◆呪宝戦記◇ 無魔力クリスタルからの成り上がり。少女を救った少年は最強の力を手に入れる！ ざまぁだけじゃ終わらせない

ep:2 少女のハンカチと駆けるノーティス

「お、お母さん……！」

　ノーティスから離れバッと後ろを振り向くと、少女の瞳に映った。

　少女とノーティスを睨みつけてる母親の姿が。

　彼女は路地裏にズカズカ入ってくると、少女の手をグイッと強く引っ張った。

「何してるの！　街で騒が起こってるから心配して迎えに来たのに、男の子と抱き合ってるなんて。ああもうっ、みっともない！」

　少女の母親は顔を真っ赤にして怒っている。

　服装からして、中の上の家庭だろう。

　厳格な雰囲気が全身から溢れている。

　そんな母親に腕を引っ張られながら、少女は不安で胸がいっぱいだった。

───お願い、気付かないで……！

　少女が気にしていたのは、ノーティスが無色の魔力クリスタルである事だった。

　自分が母親に怒られるのはいい。

　けれど、もし母親にノーティスが無色の魔力クリスタルだとバレたらタダではすまないから。

　しかしその願いも虚しく、母親はノーティスの額を見てハッと目を見開いた。

「アナタ無色の！　もしかして、今街で騒ぎになってるあの……！！」

　少女の母親は目を見開いたまま、穢れた物を見るような眼差しでブルブルと体を震わせている。

　そして、サッと通りへ振り返り大きく息を吸った。

　ここに『浄化』すべき者がいる事を皆に伝える為に。

「みなさー……」

　そこまで言いかけた時、少女は母親に後からガバッと抱きついた。

「お母さん！　ダメっ！！」

「えっ？！」

　ビックリして振り向く母親に、少女は目をギュッと閉じて抱きついている。

「お願いだからみんなに言わないでっ！」

「な、何を言ってるの？！」

「この人は何も悪くないのっ！　優しい人なんだよ！　だから……」

　少女は涙をボロボロ零しながら母親を見つめた。

　どうしても、ノーティスを捕まえてほしくなかったから。

「それにこの人、親にも捨てられて国から出ていくつもりなの！　それなのに捕まえるなんて……あんまりだよっ！」

　涙ながらに訴えると、母親はスッ振り向き少女を見下ろした。

「ダメよ。魔力クリスタルの輝きが薄い人は、感染しやすいから色々制限されるのは知ってるでしょ」

「分かってるよ……」

「じゃあ、分かるわよね。無色の魔力クリスタルなんて、罪なの。ああなった以上、生きてちゃいけないのっ！」

「ううっ……」

　少女は涙するが、母親の話は終わらない。

「そんな常（・）識（・）が分からない子に育ったなんて、アナタにも罰が必要なようね！」

　母親は少女に向かいバッと腕を振り上げたが、その時だった。

「ごめんなさいっ！！」

　ノーティスの大きな声が響き、母親は振り上げた腕をピタッと止めた。

　そして、不可解なものを見つめるような眼差しでノーティスを見つめている。

「な、なんなの……」

　少女の母親は分からなかった。

　直接言った訳では無いが、さっきの会話はノーティスに聞こえてたハズだから。

　そんな話をした自分に対し、怒ったり悲しむ事はあっても、なぜ謝ってくるのか理解が出来ない。

　けれど、その母親に向かいノーティスは頭を下げたままだ。

「アナタの言う通りです。俺が、俺が無色の魔力クリスタルなんかだから……」

　ノーティスは涙に言葉を詰まらせながらも、話を続ける。

「その子は何も悪くないんです。俺が無理やりここで話をしたんです！　だから、その子を叱らないで下さいっ。お願いします！！」

「ア、アナタ……」

　母親が目を見開き見つめる中、少女は抱きついていた腕をバッと振りほどきノーティスに駆け寄った。

「なんで、なんでそんな事言うのっ！」

「いいんだ……キミは悪くない。悪いのは俺なんだ」

「違うっ！　キミは何も悪くないよ！　お願いだから、顔を上げてっ！」

　少女はノーティスの両肩を掴み、涙を流しながら必死に揺さぶっている。

　けれど、ノーティスは顔を上げない。

「頼むからもう行ってくれ。俺に、関わるな……！」

「嫌だよっ！　ううっ……こんなの、こんなのあんまりだよ……」

　涙を流す姿をジッと見つめていた母親は、少女キッ！　と、睨みつけた。

「いい加減にしなさいっ！　そんな穢らわしい子からさっさと離れて！　もう呪いにかかってるかもしれないのよ！！」

　母親の怒声が薄暗い路地裏に響き渡った瞬間、少女はバッと振り向き思いっきり顔をしかめた。

「うるさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ！！！！！」　

　その叫びにビクッとした母親に、少女は洪水のように言葉を浴びせてゆく。

「無色の魔力クリスタルだからなんなの！！　この人何も悪い事してないのに……それにこの人、お母さんに謝ってるじゃない！！！」

「ア、アナタ……」

「お母さんは何を見てるの？！　大事なのは魔力クリスタルなんかじゃないっ！！　心でしょ！！！」

　少女が怒涛の言葉を言い放ちハァッ……ハァッ……と、息を切らす中、ノーティスはスッと顔を上げた。

　瞳からツーっと、涙を流しながら。

「キ、キミは……ううっ……くっ……」

　ノーティスは泣くのを我慢したかったが、止まらない。

　無色の魔力クリスタルだと判明してから皆に迫害され、こんな温かさには二度と触れる事が無いと思っていたから。

　そんなノーティスに少女は優しく微笑んだ。

「やっと、顔を上げてくれたね。ボク、キミが顔を上げてくれないから、お母さんにあんな事言っちゃったよ」

「すまない……」

「ううん、いいの」

　少女は優しく笑みを浮かべたまま、ノーティスにそっとハンカチを差し出した。

　可愛い柄の入っている白いハンカチを。

「はい、これで涙拭いて」

「これは……」

「ボクのお気に入りのハンカチ。キミにあげるよ」

「えっ？」

　ハッと驚いた顔をしたノーティスに、少女はハンカチを渡すと手をギュッと握った。

　見つめる瞳に、愛の満ちた優しい光が揺れる。

「覚えておいてほしいの。キミがどこにいようと、味方もちゃんといるんだって事を」

　少女は凛と微笑むと、クルッと背を向け母親の下へ行き、ペコリと頭を下げた。

「お母さん、酷い事言ってごめんなさい。でもボク、お母さんの言いつけは守ったよ」

「えっ？」

「いつも、人には優しくしなさいって言ってるでしょ。あの男の子も人だよね。違う？」

　少女は母親の瞳を真っ直ぐ見つめている。

　一点の曇もない瞳の光に当てられた母親は、フウッ……！　っと、ため息を吐いた。

「……分かったわよ。私は何も見なかった」

「お母さんっ！」

「その代わり、教会に行くわよ。ア（・）ナ（・）タ（・）達（・）の幸せをお祈りする為に」

「うんっ♪」

　涙の乾いた跡を残した顔で満面の笑みを浮かべると、少女は母親と一緒にその場を後にした。

　ノーティスは少女のくれたハンカチで涙を拭くと、そっと大切にポケットへ閉まった。

　そして、スッと瞳を閉じ、さっき言いそびれてしまった言葉を心の中へ染み渡らせてゆく。

───ありがとう。

　もう、誰にも言う事も言われる事も無いと思っていたその言葉を胸に、ノーティスは誓う。

───俺は必ず逃げ延びて、人を幸せにしてみせる！　この先、どんなに辛い人生が待っていても……！

　ノーティスは心に誓いを打ち立てると、再び逃走を始めた。

　この誓いを現実の物にする為に。

　そして、そこから兵士達の追跡をくぐり抜け、国の出口まで近づいていった。

───これなら何とか……

　ノーティスは、さらに警戒を強めながら進んでゆくが、その時だった。

　ドオンッッッ！！！　と、いう大きな爆発音が耳に届いたのだ。

　思わずその方向へ振り向き路地裏から煙を眺めていると、街中でザワつく声が耳に入ってきた。

「おい、ヤベェぞ！　『フェクター』が現れたって！」

「マジかよ！」

「ったく、冗談じゃねぇぜ！」

　フェクターとは魔力クリスタルの暴走により、人が怪物になってしまう現象の事だ。

　ランク上の冒険者達やこの国最強の『王宮魔道士』達ならそんな事は起こらない。

　ただ、一般市民は魔力の暴走による耐性が低い為、たまに起こってしまう事がある。

　けれど、魔力クリスタルの定期検査を行っていれば滅多に起こらない現状だ。

「そいつゼッテー定期検査サボりやがったんだろ！」

「それか、よっぽど何かあったのか……」

「どちらにしろヤベェよ！」

　市民達は騒いでいるが、ノーティスにはある意味都合が良かった。

───その人には申し訳ないけど、今ならそっちに行く分、俺への追跡は手薄になるハズ……

　そう思ったノーティスは出口の方へ向かおうとしたが、街の人達の話が聞こえてくると、思わずピタッと足を止めてしまった。

「だから、教会だよ教会！」

「マジで？　あそこ人いっぱいいんだろ」

「今日はミサもあるしな」

　ノーティスはそれを耳にした瞬間思い出したのだ。

　さっき、あの少女が母親と一緒に教会へ行くと言っていた事を。

───まさかっ！

　もちろん、ここから教会までは逆方向。

　何より、そんな所へ行ったら兵士達に捕まる危険性が高いのはもちろん、フェクターに殺されてしまう可能性だって充分にある。

　けれど、ノーティスはそんな事を考えるよりも全速力で教会に向かって駆け出していた。

───絶対死なせない！　命に代えても守る！　俺に、人の温かさを教えてくれたキミを……！！