◆呪宝戦記◇ 無魔力クリスタルからの成り上がり。少女を救った少年は最強の力を手に入れる! ざまぁだけじゃ終わらせない

ジュン・ガリアーノ

cys-1 逃亡からの覚醒

ep:1 無色の魔力クリスタル

「逃がすなーーーーーーーーーっ!!」

「必ず捕らえて処分しろ!!」

「奴を……呪われた無魔力の者を『浄化』して、この国を守る為に!!」


 ここは異世界。

 雨降る中世ヨーロッパ風の街中に、兵士達の怒号が響き渡る。

 その中を、この物語の主人公である少年『エデン・ノーティス』は全力で疾走していた。

 雨と汗で全身ズブ濡れだ。


「くっ……!」


 けれどノーティスは止まらない。

 兵士達が自分を捕縛しようとしてくるからだ。

 ノーティスが雨の中を全速力で駆ける足音と、兵士達が鎧を揺らしながら走る金属音。

 それが、街の喧騒と絡み合いながら響く。

 また、兵士達が鎧の内側から放っている殺気は凄まじい。

 そんな彼らから逃げる為に、ノーティスは息を切らしながら全力で走り続けている。


「ハァッ……ハァッ……! 早く逃げなきゃ……この国から……!」


 その姿を、街の人達は傘を差したままいぶかしむ顔で見つめていた。

 雨とはいえ日中なのでそれなりに人も多い。

 街には色んな人達で溢れている。

 その中をノーティスは、かいくぐるように疾走していた。


「ごめんなさいっ!」


 人にぶつかりそうになりながらも、ノーティスは大通りを全力で逃げ続ける。

 しかし、このままでは捕まるのは時間の問題。

 兵士達はもう近くまで迫ってきているからだ。


───どうすればいい……!


 焦りと恐怖がノーティスの顔を覆う。

 けれど、ノーティスはそれを振り切るかのように、人通りの少ない方へひたすら走ってゆく。

 すると交差点に差し掛かった。


───どっちに行く……!


 まさに運命の分かれ道だ。

 だが、今のノーティスにじっくり考えている暇はない。

 ほんの僅かでも気を抜いてしまったら、兵士達に追いつかれてしまう。

 そうなればもう終わりだ。

 なので、ノーティスはギリッと歯を食いしばり角を曲がる。


「くそっ!」


 ノーティスは左の道へダッと駆け出した。

 今はとにかく止まっていられない。

 捕縛されたら死刑が待っている。

 だから、進むしかないのだ。

 しかしノーティスは、出会い頭にドンッと人にぶつかってしまった。


「うっ!」「うわっ!」


 ノーティスと相手は同時に声を上げて、思いっきりよろけてしまった。

 けれど、いきなり角を曲がったノーティスの方が悪い。


「ごめんっ!」


 申し訳ない気持ちで、ノーティスは相手に向かいサッと身を乗り出した。

 いくら急いでいたとしても、ぶつかったのは自分だ。

 怒鳴られたとしても仕方ないだろう。

 けれど、相手はノーティスを怒鳴りつけたりはしない。

 痛そうに顔をしかめながらも、落とした黄色い傘を拾うと軽く微笑んだ。


「へーきだよ。ボクの方こそごめんね」


 自分の事をボクというその相手は、ノーティスと同じぐらいの少女だった。

 ショートカットでボーイッシュな格好をしているが、目がクリッとした凄く可愛い女の子だ。

 それに、性格の良さも伺える。

 ぶつかってきたのはノーティスなのに、少女から謝ってくれたからだ。

 そんな相手だからこそ、ノーティスはより申し訳ない気持ちになってしまった。


「いや、俺の方こそ本当にごめん!」


 ノーティスは、少女の優しい心を感じて心からすまないと思っている。

 けれど、兵士達に追われている事を思い出してハッとした。

 再び顔が一気に青ざめてしまう。


「ごめんっ! でも俺行かなきゃ……!」

「どうしたの?」


 少女は心配そうにノーティスの事を見つめている。

 この少女は本当に優しい子なのだろう。

 迷惑もかけてしまったし、ノーティスも出来るならこの少女に事情を話したい。

 しかしノーティスは躊躇ためってしまい、両拳をギュッと握りしめた。

 今は時間も無く、逃げている内容があまりにも重いからだ。


「くっ、俺は……」


 ノーティスは悔しそうに顔を軽く伏せる。

 だがその時、兵士達が殺気立てて駆けてくる足音が聞こえてきた。

 もう間近に迫ってきている。

 これ以上、立ち止まってはいられない。


「まずい! このままじゃ……!」


 ノーティスの顔が悲壮な焦りの色に覆われてゆく。

 それをジッと見つめていた少女は、ノーティスを両手でサッと路地裏ヘ押しやった。


「ここに隠れてて!」

「えっ?」

「いいから早くっ!」


 その言葉に押され、ノーティスは路地裏にサッと隠れた。

 少女がなぜ自分を庇うような事をしてくれたのか、ノーティスには分からない。

 この少女とは、今しがた出会ったばかりだからだ。

 でも、今はそうするしかなかった。

 それになぜか、この少女の言葉には素直に従ってみようという気持ちになったのだ。


───でもこの子、一体どうするつもりなんだ……


 ノーティスはそこまで思い、ハッとした。


───いやダメだ。もし俺を匿った事がバレたら、あの子まで罰を喰らってしまう。そんな事はさせられない!


 ノーティスは慌てて、路地裏からサッと出ようとした。

 自分を助けてくれるような心優しい子を、危険な目に合わせたくないからだ。

 けれどそんなノーティスに向かい、少女は軽くウィンクしてシーのポーズを取った。

 少女はそのポーズと瞳でノーティスに告げてくる。 


 (いいからそこにいて♪)


 そのメッセージをノーティスが受け取った瞬間、兵士達が角をザッと曲がってやってきた。

 兵士達はノーティスを見つけ出そうと、険しい顔で周りを見渡している。


「チッ! どこに行きやがった……でも、まだ奴は遠くには行っていないハズだ」

「あぁ、必ず捕まえてやる」

「その通りだ。奴は……呪われた『無色の魔力クリスタル』なんだからな!」


 兵士達は全身から殺気を立ち昇らせている。

 何がなんでもノーティスを捕まえるつもりだ。

 そんな兵士達の近くで、少女は突然サッとしゃがんで泣き出した。

 通りに少女の泣き声が雨に混じりながら響く。


「え〜〜〜〜ん、痛いよぉ〜〜〜!」

「ん、どうした?」


 兵士達は、軽く謎めいた顔を浮かべて少女に近づき見下ろしてきた。

 その兵士達の前で、少女は泣き真似をしながら顔を伏せている。


「う~~~いきなり男の子がぶつかってきて、向こうに走っていったの……」

「な、なんだと?!」

「ううっ……痛いよぉ……」


 少女が嘘の泣き声を漏らすと、兵士達は顔を見合わせコクンと頷いた。

 そして少女の指し示した方に、鎧の揺れる音を立てながら駆けていく。

 その姿を見届けると、少女はスッと立ち上がり路地裏へ入っていった。


「もう行ったから大丈夫だよ♪」


 少女はノーティスを見つめて、ニコッと微笑んだ。

 けれどノーティスは、謎めいた顔を浮かべている。


「なんで見ず知らずの俺なんかを……」


 確かにノーティスからすれば、そう思っても仕方ないだろう。

 こんな時なら特にそうだ。

 ノーティスはここに来るまで、本当に悲惨な目に合っていた。

 それは、人を信用出来なくなるのに充分な出来事だったのだ。


 けれど、当然だが少女はそんな事情を知る由もない。

 軽くキョトンとしながらノーティスを見つめている。


「う〜〜ん……なんか凄く必死な感じがするし、それに、キミいい人そうだから♪」

「お、俺が?」

「うんっ♪ だって必死で逃げてるのに、ボクにちゃんと謝ってくれたしさ」


 少女はノーティスを軽く見上げながら、ニコッと微笑んだ。

 その笑みが、逃亡で荒んだノーティスの心を温かく癒してゆく。


「ありがとう。でも俺は、いい奴なんかじゃないんだ! 俺は……」


 ノーティスは雨と汗で乱れた前髪を、片手でそっと掻き上げた。

 その表情は、まるで見せたくない古傷を見せるかのようだ。

 そして、その額にあったのは古傷よりも遥かに忌まわしい物だった。


「『無色の魔力クリスタル』なんだ……!」


 額にあるそれを見た少女は、あまりの驚きに目を大きく見開いてしまった。

 こんな物は今までに見た事が無かったからだ。


「そ、そんな……」

「あぁ……ごめんな驚かす事になっちゃって。こんなの見た事ないよな……」


 ノーティスはそう零すと、額から手を離して哀しく斜め下にうつむいた。

 この少女から気味悪がられているのを、充分に分かっていたからだ。

 『無色の魔力クリスタル』という物を額につけてる自分は、存在自体が罪。

 現に心優しい少女でさえも、あまりの事に目を見開いたままだ。

 

「う、うん……ごめん。でも、無色の魔力クリスタルならキミは……」


 なぜ無色のクリスタルだとここまでマズいのか。 

 全てはこの国の『魔力利用』に起因する。


 この国では十三歳なった際、みんな額に魔力クリスタルを埋め込む。

 その結果、魔力を利用出来るようになるのだ。

 もちろん魔力クリスタルの色と輝きの強さに個性はあり、みんなそれぞれ違う。

 だが、それぞれ色は違っても輝いている限り魔力はある。

 けれど、ノーティスの魔力クリスタルは無色。

 個性云々の話ではない。

 無色という事は、全く何の魔力も無いという事なのだ。


「だから、俺は何も出来やしない……」


 学校のみんなと一緒に行う『クリスタルサフォス』という、魔力クリスタル装着の儀式。

 そこでノーティスの魔力クリスタルだけ、何の輝きも示さなかったのだ。


「それに……」


 この国の民が魔力クリスタルを埋め込んでるのには、もう一つ大きな理由がある。

 それは『感染防止』の役割だ。


 かつてこの地にアーロスという悪魔が降臨し、人々に呪をかけた。

 それは、あらゆる負の感情が一気に増大して悪魔となってしまう呪いだ。

 しかも、その呪いは人へ感染してゆく。

 まさに悪魔らしい呪いと言えるだろう。

 魔力クリスタルは、その呪いからの感染を防ぐ役割も果たしている。

 

「キミも知っての通り、悪魔アーロス自体は伝説の『五英傑』が100年前に一旦退けた」

「うん。この国の人間なら誰も知ってるもんね。でも……」

「ああ、そうさ。アーロスは手下となる国を造り、この国を未だに攻めてきている。だから、無色の魔力クリスタルの俺はいずれ呪いに感染して……」


 その先の言葉を、ノーティスは自分からは言えなかった。

 自分からその先を言うのは、自身に処刑宣告をするのと同じだからだ。


「お、俺は……」


 ノーティスは成績も良く、本当は学者になり人々の役に立ちたかった。

 けれど、こうなってしまった以上それは不可能。

 学者になるどころか、生きている事すら許されない。

 『浄化対象』に……すなわち、殺される対象になってしまったからだ。


「くそっ……! だからこそ俺は……」


 ノーティスの瞳に宿る光は、決してまだ消えていない。

 力強くキラリと光っている。


「この国を出る! 元々やりたかった研究をして、魔力の弱い人達も幸せに暮らしていける発明をするんだ!」


 そう言い放ったノーティスを、少女は哀しく見つめている。

 ノーティスが本気でそう思っているのがヒシヒシと伝わってくると同時に、それがどれだけ困難な事かを分かっているからだ。

 また同時に心を打たれている。


───自分がこんな大変なのに、人の事を幸せにしようとするなんて……どうしてこんな人が無色のクリスタルなんかに……!


 ちなみに、少女はまだ魔力クリスタルは装着していない。

 なので、ノーティスより少し年下だ。


「ううっ…気持ちは分かるよ……でも、キミのお父さんやお母さんはどうするの?」

「追い出された……」

「えっ?」

「こんな呪われた子、いらないって言われて……」

「そ、そんなっ……!」


 少女の瞳にジワッと涙が浮かぶ。

 心優しい少女は、ノーティスの辛さが心にギュッとみてきたのだ。


───この人もまだ子供なのに、親に捨てられるなんて……!


 実際、ノーティスはここまで地獄だった。

 無色の魔力クリスタルと判明した瞬間から、それは始まったのだ。


 仲の良かったクラスメイト達からも気味悪がられ、穢れたものを見るような眼差しを向けられた。

 そして、今は浄化対象として兵士達から追われている。

 また、それだけではない。

 両親は手の平を返したように呪詛のような暴言を吐きつけて、ノーティスを家から追い出したのだ。

 しかもその際に、ノーティスは弟のディラードからも蔑まれている。

 今やもう、ノーティスの味方は誰もいない。


「だからごめん。キミの気持ちは凄く嬉しかったけど、もう離れよう」

「えっ、なんで? ボクは別にキミの事……」


 この少女はノーティスを魔力クリスタルで差別しなかった。

 確かに最初は、無色の魔力クリスタルに驚いてしまったのはある。

 それは、この国に住む人間ならば当たり前の事だ。

 けれど今この少女は、魔力クリスタルではなくノーティス自身を見つめている。

 また逆にノーティスもそれを感じていた。

 でもだからこそ、この少女を危険な目に合わせたくないのだ。 


「誰かに見られたら、キミまで変な誤解を受けてしまうだろ。だから……」


 ノーティスはそれが本当に嫌だった。

 自分がこんな目に合ってるのはもちろん辛い。

 けれど、この少女を危険に晒すのはもっと嫌なのだ。


───迷惑をかける訳にはいかない。こんな俺を、心から心配してくれたキミに……!


 その想いを受けた少女は、ノーティスに思わずバッと抱きついた。

 可愛い瞳には涙をにじませている。


「ううっ! そんな事ないよ!」

「えっ?」

「こんな辛い目に合ってるのにボクを心配してくれるキミが……悪魔になんてなる訳ないもんっ!!」


 少女の華奢で柔らかい体から、ノーティスの心を溶かす愛と優しさが伝わってきた。

 その愛と優しさに、ノーティスの目頭が熱くなる。


「キ、キミは……ぐっ……ううっ……!」


 人からこんな温かい気持ちを貰えるなんて、もう二度と無いと思っていたからだ。

 しかし、その時二人に向かい怒声が飛んできた。


「何をしてるのっ!!」

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