第39話 (閑話)リヴィアの後悔①
リヴィアは学園を逃げ出すように帰り、屋敷に戻った安堵から全身の力が抜け、メイド達に付き添われながら自分の部屋に戻る。
部屋に入ると逃げ込むようにベッドの中に入り、シーツを頭から被りガタガタと震える。
「私じゃない・・・、私じゃないの・・・」
しかし、目を閉じるとアイが階段から転げ落ちる光景が脳裏に甦ってくる。
まるでスローモーションのように鮮明にだ。
そして、アイが階段の下で倒れて頭から大量に血が流れている光景も・・・
自分の両手にはアイを突き飛ばした感触がずっと残って消えない。
(私は公爵家令嬢のリヴィアよ。たかが底辺の平民の事で心を乱しては、この国の貴族の頂点に立つ我が家の恥よ!そんなのは忘れていつも通り貴族として気高く振る舞うのよ。そもそもよ、あの平民娘は貴族に対する礼儀すらなっていなかったのよ!平民が貴族に逆らえばどうなるか?あれは貴族の私が失礼な態度の平民を無礼打ちにしただけで、心を痛める必要すら無かったの。)
そう思い込む事で、自分の行動を正当化しようとしていた。
ザワザワ・・
「何?部屋の外から声が聞こえる?」
『奥様!お嬢様はお疲れのようですから面会は後ほど改めて!』
(お母様が私に会いに来ているなんて!お母様は我が家から見てもかなり格下の子爵家から私の父様へと嫁いできたわ。大貴族の父様を虜にしたその美貌だけで。そんなお母様だから我が家での立場はとても低いの。私は父様の血が流れているから、父様と同格に扱われているわ。だって、貴族の身分は絶対!序列を守る事をしなくなれば、貴族が平民を支配出来なくなる。そんな事をちゃんと分かっているはずのお母様がどうして?)
「リヴィア、入りますよ!」
ガチャ!
扉のノブが周り扉が開く。
「お母様・・・」
扉からリヴィアに似た少し年配のとても美しい女性が入って来る。
「あなた!一体!何をやらかしたの?」
(ドキィイイイイイイイイイイイ!)
母親からの言葉に心臓が鷲掴みにされた錯覚に陥った。
「な、何でもありません!体調が優れなくて・・・、こうして・・・」
ガバァアアアアアア!
いきなり母親がリヴィアが被っていたシーツを引き剥がす。
「お母様!何を!」
ベッドの中で丸まっていたリヴィアが驚き母親を見上げた。
「私はあなたの母親を何年していると思うの?あなた、都合が悪くなってどうしようも無くなってしまった時は、こうしていつもベッドの中に籠ってしまっていたわね。小さい時はよくしていたし、今ではそんな事は無くなってしまったのに、またこうするって事は?」
母親がとても鋭い視線をリヴィアに向けていた。
「何をやらかしたの?」
凜とした声が部屋に響いた。
母親の圧倒的な威圧感にリヴィアの全身から汗が流れる。
「答えなさい・・・」
更に低くドスの利いた声が発せられた。
「私は悪くないの・・・、そうよ・・・、高位貴族である私に無礼をした平民が悪いの・・・」
パァアアアアアアアアアン!
「え!」
乾いた音が響き、リヴィアが頬を押さえ黙って母親を見つめていた。
「お母様に叩かれた・・・、今まで1度も叩いた事のないお母様に・・・」
呆然と佇んでいるリヴィアを今度は優しく抱いた。
「リヴィア・・・、よく聞きなさい。」
耳元でソッと囁くと、正面に顔を合わせ母親が真剣な表情でジッとリヴィアを見つめる。
「あなたは確かにオーチメ公爵家令嬢よ。でもね、あなた自身が偉い訳じゃないの。今のあなたは単に公爵家の肩書きを笠に着てのやりたい放題と一緒なの。貴族とは何なのか学園の授業でも習っているんじゃない?」
「は・・・、はい・・・」
リヴィアが小さく頷く。
「貴族はね、王族も含めて、国民が一生懸命働いてくれたお金を税金として国に納めて、そのお金を私達へと分配させてもらっているのよ。そのお金を使って王族は国民、私達貴族は領民の暮らしを良くする為に活用するのが、本来の貴族と領民との関係よ。それをあなたは貴族でない者を平民と罵る。領民に食べさせてもらっている感謝すらないわね。」
「お母様・・・」
「私もこの家の先代奥様の後妻として入ってからはね、家の中でも身分差でずっと苦しんでいたわ。元々、私の生家であったメジーマキ子爵家はもう貴族籍返上寸前まで落ちぶれていたの。そんな家を援助してくれたのが、私の旦那様、あなたのお父様よ。でもね、あの人は生粋の貴族至上主義、子爵家の私ではあなたを満足に教育出来ないと言われてね、教育全てをあの人の手配した家庭教師に任せるようになったの。貴族云々以前に人として1番大切な事は何かを教える事もなく・・・」
厳しい表情で見つめていた母親がニコッと微笑む。
「でもね、私は知っているのよ。リヴィア、あなたは本当は心優しい娘だってね。このベッドに籠るのも今までに受けた教育での考え方と、自分が思っている考え方の違いでどうするのか分からなくなって混乱しているだけだからね。」
リヴィアがジッと母親の顔を見つめる。
「奥様!お嬢様!大変です!」
1人のメイドが慌てて部屋に入ってくる。
「どうしたのですか?そんなに慌てて?」
「いきなりお部屋に入りまして大変申し訳ありません!ですが!」
「落ち着きなさい。とうとうこの日が来たようですね。」
母親の落ち着きようにメイドも落ち着いたようだ。
(一体、何が起きたの?)
メイドの慌て振りにただ事ではないとリヴィアは薄々嫌な予感を感じていた。
そんな嫌な予感が心を重くしてくると、再び体がガタガタと震えだしてくる。
「落ち着きなさい。」
再び母親がリヴィアを抱いた。
「淑女たる者、常に優雅に微笑みを絶やしてはいけません。いついかなる時も。」
(不思議・・・、お母様の温もりがここまで落ち着くなんて・・・)
自然と体の震えが止り、安堵した表情になった。
「ここにいましたか?クラリッサ・オーチメ公爵家夫人。」
部屋に金色の鎧を纏った男が入って来る。
その男を見てリヴィアが愕然とした。
「ガブリエル先生!どうしてここに?それにこの鎧姿は何なの?」
「リヴィア君、学園での教師の姿は仮の姿ですよ。とある重要なお方の護衛の為に身分を偽装していました。」
いつもの和やかイケメンスマイルのガブリエルは、今は真剣な表情で2人をジッと見つめている。
「仮の姿?それじゃ先生の本当の姿って何よ!」
少しパニックを起こしたのか、リヴィアの口調が荒くなっていく。
「リヴィア!つい今も言いましたよ。いついかなる時も、優雅に落ち着いた態度でとね。」
「は、はい・・・」
母親がリヴィアから離れるとリヴィアがふらつき、慌ててメイドが彼女を支えた。
ゆっくりと確かな足取りで母親がガブリエルの前まで歩いて行く。
「お!お母様!」
リヴィアが大声を上げてしまった。
それはその筈・・・
母親がガブリエルの前で跪き深々と土下座をした。
「お母様ぁあああああああああ!」
メイドの手を振り切りリヴィアが慌てて母親へ駆け寄った。
「お母様!公爵家のお母様が何でそんな惨めな事をするの!そんなのおかしいよ!我がオーチメ公爵家は王族に連なる由緒ある家柄よ!何で先生ごときに頭を!しかも1番屈辱的な土下座なんて!」
リヴィアがギリギリと刺すような視線をガブリエルに向ける。
「リヴィア!あなたは今まで何を学んできたのですか!公爵家たる者、貴族だけでなく教会関係者もちゃんと把握していなければいけない事を学ばなかったのですか?王妃教育でも必須の項目の1つですよ。」
「教会ですって!」
「そう、我が娘の粗相をお許し下さい。そのお名前にその黄金に輝く鎧姿、あなた様は教会のテンプル・ナイツ第3席ガブリエル様で相違ないですね。」
その言葉にガブリエルがゆっくりと頷いた。
「そ、そんな・・・」
ガックリとへたり込んでしまう。
「嘘よ・・・、先生が教会の・・・、しかも最強と呼ばれるテンプル・ナイツの1人・・・、終りよ・・・、私はもう終りよ・・・」
「そちらの方は安心して下さい。あなたが罪に問われる事はありません。」
「どういう事です?」
信じられない表情をガブリエルに向けてしまう。
「アイ様は確かに大怪我を負いましたが、真なる勇者であるお父上のお力で無事に回復され、そして本来のお姿の聖女となられました。」
「は?真の勇者?あの子が聖女?」
「やはりそうでしたか・・・」
母親がゆっくり頷いた。
「お母様!何を知っているのですか?国王様が魔王を倒した勇者様ですよね?そうですよね?」
しかし、母親はゆっくり首を振る。
「私も後妻で詳しい話は聞いていませんでしたが、お酒に酔った旦那様がポロリと私に口走ってしまったのです。『本物の勇者は街の中で聖女と一緒に平民として暮らしている。』とね。すぐに慌てて否定していましたけど、この件は国の重鎮だけが知る最上級の機密事項だったと私は思っていました。」
「さすがはクラリッサ様ですね。貴族の中でも最も清廉潔白と有名なメジーマキ子爵家のご息女だけあります。この淑女たる佇まいに、1を聞いて10を知るとまで言われたあなたの聡明さには頭が下がります。」
そう言って、ガブリエルが深々と頭を下げた。
「いえいえ、メジーマキ子爵家は生真面目、それ以外に取り柄がないだけで、おかげでいつも貧乏な田舎貴族の代名詞みたいなものでしたよ。」
クラリッサはウフフと柔らかく笑った。
「先生!いえ!ガブリエル様!」
リヴィアがジッとガブリエルを見つめる。
「あの子は、アイは本当に聖女だったのですか?」
ガブリエルがゆっくりと頷いた。
「そ、そんな・・・、私は何て事を・・・」
ペタンと力無くリヴィアが床に蹲ってしまった。
「ここまで気にするって、あなた本当に何をしたの?」
鋭いクラリッサの視線がリヴィアを貫く。
さっきから1人で部屋の隅にいるメイドは、どうすれば良いのか分からずただその場でオロオロしていた。
「ちょっとした口喧嘩で・・・、私がカッとなって・・・、アイを階段から・・・」
リヴィアの瞳から涙がポロポロと零れる。
「そんなつもりはなかったのに・・・、ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・」
うわごとのようにブツブツと「ごめんなさい」の言葉を呟いている。
「そういう事でしたの。」
クラリッサが大きな溜息をする。
「いくら子供同士の喧嘩とはいえ、相手に大怪我をさせて逃げ出してきたのね。貴族どころか人としても間違っているわ。まぁ、どうやら反省はしているみたいね。」
ドォオオオオオオオオオオオオン!
大きな破壊音と同時に屋敷全体が揺れた。
「何!何!何!」
いきなりの事にガブリエル以外の者はオロオロとしてしまう。
しかし、クラリッサだけはすぐに落ち着いた。
「どうやら我がオーチメ公爵家も終わりのようですね。」
「お母様!どういう事です?終わりって?」
意識が回復したリヴィアが慌てて母親へと詰め寄る。
「文字通りです。このオーチメ公爵家は取り潰しになるでしょう。しかも、私達一族は全員死罪に・・・、ガブリエル様はその為にこちらへとお越しになったのですね?」
クラリッサの言葉にガブリエルがゆっくりと頷いた。
「そんな・・・、死罪なんて・・・、嘘よ・・・、ねぇ、先生・・・、嘘よね?」
リヴィアの言葉にはガブリエルはゆっくり首を振る。
「嫌よ・・・、だって、まだアイにも謝っていないのよ。それに何でオーチメ公爵家が裁かれなくてならないの?先生、教えてよ。」
「アイ様にはあなたからの謝意は伝えておきます。もう2度とお目にかかる事は無いでしょうから。」
「どうして?どうしてアイに会う事も出来ないのよ?お願い!アイに会わせて!」
しかし、ガブリエルは首を横に振る。
「どうしてなの?一体お父様達は何をしたっていうの?死罪になる事って?」
「ガブリエル様・・・」
クラリッサがゆっくりと前に出る。
再びガブリエルの前で土下座を行った。
「リヴィアは我が公爵家の闇の事は全く知らずに育てられてました。お願いです。私の事はどうなっても構いません。どうか!どうか!どうか!リヴィアだけでもお情けを!」
「お母様!公爵家の闇って何なのよ!何で私に教えてくれなかったの?」
「リヴィア・・・」
頭を上げリヴィアの顔を見つめるクラリッサの瞳からは涙が溢れていた。
「あなたには知られたくなかった。どんなに隠していても、いつかはあなたは真実を知ってしまうのでしょう。心して聞きなさい。」
ゴクリとリヴィアの喉が鳴った。
「我がオーチメ公爵家の裏の顔は・・・、王都に巣くう闇組織の元締め。その内容は、違法薬物の流通、スラム街の住民を攫っての違法奴隷の売買、違法魔道具の製造等と多岐に渡る犯罪を行っていたの・・・、我が家はこれだけの犯罪に手を染めていたの。」
「嘘でしょう?そんなの・・・」
またもやリヴィアがガタガタと震えだした。
「これが私の家?国内の貴族を束ねる由緒ある公爵家?アイ・・・、あなたに謝りたかったのにこれじゃ・・・」
「私・・・、何を信じていけばいいの?もう頭が・・・、何も考えたくない・・・」
フラッと貧血を起こしたように、リヴィアが顔面蒼白な状態で気を失ってしまった。
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