第8話
一方その頃、屋敷を事前に飛び出していたアリシラの兄ケルンは、彼の家と同じく貴族家にあたるユリーフェン侯爵家に転がり込み、そこに住まう侯爵令嬢であるエレナ・ユリーフェンとの時間を過ごしていた。
「エレナ、今日は相手してくれてありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「でも、侯爵はどう言ってたんだ?何か言われたんじゃないのか?」
「そんなことないですよ。お父様も、ドレッド様のご令息であるケルン様の言う事は断れないって言って、喜んでたよ?」
「やれやれ…。どいつもこいつもドレッド様ドレッド様と…」
ケルンはエレナの自室に置かれた椅子に腰かけながらそう言葉を漏らすと、ドレッドに対して機嫌を取るような侯爵の態度に嫌悪感を示し始める。
それによって自分はこの屋敷に上がり込むことができているというのに、その点には触れずにいた。
というのも、ケルンはもともとがこういう性格であるため、そこに良識さを求める方が無理な話なのかもしれないが…。
「ケルン様、ケルン様さえ望まれるのでしたら、ずっとずっとここにいていただいてもよろしいのですよ?私はむしろその方が、うれしいというか…!」
「……」
ドレッドの息子であるケルンは、それはそれは貴族令嬢たちから目をかけられる存在だった。
もちろんその狙いは彼自身ではなく、絶大な影響力を有する彼の家の方にある。
ケルンと結ばれるという事は、この国の中における自身の立場を非常に強いものとすることに等しいのだから。
「エレナ、正直俺にはそんなつもりはないんだ。勘違いさせるような事を言ったならすまないが、考えを改めてくれ」
「そ、そうですか…。しかし、私はそれでもかまわないのです」
「?」
「例え私がケルン様にとって都合のいい存在であっただけであっても、それでも私は幸せなのです。こうして会っていただいて、お話をしていただけるだけでも十分な位に…!」
「……」
愛らしい口調でそう言葉を発するエレナであるが、その言葉は決して本心からくるものではない。
やはり彼女はケルンと恋仲になることを狙っており、あわよくばこのままの関係を続けて行って既成事実としてもいいと考えていた。
そしてそう考える女性たちはこの国に多くおり、ケルンの隣に立てるというのはやはり彼女たちにとってかなり魅力的な事だと言えた。
「ねぇケルン様、ケルン様は一体どのような女性がタイプなのですか?」
「タイプねぇ…。自分でもどういう相手を望んでいるのか、さっぱりわからないんだよ。だから困ってるっていうか…」
「…それじゃあ、他に好きな方などもいらっしゃらないという事なのですね…!」
「…?」
その返しは、ケルンにとっての決まり文句であった。
ケルンはそう言う事で相手に期待を持たせ、自分への思いを絶たせないようにする。
要は、相手の事をとりあえずつなぎ留めておくための言葉なのだ。
「…エレナ、君と一緒にいると何だから心が安心するよ。こんな感覚は初めてかもしれない…」
「まぁ、そう言っていただけると私もうれしいです!」
ケルンは少し甘えるような口調でそう言葉を発すると、自身の体をエレナの方にそっと寄せる。
互いの体温がほんの少し感じ取れる距離まで接近することが叶ったエレナは、その心の中を大いにときめかせていた。
「(きっと、ケルン様は私の事を一番思ってくださっているに違いないわ…!だってここまで気持ちを表にしてくださるなんて、他の誰の前でもなかったことだと思うもの…!このままいいムードを続けられたら、いずれ私とケルン様は間違いなく…!)」
結ばれてしまえばこちらのもの、という考えがエレナの中にはあるようで、彼女はその地点こそを目標のゴールにしていた。
ただ当然、彼女のその考えにはケルンも感づいており…。
「(ほんと、貴族令嬢っていうのは単純で助かる…。あまり恋愛をしてきたことがないものだから、頭が楽観的になってしまうんだろうな。ひとまずこれでまた一人、暇つぶしが出来そうな相手が見つかったというわけだ)」
アリシラが血相を変えた表情で悪役令嬢としてのフラグをへし折るべく奔走している裏で、ケルンは悪役令息としての振る舞いをヒートアップさせていた。
はたして最後にたどり着くエンディングはどちらが描いたものになるのか、それはまだ誰にもわからない…。
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