第7話

「旦那様、お帰りなさいませ」

「お、お帰りなさいませ、お父様」


いよいよ私は、この世界における実のお父様との対面を果たした。

…それ以前に、貴族家におけるお父様の出迎え方なんてさっぱりわからなかった私は、妙な緊張からか全身を硬直させてしまっていた。

…変な風に見られていなければいいのだけれど…。


「あぁ、出迎えありがとう。アリシラも、わざわざすまないな」


一応、私の挨拶は何も変ではなかったらしい。

私はひとまずそこに安心感を覚え、心を落ち着かせる。

…しかし、お父様はそのまま周囲をキョロキョロと見回した後、やや低い口調でこう言葉を続けた。


「…相変わらず奴は自由だな、まったく…」

「も、申し訳ございません…。旦那様にお顔をお見せするよう、説得を試みてはいたのですが…」

「あぁ、構いはしない。別に顔を合わせたところで改めて話すようなこともないし、関係ないとも」


やや申し訳なさそうな表情を浮かべ、そう言葉を発するターナー。

2人が話しているのは間違いなくお兄様の事なのだろうけれど、聞いていた通りお父様が抱くお兄様への印象はかなりドライな様子だった。


「それよりアリシラ、聞いたぞ?レベラ第一王子と距離をとっているそうじゃないか」

「(あぁ、やっぱりその事を…)」


掘り下げられるだろうとは予感していたけれど、いざ婚約関係を推し進めていた人を前にすると、なかなか説明するのが難しく感じる…。


「ひ、ひとまず詳しいことは中で…。ここで話をするのもなんですから…」

「そうか、それもそうだな」


私はひとまずお父様にそう言葉を発し、お屋敷の入り口から場所を移すよう話を繰り出した。

そこには時間を稼ぐ目的もあったのだけれど、私が思ったほどの時間を稼ぐことはできなかった…。


――――


「どういうわけだアリシラ、お前はレベラ様との関係をあんなに喜んでいたじゃないか。ほかの貴族令嬢たちのうらやむ顔が目に浮かび、なんだか自分自身が偉くなれたような気がしてたまらない、と言っていなかったか?それがどうして気が変わったんだ?」

「え、えっとですね…」


お父様、少しは一息ついてくれるのかと思ったけれど、部屋に入るや否や私にそう言葉を発してきた。

…これも悪役令嬢の父親らしく、あまり私の思いを汲んでくれなさそうな匂いを今からすごく感じずにはいられない…。


「じ、実は私、正直レベラ様との婚約関係はあまり…」

「そうか、分かったぞ!!」

「へ??」


私の言葉を途中で遮ったお父様は、何かを思いついたかのような雰囲気でこう言葉を続けた。


「アリシラ、さすがは私の娘だ!まさか君がそこまで考えて楽しんでいたとは…!」

「た、楽しむといいますと…?」

「とぼける必要はない。なんならその考えをそのまま当ててみせよう。アリシラ、君はあえてレベラ様との距離をとることで、他の貴族令嬢たちに『自分にもチャンスがあるのではないか』と思わせようとしているんだろう?」

「へ????」


…これはこれは、随分とすっとんきょうな言葉を聞かせてくれる…。

しかし当のお父様はかなり自信に満ち溢れている様子で、得意げな表情を浮かべたまま私に向けてこう言葉を続けた。


「早い段階で君とレベラ様が婚約を決めてしまえば、他の令嬢たちに出る幕はなくなる。しかし一度君の方から距離を開けたら、二人の関係に何かあったのではないかとほかの者たちは考える。同性の女ならなおのことだろう。そうやって期待感を抱かさせた後に、君は再びレべラ様に接近して婚約を確かなものとすることを考えているんだろう?いやはや、なかなか普通の女には思い浮かばないやり方だろう。そのいやらしさ、実に素晴らしい!気に入ったよ!」

「お、お父様…??わ、私はあえてではなくってですね、本当にレベラ様との関係を…」

「うむ、そういうことならわかった。一時的に距離をとることを認めよう。なんなら私の方が楽しみになってきているぞ…!レベラ様と結ばれるというに淡い期待を抱いたのも束の間、次の瞬間には二人の婚約が正式に発表されて泣きわめく令嬢たちの姿が…!これほど見て見たいものもないな!」


1人で完全に突っ切ってしまうお父様の姿を見て、私は心の中で大いに焦りを感じていた…。


だめですお父様!!!その考えは絶対やっちゃいけないやつです!!!こういううす暗い部屋でそんなことを言うやつらの狙いなんて、絶対に達成されるはずがありません!!お話の鉄板なんです!!!やられやくの言う事なんですよそれは!!だからやめてって言ったのに!!!


…などと直接言うことが私にできるはずもなく、楽しそうな表情をただ浮かべるお父様を前にして、私は将来を悲観することしかできないのだった…。

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