第6話

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「って事があったなあ」

「仲嶋のやつ、部室で煙草吸ってんのがバレて停学だってよ、あいつのおかげで三高は甲子園の夢を絶たれたってよ、バカだよなあ」

 彰彦の話を聞いて、ガキ大将の名前が仲嶋だった事を思い出した。どうも僕は人の名前を覚えるのが苦手らしい。

「おれ、神田が教科書忘れてたの気付いてたんだよな。なんかソワソワしてるから、どうしたんだろうって見てたら、ありゃ教科書忘れたんだろうなあ、珍しいなあと思ってるうちに、おまえが机をくっつけはじめて自分の教科書を見せ始めたから、正直びびったんだよ。おまえ、普段は全然やる気がないくせに、たまにすげえ大胆なことやるよな。さっきの授業ボイコットもそうだけど」

 あれは、アイス2個一気食いが腹にこたえたんだから仕方ないだろ? せっかく、彰彦のために買ってやったのにいらねーって言うから。

「おれ、あの頃から神田のことが好きだったから、、、だから、おまえのあのときの行動見て、焦ってさ。あれから、すぐ後に神田に告白したんだよ」

 唐突な恋話展開に、どうリアクションをしていいかわからない僕は、ただ空を眺めていた。

「神田、なんて言ったと思う? ごめんなさい、あなたの気持ちには答えられません、だってよ! はは、わりと即答だったよ。あれには、さすがにショックだったなあ」

 こんな寂し気な彰彦の声を聞いたのは、はじめてかもしれなかった。

「その後、わたしには好きな人がいるからって言われてさ。自分の想いには、まったく気付いていないだろう。でも、それでいい。その後、神田はその好きなやつのことを、訥々[とつとつ]と語り始めたんだ」

「ふーん」

「そのひとは、弱いようで強い。そのひとは、人を差別しない、区別もしない、裏表もない。誰かのありのままを受け入れることができて、みずからもありのままであろうとしている。つらいことがあっても、逃げないで耐えることができる。でも、そのひとは不器用だから。だから、、、」

 そのひとが本当に、神田が思うような立派な人間かなんてわからないじゃないか。そう思いつつも、僕の身体の中を、胸を込み上げるようななにかが通り抜けていくのを感じていた。

「だから?」

「器用なあなたが友達になってあげてほしい。って、真顔で言ってのけたんだよ。おれも、さすがに一瞬意味がわからなくてさ。なんで、フラれた相手が好きな男の友達にならなきゃいけないんだよ。馬鹿にしてんのかと思って、神田のほうを見たら本当に懇願するような顔で、おれを見つめてきてさ。ああ、こいつはマジで言ってるんだと思ったよ」

「ふうん」

 どこか他人事のように、僕は呟いた。

「だからさ、おまえと友達になったのは、打算だったんだよ。神田の願いを聞いてやりゃあ、いつかあいつはおれの方を振り向いてくれんじゃないかと、そんな狡賢い思惑があったってわけ。でも、おまえ、神田が言ってたとおり、本当にいいやつでよ。周りのやつが、誰がすごい誰がだめだの、くだらないマウントの取り合いしてるなか、おまえは我関せずと、ひとりでも生きててよ。おれのように、周りの様子をうかがって生きてんのがなんか恥ずかしくなってきてな。そう思ったら、もう神田の事は関係なく、おまえと友達になろうと思ったんだ」

 僕はなにも考えてないだけだ。彰彦のように周りを見て動ける方が立派だよ。

「神田のやつ、最後に会ったのが夏休み前の学校の廊下だったんだけど、そういえば、おまえのことを「ありがとう、、これからも、よろしくね」とか言ってたんだよな。……なんで、なにも言わずに黙って転校してったんだよ! おれにも、おまえにも!」

 神田がなにを考えて、転校していったのか?

 それは僕にはわからない。

 他人が、何を考えているかなんて、本当のことなんか、わかりゃしないんだ。……でも、

「ちっくしょー!! 神田のばかやろー!!」

泣きながら空に向かって叫ぶ彰彦の姿を見て、僕は思った。

ーーでも、今僕の隣りにいる半ベソで鼻水を垂らしているやつが、いいやつで、そして僕の友達なのは確かなことだった。

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