ep:5 剣聖アルカナートとの出会い

「ん……こ、ここは?!」


 ノーティスが目を覚ましバッと上半身を起こすと、そこはどこかの部屋のベットの上だった。

 ベットは凄くフカフカなキングサイズ。

 そのベットから部屋の景色を見渡すと、一見して凄く洗練されているのが分かった。


───本棚にはいっぱい難しそうな本があるし、家具も凄くオシャレだな。ん? あれは……


 白い基調の広い部屋の真ん中には、一風変わった台座の上に大きな丸いクリスタルが置かれている。


───あのクリスタルから上に浮き出てる映像は何だろう……


 部屋の雰囲気に軽く圧倒されていると、ノーティスの目に飛び込んできた。

 窓際の机の椅子に横に座り足を組みながら本を読んでいる、スタイリッシュな男の姿が。

 その男は本をパタンと閉じて机に置くと、ノーティスを見つめニヤリと笑みを浮かべた。

 額の魔力クリスタルを、静かに白くキラキラと輝かせながら。


「よぉ、ボウズ。よーやくお目覚めか」

「あっ、はい……あの、ここは……」

「俺の家だ」

「アナタの家……」


 ノーティスは改めて周りを見渡したが、控えめに言っても、相当なセレブには間違いないのは明白だ。


「あ、あの、失礼ですけどアナタは……」

「フンッ、俺は……」


 男が名乗ろうとしかけた時、部屋のドアが勢いよくガチャっと開き元気な女性が入ってきた。


「あーーーーーーーーーっ、アルカナート! この子無事に目を覚ましたんだねっ♪ よかったーーー♪」

「ったく……人が名乗ろうとしてる時に……」


 アルカナートが片手で軽く頭を抱える側で、彼女は天真爛漫な笑顔でゴメンのポーズをしている。

 また、額の魔力クリスタルはピンクサファイアだ。


「えっ、そうだったの? ごめーーん♪」

「チッ、勝手にしやがれ」


 二人ともノーティスよりずっと年上だとは思うが、恐らく実年齢よりはかなり若く見えるタイプに思える。

 アルカナートはいわゆるクールなイケメンで、彼女の方は、綺麗で元気なお姉さんといった雰囲気だ。

 何より二人からは『何か大きな事を成してきた』というオーラが自然と溢れている。


───なんか、二人とも凄いな……!


 そのオーラをヒシヒシと感じていると、彼女がノーティスを見つめてニコッと微笑んだ。

 

「あ〜〜〜〜っ、キミ可愛い顔してるわねっ♪」

「えっ?」

「私は『パナケーア・セイラ』っていうの。セイラでいいわよっ♪ キミは?」


 セイラは髪をサラッと零しながら、ノーティスを上から覗き込んできた。

 雰囲気と所作から大人の自然な色気が漂ってくる。

 そんなセイラから顔を近づけられ、ノーティスは思わずドキッとしてしまった。


「お、俺は『エデン・ノーティス』っていいます。ノーティスって呼んでくれて……大丈夫です」

「そっか、よろしくねノーティス♪」

「はいっ……!」


 ノーティスは顔を軽く赤らめ、二人のチラッと見つめた。

 二人から醸し出されている雰囲気が、気になってしまったから。


「あのっ……お二人は夫婦……なんですか?」


 そう尋ねたノーティスの背中を、セイラは笑いながら片手でバンバン叩いた。


「やーーーーーねぇ、もぉーーー違うわよーーー♪」


 セイラは言葉否定してるが、凄く嬉しそうだ。

 きっと、アルカナートの事を大好きなんだろう。

 けれど、当のアルカナートはブスッとした顔を浮かべている。


「なわけねーだろ。コイツとはただの腐れ縁だ」

「あっ、ひどーーーいっ! 腐ってないし! 第一、看病しにこいって言ったのはアルカナートでしょ! べーーっ!」

「チッ、めんどくせぇ……」


 喧嘩してるように見えるが、二人からは強い絆のような物が伝わってくる。

 けれど、ノーティスはそれ以上の事に気づき、ハッと目を見開いた。


「ちょっと待ってセイラ、もしかして、アルカナートってあの……」

「あーーーやっぱり、アナタ位の歳の子でも知ってるんだねーー♪」

「じゃあやっぱり……!」


 ノーティスは興奮しながら見つめている。

 そんな中、アルカナートは横向きに座ってた椅子をクルッと回転させ、素っ気ない顔をノーティスへ向けた。


「ったく、セイラのせいで調子狂っちまったが、お察しの通りだ」

「ア、アナタはかつて王国史上最強と言われた……剣聖『イデア・アルカナート』!」


 ノーティスが思わずバッと立ち上がると、アルカナートは軽く笑みを浮かべた。


「フンッ、お前位の奴にも知られてるとは光栄だぜ」

「いや、それはこっちのセリフです! けど、なんで俺なんかを……」


 ノーティスには分からないのだ。

 アルカナートと言えば、この国の誰もが知る伝説の英雄。

 また、セイラだってそうだ。

 同時に思い出したが、セイラはアルカナート率いる伝説のパーティの一人だった女性。


───なぜ、こんな凄い人達が俺を……


 そう思うノーティスを見つめたまま、アルカナートはニッと笑みを浮かべた。


「言ったろ。お前は、俺の後継者になるべき男だからだ」

「こ、後継者って、なんで俺なんかが……」

「お前が放ったあの輝きが、俺を呼んだのさ」

「輝き……?」


 ノーティスは思い返していた。

 さっきフェクターと戦った時、突然光り輝き途轍もない力が湧き上がってきたあの輝きを。


「アルカナートさん。あれは……あれは何かの間違いなんです!」

「なんだと?」


 謎めいた顔を浮かべたアルカナートの前で、ノーティスはうつむきながら両拳にギュッと力を込めた。


「俺は、無色の魔力クリスタル……だから、アナタ達みたいな立派な人の後継者になるどころか、浄化されるべき呪われた人間なんだ……」


 ノーティスは悲しみと悔しさに体をブルブルと震わせている。

 これまでの事を思い返せば無理もない。

 それをセイラが哀しく見つめる隣で、アルカナートは涼し気な瞳でジッと見つめている。


「ノーティス、ここで話してみろ。お前のこれまでの人生を」

「俺の人生を?」

「そうだ……」


 アルカナートがセイラと共に見つめる中、ノーティスは話していった。

 逃亡犯にされてからの、波乱に満ちた人生を……


◆◆◆


「ううっ……ノーティス、本当に辛かったわね」


 これまでの全てを聞いたセイラは、瞳に涙を浮かべ両手で口を覆っている。

 けれどその隣で、アルカナートはセイラをチラッと見つめ軽く顔をしかめた。


「セイラ、お前なに泣いてんだよ」

「だって、このこんないい子なのに親やクラスメイトのみんなから追放されて、浄化対象になっちゃってるんだよ!」

「だから、それはなんでだよ」

「聞いてなかったの?! それはこの子が無色の魔力クリスタルだから……あっ!」


 セイラは目と口をハッと開いた。


「まさか……!」

「そうだ。俺達は知ってるハズだ……!」


 アルカナートとセイラの脳裏に浮かんだ。

 在りし日の憧憬が。

 二人にとって、決して忘れる事の出来ない激闘の中で生まれた哀しき記憶。

 そんな二人をノーティスは謎めいた顔で見つめている。


「どういう事ですか?」


 すると、アルカナートはセイラと共に再びノーティスを見つめた。

 その瞳には、静かだが煌めく光が宿っている。


「ノーティス、結論から言う。お前は無力でも、ましてや逃亡犯でもない。最強の勇者になる力を秘めている!」

「ゆ、勇者? 俺が? そんな事ある訳ないです! だって俺は無色の……」


 そこまで言った時、アルカナートはノーティスの言葉を断ち斬った。


「『白輝びゃっきの光』! お前はほどんどの人が持ち得ない、勇者の光を持つ男だ」

「えっ……そ、それって……」

「間違いねぇんだよ。同じ輝きを持つ俺が、この目で見たんだからな……!」


 ノーティスは学者志望なだけあり、物事の理解は早い。

 けれど、今言われた事は全く処理できずにいる。

 あまりにも話が凄すぎるからだ。

 無色の魔力クリスタルである自分が、伝説の英雄と同じ輝きを持っているなんて事は。


───そ、そんな事、今まで考えた事すら……!


 もちろん、アルカナートもそれは分かっている。

 けれど、椅子からザッと立ち上がりノーティスを見下ろした。

 これ以上ゴチャゴチャ説明をしないのが、アルカナートの流儀。


「いくぞ」

「えっ、行くってどこへですか?」

「細かい話はいいんだよ。やりゃ分かる」

「や、やりゃ分かるってアルカナートさん!」


 困惑した顔を浮かべるノーティスを、アルカナートは澄んだ瞳でジッと見つめた。

 その瞳は、厳しくも優しい光に揺らめいている。


「いいかノーティス。俺の事はこれから師匠と呼べ。お前には、俺のとっておきを……くれてやる!」


 アルカナートはノーティスにクルッと背を向け、背中のマントをバサッと靡かせた。

 そして、セイラが入ってきた扉とは別の扉に向かい颯爽と歩いてゆく。

 けれど、ノーティスが事態が飲み込めず立ち尽くしていると、サッと振り向いた。


「ノーティス、さっさとついてこい! それとセイラ、身の回りの世話は頼んだぞ」

「はーーーいっ♪ ちゃんとコスモティーも淹れるからね」

「フンッ……一応それだけは期待しとくぜ」


 それを見ていたノーティスは瞳に凛とした光を宿し、ザッと前へ足を踏み出した。

 セイラの笑顔が、アルカナートが今からしようとしている事を全て肯定してるから。

 それになにより、ついて行きたくなったのだ。

 絶対的な自信に満ちたアルカナートの背中に。


「今行きます……師匠っ!」


 ノーティスの決意に満ちた精悍な顔を見たアルカナートは、サッと前を向くと嬉しそうに軽く微笑んだ。

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