第4話

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 二限も半分を過ぎたところで、果てしなく続くかと思われていた便意との戦いを終えた僕は、スニーキングミッションよろしく廊下にへばりつき、教室内の様子を伺う。話が脱線する事で有名な社会科教師が今日も、あの政党は信用できない、あの政治家は偽物だ、などといつもの政治持論に熱中していた。この様子なら、こっそり忍び込んで、教師に気付かれないように自分の席に戻る事もできる。僕は、ミッション成功を確信し、暗殺者のごとく忍び足で、教室の後方ドアから潜入する。自席まで、あと少しというところで、教師の動きが止まる。

「侵入者あり!私は授業を妨害する者とは、断固闘う決意を辞さぬ者である!だがぁ、しかし!私は敵であろうとも、対話を試みる高潔な精神をけっして忘れはしない!侵入者である君よ!質問に回答したまえ!正解なら、私は日本海のような広い心を持って君を許すだろう!」

「は、はあ」

 あっさり見つかったと思ったら、変な流れになった。

「質問! 明治15年4月6日、岐阜の中教院での演説会中、暴漢に刺された板垣退助が放った言葉とは!?」

「板垣死すとも自由は死せず!」

「正解!君は自由だ!さあ、速やかに席に戻りたまえ、私は何も見なかったことにする。皆もよろしいな!」

 謎のクイズタイムを終え、芝居がかった口調で教師が生徒たちをうながす。この、なんだかわからないノリに圧倒されたクラスメイトは僕に向かって拍手で迎えるのだった。下痢でトイレから出れなくなったと思ったら、次はこの仕打ちか。なんなんだ今日は。厄日かな。

「おまえ、頭よかったんだなあ」

 少しは元気になったのだろうか、自席に着いたら後方の彰彦が気の抜けた声を掛けてきた。

「んなわきゃあないよ」

 板垣退助の有名な言葉なんて、あれしかないじゃん。



 昼休み。

「なあ、今日は屋上で食べねぇ? ま、ちょっと話したい事があってな」

 と、提案してきた彰彦。了承した僕に向かって、

「今度はおれがおごるよ、ソフトクリームでいい? はは、冗談だよ、焼きそばパンでいいか? じゃ、売り切れる前に購買までダッシュだ!」

 と言い終わる前に走り出していた。

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