ep:3 ノーティスの決意とクロエの心
「うっ……! こ、これは……!」
教会に駆け付けたノーティスの瞳に、あまりにも凄惨な光景が映った。
石造りの建物がいくつも破壊され、いたる所で燃え上がる炎とそれに混じって粉塵いる。
また、体を無惨にも引き裂かれたり潰され、血みどろになっているいくつもの死体があったのだ。
なんとか生き残ってる人達も重傷を負っている。
「ひどいっ……!」
そして何より、その地獄のような光景の中で地の底から湧き上がるような声を上げ、破壊の限りを尽くしている巨大なフェクターの姿。
それが嫌でもノーティスの瞳に映る。
「あれがフェクター……!!」
まるで、古代神話に出てくるミノタウロスを十倍程大きくした化け物だ。
斧は持っていないが、異常に発達した筋肉と鋭い爪と牙を備えている。
また、瞳はまるで血で染まっているように真っ赤な上に、フシュゥ……!! と、口の両脇から漏らす吐息は高温の蒸気のようだ。
その姿を一瞬恐怖と共に見いってしまったが、ノーティスはハッと気付き周りをササッと見渡してゆく。
───どこだ? あの子はどこにいる?!
ノーティスは気が気ではなく、顔を強張らせながら走り始めた。
フェクターの事はもちろん恐ろしいが、それよりも遥かに恐ろしいのだ。
この死体の中に、あの少女の姿があるかもしれない事が。
───違う……あれも違う。あれは……違うっ……!
地獄のような中を駆けながら、ノーティスは少女を探していた。
死体の中に少女がいない事に安堵はするものの、悲惨な光景が胸をギュッと締め付ける。
───くっ、みんな辛かったろうな……! ただ、この中にあの子はいなかった。無事に逃げれたんだろうか。だとしたらいいんだけど……!
火の粉と粉塵が舞い散り、いたる所で燃え盛る炎の熱がノーティスの体をチリチリと焦がす。
その中を必死に駆け回っていると、ノーティスはハッと立ち止まった。
鎧を身に纏った街の衛兵達が、フェクターと勇ましく戦っていたからだ。
けれど、彼らの旗色は良くない。
「くっそ! 剣も矢も通らねぇっ!」
「唯一止めれるとしたら、あの暴走した魔力クリスタルを破壊するしかないけど、あれをピンポイントで破壊するのは無理だっ……!」
衛兵の男二人が悔しそうにフェクターを見上げていると、赤髪の女剣士が二人の前にサッと躍り出た。
「アナタ達は下がってて! 私がやるわ……!」
「隊長っ!」
「クロエ隊長っ! でもアイツは、俺達の力では……!」
悔しそうに歯を食いしばりる二人を背に、クロエは額の魔力クリスタルをキラキラと紅く輝かせてゆく。
「二人とも……出来るかどうかじゃないわ。私達はこの街の平和を守る為に、戦わなきゃいけないの! 紅く輝け私のクリスタルよ!!」
クリスタルからの魔力を込めた剣を紅く輝かせ、クロエはフェクターにザッと素早く跳びかかった。
───狙うは足元! 倒した後に魔力クリスタルを破壊する!
クロエは剣を横薙ぎに素早く振り抜きフェクターの足を斬りつけたが、フェクターの体は固く薄皮を斬るだけしか出来ない。
「くっ、なんて固さなの! 元人間とは思えないわ……!」
それでも果敢に戦ってゆくクロエに、フェクターが振り下ろしてきた剛腕が迫る。
クロエはそれを何とかギリギリ躱したが、ズドオオオオンッ!! と、いう衝撃波により大きく吹き飛ばされてしまった。
「きゃぁぁぁっ!」
「隊長っ!」
「クロエ隊長っ!」
吹き飛ばされた体を男二人がガシッと支えると、クロエは顔をしかめてジャキッと剣を構え直した。
「ハアッ……ハアッ……ま、負ける訳にはいかないのっ……!」
クロエの闘志は決して衰えていない。
だが、力の差は明白だ。
魔力クリスタルの力を使っても、このフェクターには勝てそうもない。
「グガアアアアアアアアッ!!!」
フェクターの恐ろしい咆哮が街中にこだまし、それを後から間近で見ていたノーティスの心にも、恐怖と怒りがビリビリと走る。
───くそっ!
ノーティスが顔をしかめフェクターを睨み上げる中、衛兵の男二人はクロエを前後から力一杯掴んで止めていた。
「隊長、もう無理です!」
「そうです! もうこうなったら『王宮魔導士』の方々に頼むしかありません!」
彼らの意見は最もだ。
この国最強の存在であるSランク冒険者の中でも、最強かつ至高の存在である王宮魔導士。
彼らなら、このフェクターにも勝てる可能性は充分にある。
けれどクロエは頷かない。
「ダメよ! 彼らは、魔力クリスタルを拒否し悪魔アーロスの手先となって私達の国を攻めてくる『トゥーラ・レヴォルト』と戦うのがその使命! 街の平和は私達が守るしかないのっ!」
クロエが今言った通り、王宮魔導士はその為の存在であり、絶大な力と権力を持つものの市政の事には関わらないのが原則だ。
けれど、衛兵二人はクロエを死なせたくないのでガシッと掴んだまま離さずにいる。
「でも無理なんです! 俺達の力じゃ!」
「そうですよクロエ隊長っ!」
ただそんな中、ノーティスはクロエ達の後ろでハッと大きく目を見開いた。
晴れてゆく粉塵の中にハッキリと見えたのだ。
フェクターの近くでしゃがみこんで泣いている、あの少女の姿が。
「お母さん起きてっ! お願い起きてっ!! ここにいたら殺されちゃうよ!!!」
少女は倒れている母親の体を必死で揺さぶり声をかけているが、母親は動かない。
頭からかなりの出血をしていて、相当な重傷だ。
それに気付いたのはノーティスだけではなく、クロエ達も同じだった。
「いけないっ、あのままでは……!」
クロエは助けに行こうとしたが、衛兵二人に身体を掴まれ動けない。
「ダメです隊長っ! 今いけばアナタが殺られてしまいます!」
「お願いですからここは一旦撤退を!」
「イヤよ! 離してっ!!」
衛兵二人を振りほどき、クロエはその少女に駆け寄ろうとした。
フェクターはズシンッ……! ズシンッ……! と、足音を立てて迫ってきており、このままだとあの少女と母親は確実に助からないからだ。
けれどクロエは、うっ! と、お腹を押さえその場に
───しまった。さっきの衝撃であばらが……!
痛みと悔しさに顔をしかめながら、クロエは少女に迫りくるフェクターを見上げている。
───こ、このままじゃ……!
クロエの心の中に怒りと悔しさ、そして恐怖が渦巻いてゆく。
しかしその時、クロエの瞳に映った。
両手を広げフェクターの前に立ち
───あの子は……!
ノーティスはこれまでのクロエの戦いを見て、自分じゃフェクターに勝てないのは百も承知だった。
けれど、教会に駆け付けた時と同様に体が先に動いていたのだ。
「フェクター! やめるんだっ!!」
一撃どころか指先一つで消される戦力差があるにも関わらず、ノーティスは全身に力を
「この人達に危害を加えるのは許さないっ!!」
勇ましくそう言い放ったノーティスを、フェクターは口の両脇から熱い吐息を漏らし、真っ赤な瞳でギロリと見下ろした。
けれどノーティスは怯まない。
「フェクター、キミの気持は少し……分かるんだ! フェクターって、激しい感情が魔力クリスタルの回路を暴走させてなっちゃうんだろ。きっと、凄く辛い事があったんだよな……キミだって、きっとなりたくてなった訳じゃないハズなのに……」
もちろん、フェクターに言葉が通じるとは思えない。
けれど、それまで暴れまくっていたフェクターは、恐ろしい顔をしたままではあるものの、ノーティスに攻撃を加えずジッと見下ろしている。
「俺もキミと同じなんだよ。俺は無色の魔力クリスタルのせいで、クラスメイトのみんなからも迫害されて、親兄弟にも捨てられた……今は、もう浄化対象として追われる身だよ……けど、けどさ! ちゃんと分かってくれる人もいるんだよ! 一生懸命生きていれば、必ず……!!」
そう言い放ったノーティスを目の当たりにした衛兵二人は、ハッとした顔を浮かべた。
「ク、クロエ隊長! あの子は今我々が追っている、無色の魔力クリスタルを持つ呪われた子です!」
「そうですよ、捕まえなきゃ! ある意味フェクターよりも危険ですっ! 早く浄化しないと!!」
その瞬間クロエはバッと振り返り、二人の衛兵を強く睨みつけた。
その綺麗な瞳は怒りの炎で燃えている。
「ふざけないでっ!! アナタ達は……何を言ってるの!!」
「た、隊長っ……!」
「だってあれは無色の、殺して浄化するべき対象でしょう……!」
うろたえている二人をキツく見据えたまま、クロエは片手で脇腹を押さえながらググッと立ち上がった。
「浄化しなきゃいけないのは、アナタ達二人の心の方よっ!」
クロエは凛とした瞳に怒りを宿し、二人の衛兵をキツく見据えている。
「あの子が今何をしてるの。呪いに感染して悪魔になってるの? それとも、私達でも勝てない相手に立ち向かってるの? どっちなのか答えなさいっ!!」
「うっ、あっ……そ、それは……」
「そ、その通りです……」
二人の衛兵がうろたえうつむくと、クロエはノーティスの方にバッと振り返った。
「キミっ、早く離れて! 態勢を立て直して、私達が必ず討伐するから!」
「……ダメですっ!」
「なんで?! フェクターを説得なんて無理だから! このままじゃアナタも死んじゃうわよっ!!」
クロエは必死に呼びかけるが、ノーティスはフェクターを見据えたまま動かない。
「この子は俺に……無色の魔力クリスタルの俺に、人の温かさを教えてくれたんです! だから命に代えても俺はこの子を守ります! 俺が殺されたら……その隙にこの二人を助けてあげてください!!」
「キ、キミは……!」
クロエの瞳にジワッと涙が浮かんだ。
ノーティスから溢れ出す決死の想いが、心に突き刺さるほど伝わってきたから。
───この子を……この子を死なせたくないっ……!!
クロエは涙を浮かべてノーティスを見つめている。
だが、フェクターはその想いを消し飛ばすかのように、グガアアアアアアアッ!! と、いう咆哮を上げ、ノーティスに向かい剛腕を振り上げた。
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