第40話 (閑話)リヴィアの後悔②

「おっと!」


気を失ってしまいよろめき倒れ始めたリヴィアをガブリエルが慌てて抱きとめる。


「お手数をおかけして申し訳ありません。」


クラリッサとメイドが深々と頭を下げる。


「お嬢様をこうしてもおけませんので、ベッドへお運びしますよ。」


ガブリエルがリヴィアを横抱きにしながらベッドへと移動し、ゆっくりと横にした。


「ありがとうございます。」


クラリッサが頭を下げ、ベッドで横になっているリヴィアへ視線を移した。


「この子の婚約者はあなた様のようなお方であればどれだけ良かったか・・・、あのようなボンクラ息子の元に嫁ぐ・・・」


「奥様・・・、そのようなお言葉は不敬では?」


「エマ、いいのですよ。私も死罪になる身・・・、今更、不敬の罪状が増えようが大して変わりませんしね。それに、私と同じような愛のない政略結婚をリヴィアにはして欲しくなかった。あの子は旦那様の歪な教育で将来の王妃になる事しか頭にないわ。私には分かるの・・・、この国、いえ王家は公爵家と同じくそう遠くないうちに無くなるでしょうね。本当はね、リヴィアには貴族になって欲しくはなかった。自由に好きに生きて欲しかった・・・」


クラリッサの瞳から涙が零れる。


「でも・・・、もうその願いも叶わないのね・・・、この公爵家に生れた宿命から逃れられない・・・」


「奥様・・・」


メイドがソッとクラリッサに寄り添った。


「ありがとう・・・、エマ・・・、子爵家の頃からずっと私に仕えてくれて嬉しかったわ。それももう終り・・・、あなた達には処分が下されぬよう、そして次の仕事先の手配も既に済んでいます。今までありがとう。」


ギュッとクラリッサがメイドの手を握った。


「もったいないお言葉です。ですが、私、このエマはずっと奥様にお仕えしたいと思っております。最後も共に・・・」



「お話の最中で申し訳ありませんが、もう時間がありません。」



ガブリエルが連行の時間だと伝えに来た。


「そうですか・・・、では、後のことはお願いします。」


直後に部屋に数人の騎士が入ってきた。



「最後に、1つよろしいですか?」


ガブリエルがジッとクラリッサを見つめた。


「匿名の情報提供者はあなたですね。」


「さて?何の事でしょうか?」


コテンとクラリッサが首を傾ける。


「私は公爵家夫人、この家を不利にするような事は断じて行いません。ただ、部下や使用人の全てを把握している訳ではありませんので・・・、誰かが不正を告発する事を止める事が出来なかったようですね。」


パチンとガブリエルにウインクをし、部屋に入ってきた騎士へ向かい毅然とした姿勢を崩さず歩き、堂々とした佇まいで部屋を出て行った。


















あれから1ヵ月が経過した



「お母様・・・」


ジロリ!


クラリッサがリヴィアを睨みつける。


「お母さんよ、そろそろ貴族の話し方をするのは止めなさいと言っているでしょう。もう私達は貴族でも何でもないんだからね。」


「はい!お母さん!」


「うふふ・・・、可愛いわね。」


2人が仲良く寄り添い席に座っている。





「私達っていつまでアレを見せつけられ続けなければならないの?」


反対側の席に座っているアイがゲンナリした表情で横にいるスザクに声をかける。


今、みんながいる場所は馬車の中だったりする。

とある場所へ向かって進んでいた。


「仕方ないだろう、ずっとすれ違いだった母娘だったからな。お前とアリエスもそう変わらんぞ。」


「そう?私はちゃんと人前では弁えているわよ。お父さんの上に乗っかっている物体と違ってね。」


そう言って、アイはスザクの膝の上に座っている人物を冷ややかな視線で見つめる。


(さすがにこの歳では恥ずかしくて無理ね。でも・・・誰もいなければ・・・、うふふ、やぱりお願いするかも?)


いくら人がいなくても、流石に16歳の娘がするには恥ずかしいどころではないと思うが・・・



「うふふ・・・、パパと一緒にお出かけ・・・」



とってもご機嫌な表情のリコンがスザクの膝の上でウキウキな表情ではしゃいでいた。




「アイ・・・」


リヴィアがおずおずとアイへと声をかける。


今のリヴィアはツインテールにしていた長い髪をバッサリと切り落とし、肩口で切りそろえた動きやすい髪型に変わっていた。

また、少し細すぎるかと思われていた体型も、少しふっくらし1ヵ月前から比べると驚く程に女性的なスタイルを誇るようになっていた。

キツい吊り目の雰囲気の表情もとても柔らかくなり、アイにも劣らぬ美少女となっていた。


「どうしたの?またお礼はもういらないわよ。それよりも、今はちゃんと食べているの?あの時のあなたは無理に締めつけるコルセットに、太ってはダメって言って極端な食事制限の毎日みたいだったからね。そんな生活を続ければ気持ちの余裕は無くなるし、いつもカリカリしていたのはそういう事だったのね。」


アイの言葉に『どっかのおかん』か?と思うスザクであった。


「ううん!やっぱり何度でもお礼を言わせて!死罪だったはずの私やお母さんを無罪放免にしてくれて。しかもよ、無罪の条件がアイ、あなたと友達になるって・・・、今でも信じられないわ。」


「そうよ、あの時のあなたの大嫌いなド平民と友達になるのよ。最高のお仕置きじゃない!それ以前に、あなたって友達がいなかったみたいだったしね。取り巻き連中はいたけど、あの事件以来、みんなそれどころじゃなくなったみたいだったしね。」



スザクが国王達を断罪し城を消滅させたり魔王を国王にさせてしまったりした事で、この国は未曾有の危機に陥った。

しかし、すぐさま教会と隣の帝国の尽力により何とか国の体裁をとる事が出来た。

魔王が復活した事により、世界中に散らばった魔族達が国に集まり、一致団結して魔王を支えた事も大きい。

元からの貴族達は学園の不正で大量に検挙されてしまい、貴族達の力が無くなってしまったのもあった。


このミエッパリー王国は王族もいなくなり、魔王は議会制という市民を代表とする合議制の民主主義の国作りを進めた。

(元国王達は帝国で更なるお仕置きを受けているとの噂だけど・・・)

魔王が国の代表になった機会に国の名前も『ミエッパリー王国』から『魔導国』と国名も変更となった。


他の国からの反発や侵略戦争も危惧していたが、この魔導国の後ろ盾には世界最強国家である帝国が、そして、魔王の第2夫人に帝国皇帝の娘スカーレットがいた為、更に教会からも勇者であるスザクと聖女アリエスの後ろ盾も大きかった。

どの国も首を縦に振るだけしか出来ず、すぐに世界に承認される事となる。



「確かにねぇ・・・、学園は未曾有の大混乱で、今でも再開は未定みたいね。学園長も行方不明だし・・・」


リヴィアの言葉にアイがちらりとリコンを見る。


(その張本人がここにいるんだけどね。)


「教師の大半が不正に関わっていたって事での大量解雇でしょ。さすがにガブリエル先生は真っ白だったけどね。それに成績改ざんの貴族ももれなく事情聴取でしょ。教師はいないわ生徒の成績は目茶苦茶だったわ・・・、それで学園が機能するのは不可能よね。」


いつの間にかアイがリヴィアの隣に座っていて、クラリッサがスザクの隣に座っている。


「そうね・・・」


リヴィアの言葉にアイがウンウンと頷いている。


「でもね、私、貴族から離れてホッとしている部分もあるの。多分、心の奥では貴族になるのは嫌だったんじゃないかな?ってね。堅苦しいのは性に合わないみたいだし、アイとね、こうやって話しているといつまでも話し続けていられるの。」


「確かにね。私もリヴィア、あなたとこうして何のわだかまりもなく話すのは大好きよ。もしかして?私達って実は気が合ったのかな?」


2人が顔を合わせてケラケラと笑っている。


「うふふ・・・」


クラリッサが2人の笑い合う姿を見て微笑んでいた。


「どうかしました?」


スザクが話すと、クラリッサが笑顔をスザクへ向けた。


「いえ・・・、リヴィアにはあんなに心を通わせる事の出来る人が出来たと思い嬉しかったのです。娘を見捨てずにいてくれて、本当にありがとうございます。」


「多分ですが、私とあなたの考えとは違うと思います。」


「どういう事です?」


不思議そうにクラリッサがスザクを見つめる。


そのスザクの膝の上にいるリコンがヤキモチ視線をクラリッサに送っていた。


「アイから聞いた話ですけど、あなたの娘さんとはよく口喧嘩していたようです。よく言うじゃないですか、『喧嘩をするほど仲が良い』ってね。その時からお互いに本音でぶつかっていたんじゃないですかね?もう十分に親友だったと思います。たまたま不幸な事故が起きましたけど、最終的にお互いの心が更に近づいたと思いますよ。それこそ私の方からお礼を言いたいです。聖女となったアイには立場上、なかなか友人という存在が出来にくいでしょう。母親のアリエスも私と一緒になるまでは心から話せる相手はいなかったと言っていました。これからもアイの友人でいてくれる事をお願いしたいのです。」


「もちろんですよ。子供の幸せを考えるのは親として当たり前の事です。こちらこそ、リヴィアの為にもお願いします。」


クラリッサが深々と頭を下げた。


「大丈夫ですよ。子供は私達の知らないうちにあっという間に成長していますからね。あの2人にはもう教える事は無いかもしれません。」






「むっ!」






膝の上に座っていたリコンが険しい顔をスザクへ向ける。


「リコン、心配するな。俺も気付いているぞ。」


「もちろん!私もよ!」


アイが自身ありげに話すと急に馬車が止まり、御者からの大声が聞こえる。



「旦那ぁあああああああああああ!大変だぁあああああああああああ!」



「ヤレヤレ・・・」と呟きながらスザクが馬車の外に出てくると、リコンとアイも続いた。


馬車の進行方向にある街道の先には・・・



「どもどもぉぉぉ~~~、通りすがりの山賊集団ですよ。」



そんな場違いなセリフを話す男が立っていて、その後ろに30名ほどの厳つい明らかに山賊然とした男達が立っていた。


「おっさんよ!金目の物と女を置いていけよ!言う事を聞かなかったならなぁぁぁ~~~」


「聞かなかったならどうなるのかな?」


リコンがズイッと前に出てくる。


「ぎゃはははぁああああああああ!何だよ!このチビはぁああああああ!」


大声で笑い始めた瞬間!







グワ!







「「「へ?」」」


空間が男達を中心に割れた。

割れた漆黒の空間の中に男達が次々と飲み込まれていってしまった。


キッチリ1秒後に空間が元に戻ったが、そこにいた30名以上いた山賊達の誰1人の姿を残さず消え去ってしまった。



クルッとリコンが振り返りスザクへ微笑んだ。


「パパ、お掃除終わったよ。」


そう言って頭をスザクへと向けた。


その頭をスザクは優しく撫でると、リコンの表情が蕩けるようになっていく。


「えへへ・・・、パパのご褒美、嬉しいな。」



「リコンちゃん、どんだけ化け物に進化しちゃったのよ。この魔法って、確かパパとお姉ちゃんしか使えない神域魔法だよね?このままじゃ娘枠最強の座を奪われてしまいそう・・・」


少し涙目のアイちゃんだったりする。









「着いたぞ!」


馬車が目的地の町へと到着する。


「へぇ~、ここが辺境の中心地ドーイ・ナーカーね。辺境の中の辺境と言われるように何にも無いね。」


アイが周りを見渡して、草原と森以外に何も無い事に感心している。


「こら!」



ゴン!



スザクの拳骨がアイの頭に落ちた。


「ここで暮らしている人に対して失礼だぞ。だけどな、俺とアリエスは老後はここに住みたいって思っているくらいなんだしな。それだけゆっくり出来る場所だぞ。」


「はぁぁぁい・・・」


とっても不満そうにアイが返事をしていた。



「スザク様、それは仕方ありませんよ。」


クラリッサがクスクスと笑っている。


「子供というものは常に賑やかで華やかなものや場所に憧れますからね。このようなところは物足りないと感じるのは仕方ないでしょう。」


「私はお母さんと一緒ならどこでもいいわ。」


リヴィアが嬉しそうにクラリッサに抱きついた。


「けっ!本当にいい子になっちゃって・・・」


そう毒づくアイだったが、表情はとても嬉しそうだった。




「この教会ね。」


町の中をしばらく歩くと町の教会へ辿り着いた。


クラリッサが先頭になって建物の前に立っていた。


町の中心にある建物だけあって、他の建物に比べるとかなり大きい。



「お待ちしておりました。」



「あれ?」


建物の中に入ると、1人の男と数人のシスターが出迎えてくれる。

そしてエマがシスターと一緒にいた。


その男の姿にはスザクもアイも見覚えがあった。


「あなた!ウリエルさん!」


そう!

あのテンプル・ナイツのウリエルがこの教会の司祭となっていた。


しかし、ウリエルがゆっくりと首を振る。


「今の私はテンプル・ナイツとしての役目を返上しました。その時、称号でもある『ウリエル』の名も返上したのです。今の私は本当の名前、『ジーク』と呼んで下さい。」


「そうなんだ・・・、でも良かったね。妹さんとずっと一緒に暮らせるなんてね。」


「教皇様には感謝しかありません。妹の病気を治していただいたばかりか、この私めにお慈悲までいただけるとは・・・」


深々とジークが頭を下げるが、その姿勢をアイが手で制する。


「こらこら、湿っぽいのはダメだよ!今日、ここに来たのはこの町に新しく出来た孤児院の院長を送りに来たんだからね。お父さんが一緒に来れば、この場所を転移で結べるようになるし、これからは人も物資も移動が一瞬になるからね。」


そう言ってアイがスザクを見るとスザクが頷く。


転移輸送・・・

全ての町の教会は無理だけど、重要な場所にスザクが手伝いとして転移で移動を手助けするるように教皇と決めていたりする。


そしてゾロゾロと全員が教会の隣の建物へと移動する。


「この孤児院が私達母娘の新しい職場なのね。」


入り口の扉を開けると1人の少女が出迎えをしていた。


見た目は15歳くらいの少女だった。


「マリアちゃん!元気になった?」


「はい!本当に色々とありがとうございます。」


アイが元気に手を振ると、マリアと呼ばれた少女が嬉しそうにアイへ抱きついた。


「うふふ・・・、本当に良くなったようね。病気は完治したけど、今までずっと寝たきりだったし、筋力も体力も全く無い状態なんだからね。いくら聖女の私でもそこまで完全に回復は出来ないからね。ここで療養しながら元の元気な体に戻していきなさい。分かった?」


「もちろんですよ。リハビリも兼ねてとっても元気な子供達と毎日元気に遊んでいますよ。」



「あ!お兄さん達だ!」



部屋に続く扉から子供達がワラワラと飛び出してくる。

この子達は例の公爵家の地下牢に囚われていた子供達だった。

マリアの療養も兼ねて、一緒に新設されたこの孤児院へと移動し、マリアとの共同生活を送っていた。


アイの計らいで無罪になったとはいえ、やはり王都にいられなくなってしまった母娘は、クラリッサはこの孤児院の院長となり、娘のリヴィアはずっと寝たきりで学園に通う事が出来なかったマリアや子供達の勉強を教える先生として一緒に住むことになった。



子供達がスザクの手を引き部屋へと連れて行ってしまう。



「元気な子供達ね。」


アイが感心したように子供達の背中を見ていた。


「ふふふ・・・、ガキンチョども・・・、鍛え甲斐があるわね。ビシバシとスパルタで教え込むわよ!覚悟してなさい!」


とても嬉しそうにリヴィアが微笑んでいた。






















そして数年が経った・・・











リンゴ~~~ン!




教会から鐘の音が聞こえる。





その教会の祭壇の前に純白のウエディングドレスを着た花嫁が立っている。





「ジーク・・・、本当に私が相手で良かったの?いざ、こうやって祭壇の前に立つと、やっぱり不安で・・・、ジークならもっと教会のお偉いさんの娘さんも・・・」



「リヴィア、俺は君だから結婚を決めんだ。それにマリアも君の事を『お姉さん』としてとても慕っているしね。」




「ジーク・・・」



「リヴィア・・・」




2人がジッとお互いを見つめている。



「お互い、色々と間違えてきたけど、こうして出会ったんだ。この出会いは運命だったと思う。だって、この出会いにはキューピットがいたからね。」


2人が参列者を見ると、スザクファミリーが手を叩いて祝福している。


「あの人達のおかげでね。勇者に聖女、最強の人達が祝福してくれるんだ。絶対に俺達の未来は明るいはずだよ。」


「そうね・・・」


リヴィアがはにかみながら頷いた。


「約束する。俺は君を絶対に幸せにする。リヴィア、愛してる。」



「私もよ・・・、だから約束を必ず守って私を幸せにしてね。ジーク、愛してる。」




2人の顔が近づき唇が重なった。












祝福の鐘と人々の歓声がいつまでも鳴り止まなかった。














---  第一部 ミエッパリー王国編  完  ---



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