ep:6 クロエの涙とノーティスの修行

「さてと……これから忙しくなるわね」


 セイラは部屋の中で軽くため息を吐くと、隣にいるクロエをチラッと見つめた。


「よかったの? ノーティスあの子と話さなくて」

「私は……」


 クロエは自分も重傷を負いながらも、アルカナートと一緒にここまで来ていたのだ。

 もちろん、傷はセイラが回復魔法で完全に治癒したのだが、クロエの顔は曇っている。

 こればかりは、セイラがいくら元王宮魔導士であっても治しようがない。


「も~~~~っ、クロエ、ノーティスあの子は絶対怒ってないって。例の少女と母親も無事だったんだし」

「はい……でも、私はあの時なにも出来なかった。彼があんなに苦しんでいたのに……!」


 そう言ってクロエは拳をギュッと握りしめた。

 街を守る為の使命感が強い分、自分の力が及ばなかったのが悔しくて仕方ないのだ。


「彼は無色の魔力クリスタルなのにフェクターに立ち向かって、魔力のオーバードーズまで引き起こして戦ったんです。なのに、私は少しやられたぐらいで動く事が出来なかった……」

「クロエ……」

「もし、アルカナート様が来てくれなければ、ノーティスあの子はきっと助からなかったわ。あんなに心の綺麗ないい子なのに……!」


 うつむいているクロエを静かに見つめていたセイラは、う~~~ん……と、軽く声を漏らしながら斜め上を向いた。


「じゃあやっぱり、クロエがいなきゃ助からなかったよ」

「えっ、どうしてですか?」

「だってさ、確かにフェクターをに倒したのはアルカナートだけど、その前に追い詰めたのはノーティスあの子だし、それにさ、その前に戦って食い止めてたのはクロエでしょ。違う?」

「そ、それはそうですけど……」


 クロエが少し顔を上げると、それを見つめてセイラはニコッと微笑んだ。


「でしょ♪ クロエがあそこで戦ったこその勝利なの」

「セ、セイラ様……!」

「だから、精一杯戦ったクロエは素敵だよ! 私はクロエを誇りに思う」

「うっ……うぅっ……私、これからもっと強くなって頑張ります……!」


 涙するクロエの赤く綺麗な髪が軽く揺れる。

 セイラはそんなクロエを見つめると、ギュッと抱きしめた。


「泣かないの、も~~~~っ」

「ううっ……はいっ……!」

「じゃあ、一緒に紅茶飲もう♪」

「えぇっ?! セイラ様が淹れてくれるなんて、そんなっ……!」


 涙の乾かぬ瞳で慌てながら、クロエはセイラに向けて両手の平を向けている。

 真面目な性格のクロエは、恐れ多いと思っているのだ。

 元とはいえ王宮魔導士のセイラに、そこまでしてもらうなんて。

 けれど、当のセイラはそんな事は一ミリも気にしない性格。

 クロエを見つめ、ニヤニヤ嬉しそうに笑みを浮かべている。

 ずっと前から、その性格は全く変わっていない。


「ここまで来てな~~~に、言ってるの。逃がさないわよーーーっ♪」

「セ、セイラ様っ」

「クロエ、私のコスモティーは、さぃぃっこーーーに美味しいんだから覚悟しときなさい♪ いいわねっ」

「は、はいっ!」

「よろしい♪ じゃ、今淹れてくるからそこら辺に座ってて」


 セイラはキッチンに行き、コスモティーを淹れ始めた。

 そして、心の中でノーティスとアルカナートに想いを巡らす。


───ノーティス、これから応援していくからね! 辛い時は、いつでも私が支えていくから。それにアルカナート、私分かってるから。アナタがなんで、あの子をちゃんと育てていきたいのかって……!


 セイラの愛の決意と共に、部屋にはコスモティーのかぐわしい薫りが満ちていった。


◆◆◆


 そこから約一年が過ぎたある昼下り……


「ハァァァァァッ……!!」


 ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ!


 ノーティスの斬撃がアルカナートの剣にぶつかり、激しい音を放っている。

 この国『スマート・ミレニアム』にある、アルカナート専用の敷地内。

 ここであれから毎日、ノーティスはアルカナートに厳しい修行の日々を送っているのだ。

 今は剣術の修行中。


「フンッ……甘ぇよ」


 アルカナートはノーティスが放つ全力の斬撃を、涼し気な顔をしたまま受け流している。

 

「くっ……オォォォォッ!!」


 ノーティスが咆哮を上げ剣を大きく振りかぶると、アルカナートは素早く蹴りを繰り出した。

 ドカッ! と、いう音と共に、ノーティスの腹に強烈な衝撃が走る。


「ぐはっ!!」


 その衝撃でドサッ!! と、吹き飛んだノーティスを、アルカナートは据えた眼差しで見下ろした。


「だからいつも言ってんだろ。剣の勝負だからって、他がこねぇとは限らねぇんだぜ」

「ううっ、し、師匠……すいません」

「まっ、学者志望だったんだから仕方ねぇ。けどよ、剣術も同じだ。あらゆる可能性を想定して挑んでこい」

「……はいっ! 師匠っ!」


 また、剣術の修行の後は座学の時間だ。

 クタクタになった後、体は休まるが頭はフル回転だ。

 

「違うノーティス。この魔法陣に必要な公式は、それだけじゃじゃねぇ。虚数を含めろ」

「あっ、そうだった」

「てかお前、さっき今一瞬寝てたろ」

「あっ、いや……すいません師匠。つい……」

「ったく……まぁいい。次から居眠りした瞬間に、悪夢見せる魔法かけといてやる」

「ええっ?! そ、そんな……」


 それだけではなく、他にも修行は過酷を極めた。


「どうですか師匠っ!」


 剣で岩を一瞬で六つに斬り裂き嬉しそうな顔で振り向いたノーティス。

 それを、アルカナートはフンッ……と、いった感じで見つめている。


「まっ、そんなもんか。けど、まだまだだ」

「えっ?」


 なんで? と、いう顔を浮かべた瞬間、アルカナートは隣の岩を一瞬でバラバラに斬り裂いた。

 その目にも止まらぬ剣筋と破壊力に、ノーティスは目を見開いている。

 けれど、アルカナートはそこで終わらない。


「俺でも魔力クリスタルを使わなければ、こんなもんだ」

「いやいや、こんなもんて……」

「けど、魔力クリスタルを使えばこうなる」


 そこから魔力クリスタルを輝かせ斬撃を繰り出すと、ノーティスの目の前で岩は砂になった。

 アルカナートの放った高速剣によって。


「これが『白輝びゃっき』の魔力クリスタルの力だ……って、呆けてんじゃねぇよ。ノーティス、お前にもこの力があんだからよ」


 アルカナートは、ニッと不敵な笑みを浮かべた。


「いいかノーティス、魔力クリスタルを輝かせるのは想いの力だ」

「想いの力……」

「そうだ。その想いが強ければ強いほど、魔力クリスタルは強く輝く」


 アルカナートは涼し気な顔でジッと見つめると、サッと背を向け背中のマントを靡かせた。


「まっ、とりあえず今はそれだけ覚えておけ」

「はいっ!」

「今日はさっさと寝ろ。明日はドラゴンの討伐だ」

「はい、は、はいっ?! ドラゴンですか?!」

「フンッ、安心しろ。その分明日は鎧着用の50キロの朝ランニング、30キロにまけてやる」

「えっ、本当ですか?! やったぁ! 師匠、ありがとうございますっ!」


 過酷すぎる修行で感覚がバグっているノーティスを連れ、アルカナートはその場を後にした。

 そして、歩きながらチラッと夜空を見つめ、昔のとある出来事に想いを馳せる。


───テメェが歩めなかった道、ノーティスこいつにはちゃんと歩ませてやる……必ずな!


 その想いに応えるかのように、夜空の星々はキラキラと煌めいていた。


◆◆◆


 そして、そこから時は流れ怒涛の勢いで動き出す。

 逃亡犯だったノーティスが最強勇者になってゆく、激闘と感動に彩られた最高の物語が……!

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