第3話 獣人少女を調教しよう!


「うぐ……っ」


 ――翌朝。


 外から差し込む日の光で目を覚ますと、何故か硬い木の床で寝ていた。せっかくベッドを敷いたのに全身がバキバキである。


 そこまで寝相が悪い方ではないはずなのだが、昨晩に限ってどうしてこんなことになってしまったのだろうか。


 俺は疑問に思いながら起き上がり、ストレッチをして体をほぐしながらベッドの方へ目をやる。


「ぐがー、ぐごー……ぐるるるるっ……」


 そこに寝ていたのは、褐色の肌に長くてぼさぼさな白髪をした、俺以上にボロボロな少女だった。身にまとっているものなんかタダの布切れだ。


 歳はおそらく俺より少し下で、頭からは尖った獣耳、そしてお尻の辺りからは尻尾が生えている。まず間違いなく普通の人間ではない。


 ――つまるところ、ファンタジー世界にありがちな獣人少女との邂逅イベントが発生したということか。


 何にせよ、俺の快眠を邪魔した犯人はこの少女で間違いなさそうだな。


「とりあえず縛っておくか」


 俺は昨日作成したロープを取り出し、眠っている獣人少女をベッドごとグルグル巻きにするのだった。


 *


「ぐごごごご…………うーん?」


 目覚ましがてら小屋の外に出て草木をテイムしたり、近くの川でバケツに水を汲んだりして過ごしていたらようやく獣人少女が目を覚ました。


「やっと起きたか」

「おい、ニンゲン!」


 獣人少女は俺を見るや否やそう呼びかけてくる。


 カタコトタイプの獣人か。思っていたより知能が低そうだ。


「お前どこから来たんだ? 職業と名前は?」


 とりあえず職務質問を投げかけてみる。文明社会に生きる酔っ払いである可能性も微妙に残っているからな。


「ココ、気に入った!」

「……そうか」


 こっちの世界に来てからまともに会話が成立した記憶がない。


 たまに流れてくる脳内アナウンスが一番話せる相手なんだが……どうなっているんだ。


「さっさと、出てけ! そしたら、コロさない!」


 しかもかなり物騒なことを言っているじゃないか。ゴブリンとかの台詞でも違和感がないぞ。


「断ったら?」

「コロス! かみちぎる!」

「どこを?」

「うるさいっ!」


 自身の体を縛るロープをギシギシといわせながら、鋭い八重歯を見せつけて威嚇する少女。キツめに結んどいて良かった。


「コレ、ほどけっ!」

「俺は出て行くつもりも殺されるつもりもないから無理だな」

「だまれっ! コロス!」


 命狙われすぎだろ俺。世界が俺に対して厳しすぎる。


〈――調教のチュートリアルを開始します〉


 困り果てていたその時、脳内にいつもの声が鳴り響いた。俺に優しいのはこの音声だけだ。心が温まるな!


〈捕獲した対象に近づき、【威圧】と【懐柔】を交互に行なって下さい。相手が屈服したら調教成功です〉


 しかし今回の説明はよく分からないぞ。具体的にどうすればいいんだ?


〈【威圧】は相手を脅して恐怖による支配を試みるスキルです。大声で怒鳴る、鞭で打つ、水をかける、頬をはたくといった行為が該当します〉


 おいおい、とんでもないことを言ってのけるな。一応相手は人の形をしているんだぞ。そんな暴力的な行為を働くだなんて、文明人としては気が引けるじゃないか。


〈【懐柔】は相手を優しく扱うことで支配を試みるスキルです。優しく諭す、食事を与える、身体を綺麗にする、頭をなでるといった行為が該当します〉


 こっちは暴力的ではないかもしれないが、少女にすることを考えると何となくいやらしいな。こんな変態的な行為を働くだなんて、紳士としては気が引けるじゃないか。


〈調教を開始してください〉

「やれやれ……」


 だいたい、一人で居ること好む心優しい俺としては、他者を支配するだなんて性に合っていないんだがな……。


 そんなことを思いながら渋々バケツを持ち上げ、中に入った水を獣人少女にぶちまけた。


「ひゃあっ?! つ、つめたいッ!」

「ふざけるなッ! ここは俺の家だッ!」


 獣人少女の胸ぐらを掴み、ペチンペチンと頬をはたく。綺麗な往復ビンタだ。


「うっ、あぁ……?!」


 突然の暴力に見舞われ、困惑した様子の獣人少女。普通にかわいそう。俺の良心が痛む。誰がこんな酷いことを……!


 と、とにかく、怒鳴った後は優しく諭すんだったな。俺は気持ちを切り替えてこう言った。


「お嬢ちゃんさぁ……。ダメだよお、勝手に人の家上がり込んじゃあ。そんくらい分かんでしょ?」


 優しく諭すってこれで合ってるのか?

 

「う、うえええええんっ!」

「殺すとかも簡単に言っちゃあいけない。――それで相手が本当に死んじゃったらどうするの? お嬢ちゃんのせいだよ? 慰謝料払える?」


 慰謝料とかないだろ。俺は何を言ってるんだ。


「ひっぐ、あぅぅ、ううううううっ!」


 ……おそらく獣人少女も状況を理解していないが、立て続けに脅されたので泣き出してしまう。


 調子に乗ってやり過ぎてしまったかもしれない。役に入り込みすぎたな。


「……こほん。――もう一回聞くが、どうして家なんか奪おうとしたんだ?」

「だ、だって……っ、群れ……追い出されてっ……行く場所……なくて……っ!」


 なるほど。いわゆる一匹狼といったところか。少しだけシンパシーを感じるな。


「それなら、俺が寝てる時に襲い掛かればよかったんじゃないか?」

「ニンゲン……脅かせばっ、逃げると思ったっ……!」


 なんかさっきより会話が成立してるな。やればできるじゃないか獣人少女。


「……もうやだ……うええええええんっ!」


 なるほど、さっきの態度はハッタリだったワケか。


 ……そうなると完全に俺の方が悪者みたいになってしまうんだが?


「どうして群れを追い出されたんだ?」

「ヒトジチ、逃したら……棒で、殴られた……っ。売って、カネにするつもりだったのにって……!」

「ふむ」

「カネ……かたくて、食べられない……おいしくない……!」


 話を聞いた感じ、群れの奴らはこの獣人少女よりだいぶ頭が良いのだろうか? 少しだけ気にかかる部分があるな。


 しかし今は目の前の調教テイムに集中しよう。


「そうか……お前は優しいんだな。手荒なことをしてすまなかった。俺も群れを追い出されて気が立っていたんだ……」

「オマエも……同じ……?」

「ああ、同じだよ」


 俺は言いながら、獣人少女の頭をそっとなでてやる。


「ふぁ……っ?」


 しばらくはぎゅっと目をつぶっていた少女だったが、俺に害意がないと分かると次第に落ち着きを取り戻していく。


「お腹、空いてるだろう? 今はこれしかないが……とりあえず食べておけ」

「でもそれ……オマエの……」

「お詫びの気持ちだ。気にせず受け取ってくれ」

「あぅぅ……」

「口を開けて」


 俺はそう指示して、ベリーを獣人少女の口の中に放り込んだ。


「うぅっ、ひっぐ……! オマエっ、良いニンゲン……ありがどおおっ!」

「おかわりもあるぞ」

「ほじいっ!」


 涙を流しながら次々とベリーを食べていく獣人少女。耳の形を見た限りでは肉食獣っぽいのだが、人だからあまり関係ないのかもしれない。


「ところで、名前は何ていうんだ?」

「そんなの、ない……オマエに、つけて欲しい……!」


 まさかの無茶振り。


「そうか。……なら、えーっと……」


 コロス! から考えてコロか? いや、もう少し捻ろう。


「……ココ。ココだ! 今日からココを名前にするといい」

「……! う、うんっ!」


 感激した様子でコクコクと頷く獣人少女。


「この場所を家にしても良いから、これからは俺を追い出そうとしないでくれよ?」

「わがっだ……! 今日から、オマエ、ココのご主人さま!」

「別にそこまでは求めていないが……」


 想像を絶する早さで堕ちたな。流石は異世界だ。ありがたい。


〈調教成功、ココが仲間ペットになりました。総合評価S、初めてとは思えない素晴らしい手腕です〉


 やかましい。俺はあくまで言われた通りにやっただけだぞ……!


「と、とりあえず縄は解いてやろう」


 言いながら、ココの身体に巻き付けていたロープを解いてやったその瞬間。


「ごしゅじんしゃまぁっ!」

「うわっ?!」


 俺はココに抱き着かれ、胸を押し当てられながら床に押し倒されるのだった。

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