第5話
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屋上。
僕は、タピオカパンを口にしながら、彰彦の様子をうかがっていた。わりいわりい、焼きそばパンは売り切れだってよ!と笑顔でタピオカパンを手渡してくる彰彦はすっかり通常営業に戻ったようだったが、それでもトイレの中で聞いた噂話の件がある。僕が、彰彦のようなさっぱりした性格だったら「神田のこと、好きだったんだって?」と軽いノリで聞けたのだろうか。彰彦は、焼きそばパンを美味そうに頬張りながら、どこか遠い目をしながら空を眺めていた。聞けない。これは僕からは聞けない。
話し掛けることもできないので、僕も彰彦がしているように空を眺めてみる。
雲ひとつもない、真っ青な空がどこまでもどこまでも広がっていた。今まで、意識して空なんか見たことなかったけど、なかなか、これは、うん。なんて言ったらいいのか、わからないけど。すごい。きれいだ。語彙力。ーーと、自身の文学センスの無さを悲観していたら彰彦が口をひらいた。
「これ、言おうか言うまいか、悩んでたんだけどな。やっぱ言うわ! 神田の事なんだけどな、神田、、、」
遂にこのときが来たか! 僕は、彰彦の勇気を称え、傷心の彼を精一杯励ましてやろうと誓うのだった。
「神田さ、あいつ、おまえの事が好きだったんだぜ?」
僕の脳内には、ネットでよく見かける猫が「????」の表情を浮かべている、あの画像が浮かんでいた。次に口内のタピオカパンを吐き出しながら叫んでいた。
「ぶ、ぶべぁっ!! なんですとーー!!」
「あーあ、その様子じゃあ、おまえ全く気付いてなかったんだな」
「え、僕は彰彦が、神田のことを、、、」
僕はすっかり混乱していた。
「はあ? ま、まあ、確かに昔は、あいつの事好きだったし、別に今でも、、、」
そう言いながら、ばつの悪そうな顔をする彰彦。
「なあ、おまえ、おれと仲良くなったときのこと覚えてるか?」
彰彦と仲良くなったときのこと? そういえば、気付いたらいつの間にか仲良くなってたけど、いつぐらいからだったっけ? 僕は思い出していた、、、
あれは中学一年の頃だったろうか。
どんくさくて、運動も勉強も苦手だった僕は、昔からいじめられることには慣れっこで、ストレスを溜め込みつつも、反撃することもせず、受け流していた。争ったり、憎しみ合うこと自体が、ばかばかしいと子供ながらに気付いていたんだ。
でも、自分に向けられる悪意を他人に向けられたとき、僕はそれを許せなかったんだ。
あの頃、神田和佳菜は、僕の隣の席に座っていた。ある日、彼女がなにかの授業の教科書を忘れてきた事があった。机の中を何度もガサガサと探し、次に鞄の中をゴソゴソと探す神田の姿を見て、僕はああ、これは教科書を忘れてきたんだなあと察した。自分と同じく、口数も少なくおとなしめな神田に勝手ながらシンパシーを感じていた僕は、数センチ間離れていた机と机の間を、ピッチリと密着させ、自分の教科書を互いの机の真ん中に置いて開いた。ほら、こうすれば大丈夫だよ! 僕は神田に向かって微笑んだ。彼女は、コクリと黙って頷いた。それから授業中は教科書の方を凝視して、僕のほうを見る事はなかった。
授業後、クラスのガキ大将的なやつが神田に絡み始めた。「おまえ、さっき、教科書忘れてきたんだろ? 仲良く席くっつけちゃって、アツいねー!この!この!」
神田は、顔を真っ赤にしながらうつむいていた。なんて言えばいいのかわからない、そんな様子で身体を震わせていた。僕は腹が立った。おまえなんか教科書忘れてきても、平然と授業受けてるじゃないかよ。むしろ、教科書持ってきてても、授業なんか真面目に受けてないじゃないか!
「違うよ! 教科書を忘れてきたのは僕だよ! 真面目な神田さんが教科書を忘れてくるはずなんて、ないじゃないか!」
ガキ大将に向かって、「なんだとー!」と歯向かうほどの漢気はない僕だったが、このくらいの機転を効かすことはできる。隣の神田をみると、(ええ、、、?)とでも言いたげな青ざめた表情をしていた。今はきみのことを庇ってあげてるんだから、そこはうまく察してほしい。「だよね?」と、同意を促すように僕は、言葉を重ねた。
「う、……うん」申し訳なさそうな顔で、神田は頷いた。
「んだよ、、紛らわしいことしやがって!」
「なんか揉めてるみたいだけど、なんかあったん?」
いつのまにか、僕と神田とガキ大将のトラブルに、クラスの人気者の奥永が乱入してきていた。
「お、奥永、、な、なんでもねえよ!」
奥永とやり合ったらクラスの女子大半を敵に回すことを知っているガキ大将は、あっさりと去っていった。
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