8︰もうちょっとつき合って 後編

 俺はひとまず逃げようとした。

 だが、そんな俺を逃さまいとアヤメに身体をガッチリ掴まれ無様にコケてしまう。


 ああ、なんでこんなことになっているんだ。

 これじゃあ逃げられないじゃないか。

 というか、俺はただのアイテムコレクターなんだけど!


「ダメぇぇ! 動いちゃダメぇぇ! 絶対安静だからダメなのぉぉぉぉぉ!!!」

「わかった、わかったから! 言われた通りにするから離してくれ!」


〈おいおい 今クソガキがなんでもするって言ったぞ〉

〈マジかよ じゃあなんでもしてもらおうか〉

〈クソガキー 違うな いそのー、サッカーしようぜ ボールお前なー〉

〈野球でもいいぜ ボールはやっぱりお前なー〉


〈じゃあ俺バットー〉

〈俺がぶん回してやるw あ、ぶん投げるのもいいなw〉

〈じゃあお前がバットーw 三振したらへし折ってやるよw〉

〈残念だな俺は金属バットだ!〉


〈ふん(バキッ)〉

〈あああああっっっっっ!www〉


 ああ、俺もアヤメのコメント欄もめちゃくちゃだよ!

 なんでこんなことになっているんだ。

 これも全部あのデブのせいだ、だぶん!


「だぁぁ! わかった、わかったからもう離してくれ! 大人しくするからぁぁ!」

「ホントに? ホントにホントに?」

「ホントだから。だから離してくれ!」

「わかった。じゃあ離す」


 やっとのことで俺はアヤメの拘束から逃れることができた。

 ああ、お気に入りの黒いパーカーがベチャベチャだよ……


 俺は汚れた服を拭きながら起き上がる。

 ついでに一緒に汚れてしまった探索者バッジを外し、隅々まで拭いていく。


 ああ、くそ。

 とんでもなくびちゃびちゃじゃないか。


『ねぇ、アンタ。星一つなの?』


 俺が頭を抱えながら探索者バッジを綺麗にしていると、バニラが声をかけてきた。

 振り返ると不思議そうな顔をしてバニラは俺を見つめている。

 一体どうしたんだろうか?


「そうだけど、それが何か?」

『アンタ、駆け出しなのによくその武器を手に入れられたわね。どうやって手に入れたの?』

「どうやってって、レアスライムを倒したら手に入れたよ。だからたまたまかな」

『たまたま、ねぇ。たまたまにしては運が良すぎない?』


 そう言われてもな。

 本当にたまたま手に入れただけだし。だけどまあ、運が良いと思われてもおかしくないか。

 そう思っているとアヤメが飛んでいるドローンに向かい、言葉を放っていた。


「よしっと。みんな、私の恩人が起きたよ。あ、配信はまだまだ続けるからね!」


〈りょ〉〈あーい あのデブの悪行、SNSに上げておいたよ〉〈デブ炎上してんじゃん!www〉

〈あ、マジww〉〈祭りだ祭りだw わっしょいわっしょいwww〉

〈りょーかーい〉〈探索気をつけてねー〉〈アヤメちゃんクソガキにも気をつけるんだよー〉


 ハァ……ひとまずアヤメは配信を続けるか。

 まあ、これで俺はお役目ごめんだな。

 とりあえず、助けてくれたことにお礼を言って切り上げるとするか。


『どこに行くのよ?』

「帰るよ。お互いに貸し借りはもうないだろ?」

『何言ってるのよ。アンタにはまだ手を貸してもらうわ』

「は?」


 手を貸してもらう?

 なんでまだ俺が必要なんだ?


 そんな疑問を抱いていると配信を終えたアヤメが駆け寄ってきた。

 そしてズイッと身を乗り出し、俺にことを訊ねてくる。


「身体、本当に大丈夫なの?」

「ま、まあ大丈夫だけど……」

「ホント? 本当にホント?」

「何度も聞かないでくれよ。というかいきなり何なんだ?」


 俺の言葉を聞いたアヤメは安心したかのように胸を撫で下ろした。

 しかし、すぐに表情を引き締めこんなことを俺に言い放つ。

 それは思いもしない言葉だった。


「ごめん。もう少し助けてほしいの」


 それはとても真剣な表情だった。

 なんでそんなに真剣な表情をしているのかわからないが、とにかく大事なことだってことは伝わってくる。


 しかし、アヤメは俺より強い探索者だ。

 確か探索者ランクは星三つだったはず。俺じゃあ入れない迷宮に入って探索していたから、その情報は間違ってない。


 そんなアヤメがどうして俺に助けを求めてきたんだろうか。


「なんで?」

「その、私、行きたい場所があるの。でも、そこに行くには必要なアイテムがなくて。あなたが持つタクティクスならそのアイテムは必要ないから……だから、もうちょっとつき合って」


「どうしてそこに行きたいんだ?」

「……友達が待ってる。今は、そうとしか言えない」


 友達が待っている?

 迷宮の奥地で?


 俺は思わずアヤメに訊ねようとしたが、その瞬間にバニラがこんな言葉を口にする。


『行けばわかるわ。それで、協力してくれるのかしら?』


 行けばわかるか。

 奥に進めば危険度が増す。だけどここは初歩中の初歩の迷宮だ。

 アヤメにちょっと勘違いされているとはいえ、そこまで強いモンスターは出ないだろう。


 それに、俺はまだ駆け出し。

 レベルを上げる必要もあるし、それにここでまだ手に入れていないアイテムもある。


「条件がある。それを飲んでくれたらいいよ」

「どんな条件?」

「ドロップしたアイテムを全部俺がもらう。いいか?」

『どうするアヤメ?』


「いいよ。つき合ってくれるんだし」

「よし。なら交渉成立だ」

「ありがとう! えっと――」

「黒野鉄志っていうんだ。まあ、好きなように呼んでくれ」


「じゃあクロノくんだね! 私は天見アヤメ。よろしくね、クロノくん!」


 アヤメはそう告げると、嬉しそうに笑っていた。

 なかなかに素敵な笑顔だ。

 もしかしたら配信を見ている視聴者はこの笑顔が見たくて通い詰めているかもな。

 そんなことを思いつつ、俺はアヤメ達とパーティーを組んで【ひだまり迷宮】の奥へ足を踏み入れていく。


 俺は知る由もない――この選択が運命を変えたことを。

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