ』
そういって前を歩いていたバニラが俺の肩へ飛び乗った。
そのまま首を包むように身体を乗せ、左の耳元でこんな助言をする。
『あなたが持つタクティクス、あなたがどう戦うかをしっかり打ち出せばちゃんと応えてくれるわ』
「どういうことだ?」
『指示を出せってこと。攻撃したいのか、防御したいのか。はたまた遠くの敵を撃ち落としたいのか、それとも敵を遠くへ飛ばしたいのか。あなたがどういう行動を取りたいのかハッキリ告げればタクティクスは応えてくれる。これはそういう武器なのよ』
「そういう武器って、よくわからないんだけど……」
『まあ、そう簡単には理解できないでしょうね。戦いながら使い方を覚えなさい。そのタクティクス、もうあなたのものだしね』
なんだか雑な説明をされたな。
いや、そんなことよりもバニラはいつまで俺の肩に乗ってるつもりなんだよ。
あ、こいつ、もしかして俺をタクシー代わりにしてるな。
『そうそう、ちなみになんだけどアヤメはアンタに気があるらしいわ』
「え? マジ?」
『うっそー! そんな訳ないわよ』
「んだとコラァァ!」
純情な男子の心を弄びやがって!
許さんぞ、白猫!
俺はバニラを捕まえようと奮闘する。
しかし、さすが白猫。その運動神経は卓越したものがあり、どれほど手を伸ばしてもバニラはサッと逃げてしまう。
「何してるの、二人とも?」
〈クソガキが白猫と戯れてる〉〈まさか猫萌え!?w〉〈マジかよwww 本物に萌えるのかよwww〉
〈にゃんこを舐めるな あのかわいさに叶うものはない〉
〈おい猫に洗脳された奴がいるぞ〉〈たしかににゃんこかわいい〉
〈お前らにはわからないのか あの勝手気ままさと、謎に喉を鳴らすかわいらしさを〉
〈ふっ、お前のにゃんこ愛は所詮その程度か〉〈なんだと! 変態紳士!〉
〈お〉〈まさか変態紳士 お前もにゃんこが好きなのか!!!〉
〈ああ、そうさ 私はかじられようが猫パンチされようがちゅ~るを与えるために、命を懸けている! だからベッドに来るんだ にゃんこがな〉
〈べ、べべべ、ベッドにだとぉぉぉぉぉ!(グハァッ) 負けた 変態紳士に負けたぜ ああ、くそ お前がナンバーワンだ〉
〈ふっ、私はナンバーツーだ なぜならにゃんこを愛しているからな!〉
〈おい これ誰か止めろ〉〈いや無理じゃね? だってこうなったら止まらないし〉
「変態紳士さんは猫好きっと」
〈アヤメが無駄な知識をつけたぞwwwww〉〈やめろやめろw〉
〈いらんその知識wwww〉〈変態紳士、責任を取れwwwww〉
俺が肩を揺らし息を切らしていると、なんだか呆れた表情を浮かべ見つめているアヤメの姿が目に入った。
俺はスマホでアヤメの配信を確認してみると、猫に関するコメントが並んでいる。
どうやらこの配信は猫好きが集まっているようだ。
そんなことより、この白猫を懲らしめなければならない。
高校二年生である俺の純情を弄びやがって。
絶対に許さないんだからな!
そう思って追いかけ回すがバニラは捕まらない。
そのまま逃げおおせ、飼い主であるアヤメへ逃げ込んでしまった。
「くそっ、覚えてろよ」
『はいはい。お昼寝して覚えてたら謝るわ」
「ねぇ、何してたのバニラ?」
『ふふふ、ちょっと元気づけてあげたわ』
「元気づけたって。本当に何をしたの、バニラ?」
『アヤメのあれこれを話したの。あ、今朝は寝ぼけて飲もうとした水を頭から被ったわね』
「ちょっ、ちょっとバニラ! 何を話してたの!?」
バニラの言葉にアヤメは顔を真っ赤にしている。
どうやら本当にやってしまった出来事らしい。
それにしても恥ずかしがっている彼女の姿もかわいいな。
それにリアクションもいい。これは確かにいじりたくなるな。
いや、それよりもこの白猫、結構ヤバいぞ。
俺だけでなく飼い主であるアヤメですら手玉に取るし。
こいつ、侮れない。
『ふふ、そんな恥ずかしがることじゃないでしょ? 人は誰しも何かしらの失敗はするじゃない』
「そうだけど……いや、それっぽいことを言って誤魔化そうとしてるわね!」
『あら、バレちゃった。今日は気づくの早いじゃない』
「もぉー! バニラのバカ! 今日は罰としてちゅ~るなし!」
『え!? そんな、あれはいい感じに酔えるのに……ア、アヤメ、謝るからちゅ~るを食べさせて。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでいいから!』
「知らない。バニラのバカ」
おお、さすが飼い主。
しっかりバニラに鉄槌を降したじゃないか。
そんなことを思っていると配信コメントも大いに盛り上がっていた。
〈なんとかわいそうな!〉〈白猫ちゃん、僕のちゅ~るをあげますよー〉
〈猫萌えはどっか行け〉
〈ハァハァッ ハァハァッ 白猫ちゃん、よ、よよよかったら僕のちゅ~るをペロペロしてほしいんだな〉
〈変態紳士もどっか行け〉
〈w〉〈wwwww〉〈たはあwwwww〉〈やべぇwww〉
〈きもちわりぃwwwww〉〈マジの変態じゃねーかwwwwwww〉〈おいいいいwww〉
すごいことになってるな。
変態紳士、マジの変態かもしれない。
いやそれよりも、そんなにちゅ~るって美味しいのか?
食べられないってことがわかった途端、バニラが目に見えて落ち込んでいるんだが。
『うぅ、ちゅ~る。私のちゅ~る……あれがないと満足できないの……ああ、ちゅ~る。私のちゅ~る……』
嘆くバニラだが、怒ったアヤメは無視を決め込んでいた。
まあ、これは怒らせたバニラが悪い。
ひとまず落ち込んで立ち止まっているバニラの身体を持ち上げ、俺はアヤメを追いかけるようにして最深部へ足を踏み入れる。
そこには朽ちた岩壁を背にし、もたれかかるようにして眠るゴーレムの姿があり、どこか幻想的な光景だった。
そのゴーレムの身体は石でできており、大部分がコケに覆われている。
石の身体の繋ぎ目から花やツタが生え、まさに古から存在するモンスターを彷彿させるデザインだ。
そんなゴーレムの目に光が灯る。
俺達を認識すると、ゴーレムは立ち上がりこんな問いかけをしてきた。
『訪れし旅人よ、汝は我が試練を受けるか?』
要約するとボスであるゴーレムと戦うか、ということだろう。
そう理解した俺だが、アヤメ達は少し驚いたような顔をしていた。
「言葉が違う」
『どうやらあの子を連れてきて正解みたいね」
アヤメとバニラは互いに顔を見合わせ、答えがわかっているかのように頷く。
そして、再びゴーレムへ顔を向け、問いかけに対する返答をした。
「もちろん」
アヤメがハッキリ答え、ゴーレムは頷く。
ゆっくりと拳を握り、内に秘めていた魔力を盛大に解き放った。
それはあまりにも大きな爆発で、転がっていた瓦礫が揺れ動くほどの突風が発生する。
圧倒的な威圧感。
これは確かに、駆け出しじゃあ勝てないレベルだろう。
だけど、同時に俺はこう思ってしまった。
あのデブよりは弱い、ってね。
『よかろう。汝の強い心がどれほどのものなのか。我が身体に収まる魂に示してみろ!』
ひだまり迷宮を治めるボスモンスター【皇花のゴーレム】が俺達の前に立ち塞がる。
同時に持っていた機巧剣タクティクスが震えた。
まるで強者との戦いを臨んでいるかのように雄叫びを上げている。
それに呼応してなのか、俺の心も踊っていた。
〈ボスだ〉〈ボス戦だ〉
〈アヤメ頑張れ〉〈クソガキ、アヤメをケガさせたら許さんからな〉
〈負けるなー〉〈叩きのめせー!〉〈クソガキ期待してるぞ!〉
〈ちょっと映像乱れてるぞ〉〈魔力波が悪い?〉〈あのゴーレムのせいか?〉
盛り上がる配信コメント。
それもそうだ。相手はボスモンスター【皇花のゴーレム】である。
本来なら駆け出し探索者である俺では勝てるはずのない存在だ。
だけど、そんな相手なのに勝てる気がする。
だって俺は、あのデブに勝利したのだから!
こうして俺はアヤメ達と共に【皇花のゴーレム】に挑む。
震え立つ機巧剣タクティクスを握り、圧倒的な強さを持つボスモンスターとぶつかった。
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