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 遼は実に使える奴だった。

 愛想がいい。物覚えがいい。挨拶もハキハキしている。

 加えて兄が遼に任せたのはSNSの運用だ。喫茶「くらく」の公式アカウントを作り、その投稿を遼にさせたのである。


「遼って写真も上手いのな……かき氷が五割増しで美味そうに見える……」

「光の使い方が肝心やね。あと画角。まあ、慣れ?」


 こうして俺以上の働きをされてしまっては、遼を認めざるを得なかった。

 仕事の合間に俺は遼に色々と質問をして、わかったことがいくつかあった。

 七宮さんは湊市を出ることができないらしい。その代わり、遼のような眷属を日本各地に放ち、異形の情報収集をしているのだとか。

 遼は関西地区を任されており、人間と一緒に生活していたという。関西弁なのはそのせいだということだ。


「……で、鴉の姿が本当の姿ってこと?」

「うん。おれは雛の時から当主さまに育てられた。当主さまは親みたいなもんやねぇ」


 今となってはだが、異界に連れて行ってもらってよかった。こんな現実離れした話もすんなり受け入れられるようになった。

 そうして、八月に入ったある日のことである。


「今日なんだけどさぁ。ナオくんにも遼くんにも一緒にいてほしいんだよね。クレームきちゃって」


 兄によると、高校生の娘を亡くした母親に依頼され霊視をして、金をふんだくったことがあるそうだが、今度は父親が「インチキの霊感商法に違いない」と兄を暴きにやってくるのだという。


「……カズくん、前回何したのさ」

「えー? 普通だよ普通。娘さんが自分のパソコンは処分してほしいって言ってたから、それを伝えたくらいで」

「パソコンねぇ……」


 そして、約束の六時半。いかにも気の弱そうな母親と、恰幅のいい父親がやってきた。


「あんたか、インチキ霊能者は!」


 父親は開口一番そう言い、今にも兄に掴みかかりそうだったので、俺は兄の前に立ちふさがって声を荒げた。


「兄の力は本物だ! 言いがかりつけるのはインチキだっていう証拠を見つけてからにしてほしいね!」

「まあまあナオくん。失礼しました。おかけください。まあ、その、もう一度霊視しますので。それで、家族でしかわからないこととか、そういうこと聞いてもらえれば、わかってもらえるかと」


 父親と母親はカウンター席に腰掛けた。コーヒーを用意するのは遼に任せた。父親は提げていたカバンからノートパソコンを取り出した。兄は言った。


「パソコン……処分してなかったんですね」

「お前の言いなりになるのは癪だからな。それに、これが証拠になる。本当に霊視できるっていうんなら、パソコンのロックを解除してみろ」


 次は母親がリボンを取り出した。制服につけていたものだろう。


「じゃあ……やりますね」


 兄はリボンに手をかざした。そして、うーん、だの、ほーん、だのとうなりだした。


「ほら、できないだろ?」

「いえ、そうじゃないんです……娘さんがパソコンの中身を見られるのを嫌がっておられまして……」

「言い訳だな」

「仕方ありませんね。娘さんの意思には反しますが解除しますよ。ごめんね、いや、本当にごめん」


 兄はスラスラとパスワードを入力し、見事に解除してみせた。デスクトップには、俺もよく知る男性アイドルの画像が表示された。


「それでね、お父さん。もう見られたのは仕方ないから、パソコン内のファイルを削除して、ネットにあげた分も消してほしいと」

「どういうことだ……?」

「夢女子ってやつですね。娘さん、そのアイドルと自分が恋愛しているっていう内容の小説を書いてたんですよ」

「なっ……!」


 父親は顔を真っ赤にし、母親はすすり泣きはじめた。母親が叫んだ。


「だから言ったじゃない! パソコンを処分しようって!」

「いや、その……すまん」

「えーと、これで僕の容疑晴れました?」


 遼が横から口を出した。


「あっ、そういうのはおれ詳しいので、何なら代わりにやりますけど」

「うちの従業員です。お代は頂きますけど、娘さんの言う通りにやりましょうか?」

「そうしてくれ……」


 遼がパソコンをいじっている間、母親が尋ねてきた。


「あの子……今何て言ってます?」


 兄はポリポリと頭をかいて言った。


「えーと、その、お父さんのことめちゃくちゃ怒ってますね。若者らしい元気な言葉で罵っておられます」

「そうですか……」


 母親は語り出した。父親は教育熱心で、娘にはいい大学に行くよう勉強を課していたということ。それが急病で亡くなり、遺品を整理してみるとアイドルグッズがあったということ。母親はパソコンの中にアイドル関連の何かがあるとうっすら勘付いていたらしい。

 それを聞き終わり、兄は言った。


「お父さんとは話したくないけどお母さんならいい。そう仰ってます」

「じゃあ、その……ごめんね。本当はコンサートとかイベントとか行きたかったでしょうに。こんな母さんでごめんね」

「娘さん、全てわかっておられますよ。大丈夫です」


 二人が店を出た後、兄はにんまり笑って言った。


「あの親子でまたお金取れそうだねぇ。ああいう手合いはかえっていいお客さんになるんだよ」

「はぁ……カズくん本当にがめついんだから……」


 そして、兄は遼に特別ボーナスだと多めにお金を渡した。

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