第35話 嫁X2&娘、父に近づく害虫を退治する

「ホント、お母さんって容赦無いね。」


気を失っているビャッコをアイが自分の膝枕で介抱している。


アンデッドなのに気絶するの?


そんな疑問を持つ者もいるだろう。



しかし!



「気にしたら負け!」


そう思って下さい。(笑)



「アイ、それは仕方ないのよ。聖女の心得『悪・即・シバク!』が体に染み付いてしまっているからね。悪と認定しちゃったら自然と体が動いちゃうのね。」


「それでもやり過ぎには変わらないわ。今となっては恋に燃える乙女みたいなものだしね。好きな人がお母さんにフルボッコされてしまえば、誰だって助けようとするわよ。」



本当にどっちが大人なんでしょうね?





「ふふふ・・・、不思議だな。」


ガルシアが笑みを浮かべる。


「どうした?」


かつての戦いでは見る事の無かったガルシアの表情に、スザクが不思議そうな表情で見つめていた。


「いやな・・・、我がこの世界に召喚される前にいた元々我がいた世界は、常に闘争が求められていた世界だった。親しい友と呼べる者もいなく、常に誰かと戦っていたよ。親子や兄弟でも強さの序列が全て、いつどんな時も戦いに備え気が休まる事が無かったな。」


「そんな世界は勘弁だな。」


スザクがわざとらしく肩を竦める。


「今の我ならお前の気持ちも分かるような気がする。そしてリリス様の気持ちもな。あの時のお前達はまるで抜き身の剣のような鋭さの殺気を放っていたが、今のお前と聖女からはあの時の様な殺気は感じない。あのリリス様さえ今の聖女のような波長を感じる事があるぞ。」


「それはアイに対する『愛情』だな。ここまで分かるお前ならアリエスの強さも理解しているだろうな。またアリエスと勝負してみるか?」


スザクとガルシアは目を合わせてしまう。


「お前のセリフじゃないがもう勘弁だな。今の穏やかな気持ちがずっと続けばいいと思う程だ。スザクよ、我はお前に感謝する。戦う事しか知らなかった我に新しい道を示してくれてな。それと・・・」


ガルシアの赤い瞳が怪しく光る。


スッ・・・


「あれ?」


アイが膝枕をしていたビャッコの姿が消えてしまう。


ビャッコがいつの間にかガルシアの腕に抱かれていた。


「コイツをどうするつもりだ?」


スザクがニヤニヤと笑っている。


「この娘は我の事を好きだと言っていた。先ほどは我を救うために無謀にもお前達に挑んできた。ここまで好意を持たれていると分かって何もしないとは男が廃る。それにな・・・」


ガルシアがジッとビャッコの顔を見つめていた。


「我も愛というものを理解したくなった。お前が言っていた『優しい魔王』になるに必要な感情だろうしな。それにこの世界の事は我はあまりにも知らなさ過ぎる。我も色々と覚えなくてはいけないからな。そう考えると、この者は適任だろう。」



「むにゃむにゃ・・・、あれ?」



目を覚ましたビャッコがキョロキョロと不思議そうにしている。


「私、夢を見いているのかな?魔王様に抱かれているなんて・・・、ははは・・・、私もとうとう聖女に成仏されてしまったのかな?」


「何を寝ぼけている。というか、アンデッドであるお前が夢を見る訳がなかろうが。我の番になりたいと思うなら、ちゃんと我の隣に立てるよう気を引き締めろ。」



「はい?」



ビャッコが怪訝な表情でガルシアを見つめていた。

どうやら、まだ自分の置かれている状況を理解していないのだろう。



「・・・」



「・・・」



「・・・」



ボン!



ビャッコの顔が真っ赤になる。




「にゃぁああああああああああああ!」





「魔王様が!魔王様が!私を!」


「どうした?我に抱かれる事がそんなに嫌なのか?嫌なら仕方ないが・・・」


ガルシアが優しくビャッコを見つめる。


「いえいえ!そんな事は!最高のご褒美です!」


かなりテンパっている状態のビャッコだったりする。


「そうか・・・、そんなに嬉しいとはな。ならば、我がお前に命令を下そう。最高に難しい命令だ。かつての魔王軍は我、魔王の命令は絶対だったからな。どんなに無理な命令だろうがな。命令に逆らう事は死を意味する。それくらいは分かっているだろうな?」


「はい!私は魔王様の絶対なる忠実な部下!どんな命令でも必ずや遂行します。」


「うむ・・・、それは心強いな。」











「え?今のは・・・」











ビャッコが完全に固まってしまった。


ガルシアがビャッコのおでこに軽くキスをしたからだ。


「それでは命令だ。お前は今後我の伴侶となり、生涯我に付き添うのだ。そして、我に愛というものを教えるのだ。拒否は認めん。」




「ぐすっ・・・」




ビャッコの瞳から涙が止めどなく溢れてくる。


ガルシアの腕に抱かれたままのビャッコだったが、ガルシアの首に両手を回しギュッと抱きついた。


「は、はい・・・、必ずや魔王様のご期待に応えられるよう、生涯魔王様に尽くしていきます・・・」








「はぁ~、何てものを見せつけてくれるのよ。」


アリエスがニヤニヤしながらリリスへ視線を移した。


「残念だったわね。せっかく建てた城がスザク用でなくなってしまってね。それこそ、本来の持ち主に返ったって事ね。」


「仕方あるまい・・・、スザクが喜んでくれれば妾はそれで満足だからな。それにしても、この展開、どこまで考えていたのだろうな?」


2人の視線がスザクへと向く。


「どうした?俺の顔に何か付いているのか?」



「「いいえ・・・」」



アリエスもリリスも嬉しそうに微笑んでいる。


「あなたと一緒になれて心から嬉しいと思っているの。」


「妾もよ。貴様と一緒にいると毎日が飽きないな。」






「がはははははぁあああああああああああああああ!」


みなさんお忘れかもしれないが、ブラックドラゴンに乗ってきたマッチョ男が豪快に笑いながらスザクへと近づいてくる。


「貴様!やったな!」


面白そうにスザクの背中をバシバシと叩く。


「どういう事だ?俺は何もしてないぞ。」


「何を言っている!」


マッチョ男が二カッと笑う。


「これであのアホどもがいなくなっても国が割れる事が無くなったな。誰もあの魔王に喧嘩を売るヤツはいないだろうし、それこそ手を出そうものなら、あの魔王が1人で乗り込んで国ごと滅ぼすのが目に見えるぞ。」


そしてチラッと後ろに控えているブラックドラゴンを見る。


「いくらこいつだろうが魔王には勝てまい。」


その言葉通りドラゴンがプルプルと首を激しく振っている。


「お前の言葉通り、あの魔王が『優しい魔王』になれば、いまだに燻っている人族と魔族の軋轢も良くなるかもな。この国はかつての魔族国のような完全に人間と敵対する国にならない事を祈るぞ。そうなれば俺の帝国も楽になるだろうしな。」


「任せろ。」


スザクがニヤリと笑う。


「ここには『悪・即・シバク!』の聖女が2人もいるんだぞ。聖女は悪人に対してはもれなくお仕置きだ。この国だけでなく、いくらお前が帝国の皇帝だろうが、お前が咎人になれば容赦はせん。」


「ふはははぁあああ!本当にお前が俺の後継になれば良かったとどれだけ思っただろうに。」


「教皇と一緒なことを言うよ。さすがは親子とういべきか?」


「親父も同じ事を言っていたか!だけどな、帝国は教会以上に楽だぞ。ここは完全実力主義だからな。俺のような先代の女皇帝の入り婿であろうが、力さえあれば血筋は関係なく皇帝になれるのだぞ。」


「それは何度も言うが勘弁だからな。」


お互いにフッと笑う。


「だったら俺の娘・・・」


「だからその話は無しだ!俺にはアリエスがいるからな。それに、もう1人が追加になってしまったし、それ以上にアイの事もある。無事に学園を卒業させないとな。」


「そうだな・・・、親は大変なのは身分も国も関係ないかもな。」


「まぁ、そういうな事だ。もし何かあったらギルドにSSS依頼を出せば俺が飛んでくるさ。」


スザクが手を伸ばすと皇帝がその手をギュッと握る。


「頼りにしているぞ。」







「ちょっとおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


どこからか女性の声が聞こえる。


フワリとホワイトドラゴンがスザク達の前に降り立った。


「ずっと出番が無くて一度も顔をも出せずに退散かと思ったわ!このまま何もしないで帰るなんて恥よ!恥!」


ホワイトドラゴンの背に1人の女性が騎乗しており、機嫌が悪そうにスザク達を睨んだ。


「あなたが本物の勇者で間違いないわよね?」


手に持っている槍の穂先をスザクへと向ける。


「だったら私と手合わせしなさい。」


「おい!スカーレット!いくらお前でも敵うはずがない!」


皇帝が怒鳴るが、彼女、スカーレットが不敵に笑う。


「父上!やってみないと分からないではないですか!私はずっと勇者様にあこがれ、勇者様のお傍に仕える事を夢見てきたのですよ!あわよくば、伴侶に・・・、ごほん!」


ちょっと顔を赤くしてキッとスザクを睨んだ。


「高いところかから私が見下ろしていても失礼だったわね。」



スタッ!



予備動作も無しに騎乗してした姿勢から地面へ飛び降りた。

この仕草でも分かるように、彼女の戦闘能力は相当に高いだろう。


槍を構え、スザクの正面で対峙する。


彼女のサイドポニーで結んだ青く長い髪がサラサラと風で揺れており、アメジストの宝石のように紫色に輝く瞳がスザクを見据える。


「父からは本物の勇者とお伺いしております。私は勇者と戦う為に、私が勇者の隣に立つことが相応しいと証明する為に、お手数ではございますが手合わせお願いします。」






「ちょっと待ったぁああああああああああああああ!」



ザザザッ!



アリエス、リリス、アイがスザクとスカーレットの間に立った。


「聞き捨てならない言葉が聞こえたわね。誰の許しを得てスザクの傍にいようとしているのかな?」


アリエスがハイライトのない瞳をスカーレットへ向ける。


「スザクの右隣はアリエス、そして左隣は妾の定位置だ。それれを横取りしようとする泥棒猫は誰なのかな?」


リリスの足元から少しづつ瘴気が溢れている。


「3人目のお母さんはいらないよ。倍返しで返品してあげる。」


ニチャ~と、粘着質な笑みをアイが浮かべた。


「ふふふ・・・、相手に不足なし!良かろう!3人一度にかかってくるがよい!私とお前達の力の差!分からせてやる!」



カッ!



スカーレットが真っ先に飛びだした。

しかし、すぐに目が驚愕で開かれる。


(いつの間に!今、目の前にいるのはたった2人、もう1人はどこに?)



「気付くのが遅いわよ・・・」



スカーレットのすぐ真後ろから声が聞こえる。


アリエスが後ろからスカーレットに密着し、グッと腰に両手を回して抱え上げた。


(ま!不味い!)


一瞬の浮遊感を感じた。

そう思った瞬間に一気に体が落下した。



ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!



お尻(尾てい骨付近)に今まで経験した事のない衝撃が襲った。



「ぎゃぁあああああああああああああああああああ!」



あまりの激痛にお尻を押さえゴロゴロと地面を転がってしまう。



「尻がぁあああああ!尻がぁああああああああああああ!」


美人が台無しの光景だった。


「まずは軽くアトミック・ドロップで挨拶ね。」


(どこが挨拶よ!この人、確実に私を殺しにきているの?)


とんでもない痛みに耐える事も出来ず、無様にお尻を上に突き出しながらうつ伏せになっていた。


「最近の若いもんは根性が無いの。」


リリスがスカーレットの両足を脇に抱え仰向けにする。


(な、何をするんだ?)


痛みと恐怖で涙が出そうになるスカーレットさんだったりする。



ブォン!ブォン!ブォン!



自分がリリスを中心にして振り回されているのを体で感じる。


(血が・・・、頭に血が・・・、集中する・・・)


このままリリスが手を放してしまえば、遠心力で自分がどれだけ飛ばされてしまうのか?


「いや!いや!止めてぇえええええええええ!」


「何を甘い事を言っておる。先に喧嘩を仕掛けてきたのは貴様だろうが。覚えておくのだな、誰に喧嘩を売ったのかを・・・」


ニチャ~と笑みを浮かべたリリスが更に回転のスピードを上げる。


(頭が・・・、もう・・・、何も考えられない・・・)



ブゥン!



リリスが勢いよくスカーレットを空中に放り投げた。


(あぁ~~~、これで私は楽になれる・・・)


空中に投げ出され体が無重力状態になっていた為、彼女の精神はとても気持ちよく感じている。




が!




世の中、そんなに甘くない!



「アイちゃん!パス!」


「はいよ!お姉ちゃん!」


バサッ!


アイの背中に翼が生え、リリスが放り投げたスカーレット目がけて飛び立つ。


ガシ!


空中を飛んでいるスカーレットの両足首を両手で掴むと、そのままの状態で一気に上昇を始めた。

かなりの高さに上昇しピタッと止った。

スカーレットの体勢は、アイが足首を掴んでいる状態なので逆さ吊りの状態だ。


ニヤリとアイの口角が上がる。


「さぁ~~~て、仕上げよ!」


両足首を持ったままのアイだったが、逆さ吊り状態のスカーレットの上腕に足を乗せてそのまま落下を始めた。


空中では何も出来ない上に、アイに足首をガッチリと掴まえられてしまっているので、全く身動きが取れない。



「いやぁあああああああああああああああ!死ぬ!死ぬぅうううううううううううううううううううう!」



頭から真っ逆さまに地面へと落下しているものだから、スカーレットの頭の中には大量の『死』の文字が駆け巡っていた。


しかし!

そこはドS女王の娘でもあるアイだ。


相手のそんな恐怖などお構いなしに、ガッチリとスカーレットの体を固定しグングンと落下していく。




ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!




・・・・・



・・・



スカーレットが地面に頭をめり込ませ、両手を広げた状態で直立不動の姿勢で刺さっていた。



ピクリとも動かない。



「下が柔らかい地面で良かったわね。石の床だとこうはいかなかったわ。ふふふ・・・、私達を分からせるつもりのようだったけど、逆に分からせられた気分は?これに懲りて、2度とお父さんに色目を使わないでよ。まぁ、こんな状態だから聞こえていないみたいね。」



スザクの嫁×2&娘を敵に回せばこうなると・・・


世界最強の軍事国家である帝国でも太刀打ちで出来ない存在だと知らしめたのであった。

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