第4話 森に潜む危険


「ご、ごしゅじんさまぁ……これ、くすぐったい……っ」

「じっとしていろ」


 ひとまず近くの川にココを放り込んで水浴びをさせた俺は、その間に作成しておいた木の櫛で戻って来たヤツの髪をとかしてやっていた。


 幸いなことに、木々が生い茂っていた小屋の周辺を更地にしたおかげで日中は太陽の光が当たって温かい。ココの高速ブルブルと日光が組み合わさったことにより、濡れた身体はすぐに乾いた。代わりに俺が濡れたけどな。


 問題は夜の方で、真っ暗になるとほとんど何も見えないうえにそこそこ寒い。なるべく早く焚き火に着火したいのだが……生憎、俺に火を起こせるようなサバイバルスキルはなかった。もっとミーチューブでサバイバル系のチャンネルをディスカバリーしておくべきだったようだな。


 おまけに、ココが前に居たヤバそうな群れの話も気になるし、この森は未だ脅威でいっぱいである。やれやれ、俺は安全に暮らしたいんだがな。


 というか普通に元の世界に帰りたい。お家に帰してくれ。


「……終わったぞ。もう自由に動いていい」

「やったー!」


 ボサボサだった髪を一通りとかし終わると、ココは嬉しそうに小屋の近くを走り回り始めた。ちなみに着ていたボロボロの布切れも一応水で洗って乾かしているので、今のココは全裸だ。


 濡れた褐色の肌に日の光が反射してまぶしいな。


「悪くない眺めだ」


 俺はハードボイルドにそう呟いた。決してむっつりスケベではない。

 

 異世界モノのお約束通り、身体を綺麗に洗ったココはかなりの美少女だった。俺の居た学校に制服を着せて放り込めば、一番の美少女の完成である。褐色白髪で獣耳と尻尾まで生えてるから異質感がすごいだろうけどな。


 ……とまあ、そんなことはどうでもいい。


「さてと、これからどうしたものか」


 俺は木の椅子を取り出し、地面に設置して腰かける。


 普段から運動不足な上に昨日はちゃんとベッドで眠れなかったので疲労が全く回復していない。殴られた痛みに筋肉痛が合わさり、現在のコンディションは最悪である。


 食事に関しても、ベリーとかいう赤や紫の色をした謎の小さな木の実しか口に入れられていないのでかなり空腹だ。


 考えれば考えるほど何も解決していないことが分かる。ひょっとして俺はここで死ぬのだろうか。


「ふっ……」


 野外で椅子に座りながら意味深な笑みを浮かべて死ねば、人知れず世界を救った感が出てカッコいいかもしれない。実際はただの野垂れ死にだが。


 ――ぼんやりと下らないことを考えていたその時。


「アオーーンッ!」


 突然、ココが遠吠えをする。


「えっ、何事?」

「キョエキョエギャーーーーッ!」


 それに呼応するかのように、物凄くやかましい謎の鳴き声が響いてきた。こんな鳴き方をするのは明らかに化け物である。


「ご主人さま! ココうまくやるから……見てて!」

「な、何を?」


 椅子に座る俺の前に両手を広げて立ち、正面をじっと見据えるココ。尻……じゃなくて尻尾が逆立っている。


 ほどなくして、前方の茂みから巨大な何かが飛び出してきた。


「ギョエーーーッ!」


 それは鶏と竜を掛け合わせたような姿をした巨大な鳥だった。羽毛は白く、頭には真っ赤なトサカがある。長い尻尾には羽毛ではなく真っ白な鱗がびっしりと生えているみたいだった。


「ニワトリの化け物……?」


 全長は4メートルくらいありそうだ。


「コカトリス。おいしい……ニク!」


 ココは言いながら俺の方へ尻を突き出して四つん這いになり、目にもとまらぬ速さでコカトリスに突撃していった。


「はあああああああッ!」

「ギョエーーーーッ!」


 くちばしによる攻撃が当たる直前で地面を蹴って飛び上がり、コカトリスの首の辺りに鋭い蹴りを入れるココ。


「おお……」


 化け物に引けを取らない恐るべき身体能力だ。流石は獣人だな。


 俺も木の剣を出して加勢する準備はしているが、どう考えても割って入れる戦いじゃないな。


 もっと、こう……小さくていかにも雑魚みたいな魔物から経験を積んでいきたい。プルプルしてるだけのスライムとか、武器を持ってないゴブリンとかそういうの。

 

〈調教師は【応援】することでペットの能力を底上げし、【指示】することで戦いをサポートできます〉


 ……なるほど。そもそも俺は前に出て戦うタイプの職業ジョブではないみたいだな。だが応援はともかく、指示なんて出す必要があるのか?


「コケコッコオオオオオオッ!」


 するとその時、コカトリスの口から炎のようなものが見えた。


「危ないっ! 避けるんだココ!」

「――――ッ!」


 俺の指示によってココは横へ飛び退き、火炎ブレスの射線から外れる。


「あんなの、見たことない……!」


 どうやら火を吐くコカトリスは珍しいようなので、今の局面はかなり危なかったみたいだ。……確かに、必要な時は指示を出した方が良さそうだな。


 ちなみに、今の火炎ブレスが放置していた薪に掠ったおかげで火が着いた。予想外のラッキーである。たった今、人類は進歩したのだ。


「頑張れココ! お前ならできるッ! ファイトだッ!」


 指示が通ったので気を良くした俺は、試しに応援もしてみる。


「アオオオオンッ!」


 するとココの動きが更に素早くなり、攻撃も激しさを増した。応援は一気に畳みかけたい時に使えそうなスキルだな。


「グッ、キョエギャーーーーッ!」


 ココの猛攻に耐え切れず、上空に向かって盛大に水を吐き出すコカトリス。


「ま、また、ヘンなの出したっ!」

「どうなってるんだあのニワトリ……?」


 炎を吐いたり水を吐いたり忙しい奴だな。マッチポンプってやつか? 


「ウオーーーンッ!」


 次の瞬間、ココは飛び上がってコカトリスの脳天に全力の頭突きを叩き込む。


「キエーーーーッ!」


 絶叫しながら地面に倒れ伏すコカトリス。どうやら勝負はあったようだな。

 

「ご主人さまっ! ニク! とった!」


 戦闘後、すぐに俺の元へ駆け寄り褒めて欲しそうな目でこちらを見てくるココ。尻尾もブンブンである。


「よしよし、偉いぞ」

「えへへぇ……!」


 とりあえず頭をなでてやると、嬉しそうに目をつぶってスリスリしてきた。


 まったく、全裸であんな化け物を倒してしまうとは末恐ろしい奴だ。調教する時に大人しく縛られていたのは奇跡だな。


 あるいは、俺の作成したロープの強度がヤバいのかもしれない。


「さてと……」


 一通りココをなで終えた俺は、椅子から立ち上がって気絶しているコカトリスに近づいていく。


〈コカトリスの調教に成功しました。仲間ペットにするか、コカトリス肉×10を取得するか選択してください〉


 すると脳内に響いてくるお馴染みの無機質な声。


「うーむ……」


 正直、俺としてはコイツをペットにして乗り回したい気持ちもあるのだが……お腹も空いているし、隣で涎を垂らしているココを止められる自信もない。


「なあココ。どうだろう、こいつをペットにしてみるというのは――」

「ニク! ニク! ニク!」

「……そうだな」


 かくして俺はコカトリス肉×10を取得し、焚き火で泣きながら調理して終了したのだった。


「おいひいっ! ごひゅひんひゃまっ! これ、おいひいっ!」

「ふむ……」


 焼きコカトリス肉は淡白な割にそこそこ脂が乗っていて普通に美味しかった。特に尻尾の辺りは脂が多く、比較的濃厚な味わいである。どうにかして調理方法のバリエーションを増やせば様々な味を楽しめそうだ。


 それに、久々のまともな食事なのでいつも以上に美味しく感じる。


「いずれ養コカトリス場でも作るか」


 俺は、コカトリスを肉にした時におまけで取得できたコカトリスの有精卵×3を地面に並べて眺めながら呟いた。


 こいつらを育て上げて立派なコカトリスに成長させるつもりだ。


「よしよし、俺がお前たちの親の仇だからな。憎かったらちゃんと孵って復讐するんだぞ」


 俺はいずれ生まれるであろうコカトリスの卵達――子カトリスに向かってそう語りかけるのだった。悲しいことにこの世は弱肉強食なのである。


 しかしコイツらがニワトリと大体同じなのであれば、卵を産むようになれば食糧に困ることはなくなりそうだな。


 倒したコカトリスがかなりの巨体だった割に、有精卵は普通の鶏サイズなのが気にかかるが……食料を確保するために育てるのであれば小さい方が場所を取らずエサも少なく済みそうなので助かる。


 その場合乗り回せないけど……。


 とにかく育ててみないと分からないことだらけだな。養コカトリス場計画の道のりは険しそうだ。


「ご主人さまっ! なんか、落ちてる!」


 あれこれと今後の方針について考えていると、背後でココが声を上げた。

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