第45話 娘、祖父に会う

「ひ、ひどい・・・ひっく・・・、ひっく・・・」


股間を押さえ丸く縮こまってしまっていたハラセクは、人目をはばからずシクシクと泣いている。



じ~~~~~~~~~



2人の視線がアイへ注がれる。


「お父さん!これはれっきとしたお仕置きなのよ!こんなセクハラを許す訳にいかないの!」


「分かっているさ。」


スザクがニコッと微笑む。


「だけどなぁ~~~~~」


スザクがチラっとハラセクを見てしまう。


「お前って、必ず〇間をクラッシュさせるな。ホント、男の天敵みたいだよ。」



ボン!



その言葉にアイの顔が真っ赤になった。


「お、お、お、お父さん・・・、それって決してワザとじゃなくて・・・」


必死になって言い訳をしているが、その姿も可愛いと思う親バカのスザクであった。



「ふはははははぁあああああああああああああ!」



2人のやり取りを見て学園長が豪快に笑った。


「可愛いお嬢さん!そんな事は気にするな!私の姉なんて、皇帝時代は対立貴族の男どもをどれだけぶっ壊したと思っている。それに比べれば、お嬢さんのやっている事は可愛い事だよ。」


そしてチラリとハラセクへ視線を移す。


「さて、この馬鹿の後始末をしないといけないな。」


学園長がゆらりと席から立ち上がり、いまだに床で蹲っているハラセクの方へと歩いて行く。



ムンズ!



ハラセクの襟首を左手一本で掴み軽々と持ち上げた。


「ひぃいいいいいいいいいい!学園長ぉおおおおおおおおお!」


あの強気で学園長に迫っていたハラセクが完全に委縮しガタガタと震えている。


「教頭よぉぉぉぉぉ~~~~~、私のいないところで散々と好き勝手してくれたようだな。そろそろ引導を渡すとするか?」


スッと右手を頭上に掲げた。


いわゆる空手チョップのように腕を振り上げ、今にも振り下ろそうとしている。



「脳味噌ぶちまけて死ねやぁあああああああああああ!」



一気にハラセクの脳天へと手刀を振り下ろした。




ガシィイイイイイイイイイ!




「むっ!」




スタッ!



アイが飛び上がり、ハラセクへと振り下ろされる手刀を横からドロップキックで止めた。


軽やかにアイが床に着地しニヤッと笑う。


「おじさん、私の前じゃ殺人はご法度よ。いくらこいつがクズでもね。」


「ほぉ~~~」


ニヤリと学園長がアイを見て笑った。


「此度の聖女もなかなかのものだね。まさか、私の手首が折られてしまうなんてね。」


「私達の自慢の娘ですからね。今すぐ聖女として活動しても恥ずかしくないと思いますよ。」


スザクが軽く会釈をし微笑む。


「ふはははははぁあああああああああああああ!」


再び学園長が豪快に笑った。


「勇者殿、どうだ?私の元につかないか?私の受け持っているもう一つの仕事も忙しいし、この学園の教頭にならないか?給料は今のギルド職員の10倍は出す!悪い条件じゃないだろう?」


「いえいえ・・・」


スザクがゆっくりと首を振る。


「私はギルドの窓際で床掃除しているのが性に合っているのですよ。管理職なんて私の柄じゃないですし、謹んで辞退させてもらいます。」


「そうか・・・あなたのような人材が野に埋もれるとは・・・、何て勿体ない・・・」


「いいのです。私のような人間は必要としない。そのような世の中が一番ですからね。私は影から見守る、それが私のような人外の力を持つ者の住む場所だと思います。」


「だからだろうな・・・」


学園長が遠い目になる。


「我が娘、アリエスが唯一愛した男・・・、死ぬと分かってもあなたとの愛の証を残したかった理由が・・・」




「え?」




アイの目が真ん丸になった。







「何でお母さんの名前が出てくるの?しかも娘って?」






「大きくなったな。」





学園長が優しい目でアイを見つめた。


片手に瀕死のハラセクをぶら下げている光景が少し変なところは何も言わないでおこうとスザクは思っていたけど・・・


「その前にだ。」


ジロリ!とハラセクを睨む。


「可愛い孫のおかげでこの場で脳味噌をぶちまけて死なずに済んだな。」



(やっぱり!この人が私のおじいちゃんってこと?)



アイがジッと学園長を見つめているが・・・


(お母さんと似ているところって全く無いんだけど・・・)


遺伝子の不思議を実感しているアイだった。



「さて、コイツはどうすれば良いと思う?」


学園長がスザクへぶら下げていたハラセクを突き出した。


「やはりあそこですかね?ロリコン狂いのハーレム願望野郎なら泣いて喜ぶでしょうね。」


2人がハラセクを見てニヤリと笑う。


「やぱりあそこだな。喜べ!教頭!いや、元教頭だったな!」


学園長の口角が更に上がる。


「心配するな。そこにはドーリーヨコ達旧ミエッパリー王国の連中もいるからな。淋しくないぞ。」



「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!そこは・・・、そこだけはぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



ハラセクがガタガタと震え、泣きながら首を振っている。


「ねぇ、お父さん、こんなに嫌がっている『そこ』って何があるの?」


アイが不思議そうな顔でスザクに話けてきた。


「そこはな・・・」



「がはははははぁあああああああああああああああ!これからは私が話をしよう!」


さっきまで知的な雰囲気の学園長だったけど、段々と地が出てきたのだろう。

皇帝とあまり変わらない口調に変わってきた。


(前皇帝も豪快なお方だったし、その弟だけあるな。)


そう思ってスザクが微笑む。


「その場所というのはな、その名も『帝国国立素行矯正強制隔離収容所』という名前なんだよ。またの名を『タイガー・フォール』とも言うのだよ。コイツをそこに収容しようと思っているのだ。」


ハラセクを左手にぶら下げながら叫ぶと、ハラセクがそれ以上に恐慌状態になって激しくジタバタする。」



「やっぱりぃいいいいいいいいいいいいい!嫌だ!あそこだけは嫌だぁああああああああああああああああああああ!お願い!お願いします!あそこだけはぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



「あらら・・・、そこまで嫌がるなんて、よっぽど環境が悪いんだね。」


ハラセクのあまりの取り乱しように、少し同情的な視線を送った。


「確かにな・・・」


しかし、スザクは冷静に腕を組み深く頷く。


「そうか?」


そんな2人の態度とは反対に、理事長は二カッとした笑顔を見せる。


「あそこは更生施設と言っても、未来の帝国の将校を育てている場所だぞ。まぁ、完全な実力主義だから、そこにいたら常に寝首をかかれないかピリピリとした毎日を送らなきゃならんけどな。」


「何を言っているのですかお義父さん」


(言った!お父さんがお義父さんて言ったよ!やっぱりおじいちゃんだった!)


スザクの言葉で学園長が自分の祖父だとアイは確信した。


「そこのチャンピオンとしてずっと君臨しているお方は誰です?ゴール・カッチ学園長、いえ、本当の名前はドーサン・キリお義父さん。」




「ドーサン・キリだってぇえええええええええええええええ!」




ハラセクがその名前を聞いて絶叫する。

またもやガクガク震える。


「私は・・・、私は何という人物に手を出してしまった・・・」


学園長が手を離すとハラセクが床に蹲りがっくりと項垂れてしまう。

どうやら、学園長の正体が分かった瞬間、体の痛みよりも例の『タイガー・フォール』で自分がどう扱われてしまうかが怖いようだった。




「こら!あんまりビビらせたらダメじゃない!お父さん!」




いきなりアリエスの声が部屋に響く。


「そ、その声は?」


ゆっくりと後ろを振り返ると・・・











「アリエス・・・、これは夢ではないのか?」











学園長の目に涙が溜まる。



「お前・・・、生きていたのか?聖女は子供を産むとその存在を全て託してその命を・・・」


アリエスがゆっくりと首を振る。


「正直、私だって信じられなかったのよ。今でもね・・・、だけどね、ここにいるスザクと、私達の大切なアイが私を蘇らせてくれたの。女神様のお力を借りてね。」


「そうなんだ・・・、こんな奇跡が起きるとは・・・」


ヨロヨロと学園長がアリエスへと歩き始める。



「お父さん・・・」


「アリエス・・・」



2人がしっかりと抱き合う。



ツンツンとアイがスザクの脇を突く。


「お父さん・・・」


ジト~とした目でアイがスザクを見上げていた。


「何でおじいちゃんの事を言わなかったの?」


その言葉にスザクが難しい顔をしている。


「色々と大人の都合があるんだよ。アリエス自身が帝国の皇帝の血筋だって事も言えなかったのもあるし、他にも諸々とな・・・、まぁ、アリエスも蘇ったから後でちゃんと紹介しようと思っていたけど、あのバカがアイに対して先にやらかしてしまったのは意外だったけどな。」


「そうなんだ・・・、大人の世界って難しいんだね。」




「「むっ!」」




スザクとアイの視線が鋭くなる。


その視線の先にはハラセクが折れたナイフの刃を握っていた。



「あんなところに送られるくらいなら・・・、くくく・・・、あのドーサン・キリとはいえ人の子だったな。今のあいつは隙だらけだ・・・、今なら・・・、今ならぁああああああああああああああ!」



右足の膝は砕けてしまっていたが、まだ無事な左足でグッと床を踏み込み、神速の速さで飛び上がり学園長へと切りかかった。


「させるか!」


スザクがハラセク以上のスピードで動き、一瞬にしてハラセクの前に現れる。


「悪党の悪あがきはテンプレだな。」


グッと拳を握るが、いつもの拳に握り方ではなかった。

親指を握り込み中指の関節部分を突き出すように握る。

確実にピンポイントで急所を突ける握り方だ。


ドン!ドン!ドン!


「ぎゅあ!」


一瞬でスザクはハラセクの、人体の急所である『眉間』、『人中』、『喉仏』に拳を打ち込む。


これだけでも下手すれば一撃で命をも奪える打撃だが、ここは不殺に徹しているスザクなので、手加減をしてとてつもなく痛みだけを与える事にしている。

まぁ、これでも一歩間違えれば死んでしまうくらいの攻撃なんですけどね。


水平にハラセクが吹き飛んでいく。


「アリエス!」


「任せて!」


実はスザクが動いた瞬間にアリエスも動き出していた。

既にハラセクが吹き飛んでいる場所へと移動して身構えていた。


そのアリエスは・・・


グッと腰を沈め両脇を締め左拳を前に突き出し、右拳は脇へと落としている。


目前まで迫るハラセクの顔面を見据え、スッと右拳を前に突き出しながら左拳を後ろへと引き下げた。


「ほぉ~~~、これはこれは・・・、理想的な正拳突きだな。」


満面の笑みで学園長がアリエスの突きを見ていた。



「覇!」



ドム!



アリエスの右拳がハラセクの顔面へと喰い込む。


「へぎゃぁああああああああああああああああああ!」


哀れ!


今の打撃でハラセクの前歯のほとんどが折れて、顔面血だらけになりながら、今度は学園長へと飛んでいく。


「ナイス!パスだ!」


学園長がニヤリと笑う。


「この俺の常勝無敗の必殺技をその身に受けるんだな。」


グッと腰を屈め右腕を一気に後ろへと下げる。


「おらぁあああああああああああ!」



バシィイイイイイイイイイイイイイイイ!



巨大な平手がハラセクの顔面をぶっ叩いた。

いわゆる突っ張りだったりする。


それでも屈強な体の学園長が放つ技だ。

完全に致死量ともいえるダメージを受けて、錐揉み回転しながら今度はアイの方へとすっ飛んでいく。



「アイ!」


「トドメよ!」



スザクとアリエスが叫んだ。



「分かった!」


コクンと頷いたアイが構えた。


両手首を合わせて手を開いて、体の前方から腰にもっていく。

腰付近に両手を持っていきながら体の気を集中させる。

両手を完全に後ろにもっていていくと、その掌に青白い光輝く光の玉が出来上がった。

そのまま両手で気の波動を思いっきり押し出す。



「波〇拳!」



ドガァアアアアアアアアアアアアアアア!



ぐんぐんと大きくなり、ハラセクを呑み込みそのまま壁を突き破り空へと飛んで行った。



「キレイな花火ね。」


アリエスが壁に空いた大穴から空を見て呟いた。




そのハラセクはというと・・・


校庭で黒焦げ状態で転がっていた。


ピクピクと動いているので、どうやら生きているようだ。



「成敗!」



アイがガッツポーズをして叫ぶ。




一件落着!






「名乗り出られなくて済まなかった・・・」


学園長がアイを膝に乗せながら謝っている。


しかし、謝っているはずだが、その表情は緩みまくっていた。


「仕方ないよ。大人の事情ならね。」



『大人の事情』



何て使い勝手のいい言葉なんでしょうね。

その言葉だけで有耶無耶に出来るから。(ふふふ・・・)



「今まで構ってあげなかった分、儂が何でも買ってあげるからな。遠慮せずに言ってくれな。」


「うん!ありがとう!おじいちゃん!」



「はう!」



アイの『おじいちゃん!』の言葉に心臓を撃ち抜かれてしまった、爺バカの学園長だったりする。


それから爺バカ戦争が勃発する。


アイちゃん大好き教皇も学園長に対抗し、2人揃ってますますアイを甘やかしてしまっていた。




「いい加減にしなさい!」




アリエスの雷が落ちるのは当たり前だった。

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