第23話 教皇、枢機卿を物理的に分からせる⑥
ポイ!
アイがクヤークを無造作に放り投げる。
ゴロゴロ・・・
ピタ!
白目を剥き口から涎を垂らしているクヤークがグロハーラの前に転がった。
酷い!
悪役とはいえ、あまりにアイの扱いが酷いと思うのは気のせい?
「クヤーク・・・」
グロハーラがワナワナと拳を握り締め自分の足下に転がったクヤークを見ていた。
「後はお前1人だけだな。」
スザクがゆっくりとグロハーラへと歩き始める。
その後ろにはアイも続いている。
「ぐ・・・、この私が・・・、私が教会のトップに君臨するはずだったのが・・・」
グロハーラがギリギリ奥歯を噛みしめ、恨みを込めた視線をスザクへと向ける。
「貴様さえ・・・、貴様さえいなければ・・・、16年前もそうだ・・・、貴様が私の全てをぶち壊してくれた。貴様がなぁあああああああああああ!」
とてつもない殺気を込めた視線だったが、当のスザクはどこ吹く風といった様子で全く気にしていない。
「ふぅ~」と溜息を吐く。
「よく言われれているじゃないか。知らないのか?」
「何をだ?」
「悪の栄えた試しは無いとな・・・」
「そんなのは物語の話じゃないか!そんなのは夢なんだよ!夢!人の心は悪!悪こそが正義なんだよ!どいつもこいつもそうだ!正義ぶっているが、腹の中は真っ黒なんだよ!他人を蹴落とし、自分だけが恩恵を享受しようと考えているんだよ!」
「そんなの悲しいよ!」
「アイ・・・」
アイがグロハーラの前に立った。
「確かに人の心には裏表があるのは間違いないし、あなたの言葉も全部が間違えていないと思う。私も小さい頃から人の悪意には色々と晒されてきたわ。学園でも気に入らないってだけでどれだけ虐められてきたか・・・、特にあのボンクラ-ズにはね。でもね、人はそれだけじゃないんだよ。こんな私にも手を差し伸べてくれる人もいたわ。お父さんもずっと影から私を守り続けてくれた。自分がどれだけ蔑まされてもね!そのおかげで私は間違えなかったと思う。人の持つ温かさにね!だから!」
グッと拳を突き出す。
「私はあなたを否定するわ!真っ向からね!」
ザッ!
アイの前に騎士が1人立ちはだかった。
「お前はウリエル!」
グロハーラが叫ぶ。
ウリエルと呼ばれた騎士が剣を鞘から抜き、切っ先をアイへと向ける。
「私はテンプル・ナイツ5席のウリエル、我が主人に害を為す者は排除するのみ。」
とても冷めた目でウリエルがアイを見つめていた。
「何でよ、この人は教会を目茶苦茶にしようとした人なのよ。どうして今さらこの人を守ろうとするの?」
「私はグロハーラ枢機卿様の忠実な護衛、それ以上でもそれ以下でもありません。私の主君に害を及ぼす者、全てを私が排除します。主君が善だろうが悪だろうが仕える主君を裏切る事はありません。それが忠義・・・」
グロハーラがニタリと笑う。
「ウリエルよ!私が逃げるまでの時間を稼ぐのだ!」
「御意!」
「ウリエルさん!お願い!目を覚ましてよ!あなたのような人なら分かっているでしょう?」
「私はグロハーラ枢機卿様をお守りする護衛としての存在意義以外は持ち合わせていません。いくら聖女様といえども善悪の問答をする気はありません。」
ウリエルがグッと剣を正眼に構える。
「どうしてもあなた様の意地を通したいのであれば、私を倒してからにして下さい。。ですが、私もただで通すつもりはありません。」
「その心意気や良し!」
「この声はおじいちゃん!どこにいるの?」
いきなり教皇の声が響く。
「すまんすまん、ちょっと気持ち良くて眠ってしまっていてな・・・」
「そんなバカなぁあああああああああああああああああ!」
グロハーラが叫んだ。
「貴様はラファエルに切り刻まれて死んだはずだ!あの状態で生きているはずが無い!それこそ、今!貴様はどこにいるんだ!」
「仕方ないのぉ~~~、そんなに儂の姿を見たいのか?だったら見せてやろう。」
ドォオオオオオオオオオオオンンン!
教皇を圧し潰し崩れ落ちてしまった祭壇の瓦礫が爆発を起こす。
「何が起きた?」
グロハーラの額から汗が滴り落ちる。
大量の煙が立ち込め、祭壇付近が全く見えなくなってしまった。
しばらくすると土煙が薄くなり、徐々に状態が分かるようになってくる。
そこには・・・
一人の人影が立っているのが見えた。
「き、貴様は生きていたのかぁあああああああああああああああ!」
目を見開き、信じられない顔のグロハーラが人影へと叫んでいる。
そして今やアリエスの座布団と化したラファエルへ顔を向けた。
「お前ぇぇぇぇぇ、失敗したのか?」
そんな親子の雰囲気だったが、アリエスがニヤリと笑う。
「あなた・・・、教皇ってどんな人だったのか知っているんじゃないの?まさか、知らないっていうのかな?グロハーラ、だったらあなた・・・、終わったわよ。ご愁傷様ね。」
「どういう事だ?あのじじいに何がある?」
恐怖の顔でグロハーラが祭壇の方へと顔を向けた。
「う、嘘だ!どういう事だぁあああああああああああ!」
教皇が何食わぬ顔で立っている。
「グロハーラよ、どうした?儂が普通にいるのがそんなに不思議か?ふははは・・・、っ!ゲホ!ゲホ!」
いきなり教皇が咳込んでしまう。
「教皇・・・、こんなホコリっぽいところで高笑いをするからだよ。年甲斐もない事をするもんじゃないぞ。」
スザクが呆れ顔で教皇を見ていたが、すぐにニヤニヤ顔に変わる。
そんなスザクに合わせてか、アリエスもニヤニヤ顔になっていた。
「何?何?どういう事?」
アイは両親の態度に頭の上に大量の『?』マークを浮かべ、少し挙動不審者のようになってしまっている。
「アイ、落ち着け。」
「お父さん、どういう事なの?おじいちゃんって何者?」
「まぁ、見ているんだな。教皇のやる事をな。あの時、俺とアリエスが全く慌てていなかった事が分かるぞ。」
確かに・・・
教皇がラファエルに切り刻まれてしまった時、アイは我を忘れてしまう程に逆上してしまったが、2人は全く慌てていなかった。
アイはその事を思い出し、じっと教皇を見つめた。
だけど・・・
埃でむせている姿を見て、ちょっと大丈夫かな?とも思っていたりする。
「どうして貴様はピンピンしているんだ!確かにラファエルは貴様を切り刻んだはずだ!」
「確かにな・・・、そう見えていたんだろう。でもなぁ~~~」
教皇が自分の法衣をマジマジと見つめている。
ラファエルの斬撃は教皇の全身を切り刻んだように見え、実際に教皇の法衣は上半身が特にボロボロになってしまっていた。
「あぁぁぁ、大切な儂の服がボロボロになってしまったな。信者様からの大切な寄付であつらえた服が・・・、勿体ない事をする。グロハーラよ、我らは信者様達からのご厚意で生かされている事を忘れたか?信者様の寄付、それはとてもとても大切なもので、私利私欲には決して使ってはならぬものじゃ。貴様はそれを忘れてしまったようだな。」
バリバリ!
教皇がボロボロの上着を破り捨てた。
「何だとぉおおおおおおおおおおお!」
グロハーラが叫ぶ。
本当にさっきから叫んでばかりでうるさくてたまらないと、みんなが思っていたりする。
服を破り捨てた教皇の上半身には不思議な事に傷などは全く無かった。
普通の年相応の老人の姿の教皇が立っているが、さっきの光景を見ていた者にとっては違和感しか感じない。
「貴様は確かに切られたはずだ・・・、あのラファエルの必殺剣をその身に浴びて・・・、だが!どうして傷が一つも無い!それにだ、あの瓦礫の山に埋もれていたのにも関わらずだぞ!どんなトリックを使ったんだよ!」
「ふふふ・・・、トリックだと思ったか?だったら、貴様の目は節穴だったという事だな。枢機卿までになった者がここまで周りを見る事が出来なくなっていたとは・・・」
「な!何を言っている!貴様の言っている意味が分からんぞ!」
「それでも結構!もう貴様はこの教会にはおられなくなるからな。儂が引導を渡してやろう。」
教皇がピタッと黙った。
「はぁああああああああああああああああああああ!」
深く息を吸い込む。
「そ、そんなぁぁぁ・・・」
グロハーラがペタンと尻もちをついてしまった。
ミキミキミキィイイイイイイイイイ!
老人の姿の教皇がみるみるうちに変化を始める。
ヒョロヒョロの筋肉のない腕がモリモリと筋肉が盛り上がり、胸はまるでボディビルダーのようなパンパンにはち切れんばかりの筋肉に覆われた。
腹筋も見事なシックスパックに分かれ、ピクピクと脈打つように動いている。
更に驚いたのは、老人として多少身長が高い感じだったのに、手が、足が太くなるにつれて長くなっていくではいないか!
元の身長よりも遥かに高くなっている!
老人だった姿の教皇が筋肉モリモリのマッチョマンに変身した。
例えるなら、リアル世紀末覇〇〇オ〇と言えば分かるかな?
「あわわわわわ・・・、コレが・・・、じじいの本当の姿だと?」
完全に腰が抜けているグロハーラだった。
教皇はしばらく佇み、自分の腕や足をマジマジと見渡した。
「ふぅ~、この姿になるのも久しぶりだな。」
ニヤリと笑う。
「グロハーラよ、テンプル・ナイツの第1席がなぜ空白なのか知っているか?」
プルプルと小刻みに首を振っている。
「第1席は儂だからだよ。儂を負かす者がいれば後進に席を譲ってもいいのだが、いまだに儂の領域に達する者はおらん。だから、ずっと空けているだけだ。かつての枢機卿、今は教皇の仕事が忙しくてな、なかなかテンプル・ナイツの仕事が出来なくて、貴様に誤解を与えたようだ。さぁあああああああああああああああああ!第1席ミカエルの力!その身に受けるがよい!」
ザッ!
「!!!」
マッチョ教皇の前にウリエルが立ちはだかった。
「教皇といえど、私の主はグロハーラ枢機卿様です。刃を向ける無礼をお許し下さい。」
そう言ってウリエルが剣の柄を握り、スラリと剣を抜いた。
「その忠義、見事!忠臣とはお主のようにかくあるべきだな。」
「恐れ入ります。」
深々とウリエルが頭を下げる。
「だがぁあああああああ!」
教皇が拳を胸の前でギュッと握りしめた。
「今の貴様は教会最強の10人に任命されるテンプル・ナイツの1人。お前も知っておろう、テンプル・ナイツの存在意義は『力無き者達の剣と盾』とな!だが!今のお主はどうだ?盲目的にグロハーラに従う忠臣と自分で言っているが、真の忠臣とは?主が間違えていれば命を賭して正しき道を進言する者!だが、お主はそれをしなかった。我が命可愛さにな・・・」
「くっ・・・」
ウリエルが悔しそうに唇を噛む。
「だが、私にはそれしか道は無かった。私の妹の為に、妹が私の全てなのだ!妹の治療の為には莫大なお金がいる!その為に私は心を殺し忠誠を誓ってきた。決して我が命が助かりたいが為に従っていた訳ではない!」
「そうか・・・、だが!」
グッと教皇が拳をウリエルへと向ける。
「男たるもの!一度決めた信念を曲げずにいたのは見事!この一撃で終わらせてやろう。苦痛も感じる事もなく一瞬でな。それが儂の情けだ。
「私も負けられない!覚悟ぉおおおおおお!」
(何?この熱血展開?)
あまりの急展開についていけないアイだった。
「お命頂戴!」
ウリエルが剣を下段に構え一気に教皇へと飛びかかった。
「奥義!」
「遅いぞぉおおおおおおおおおお!」
教皇が叫び無造作に拳を突き出した。
(バカなぁああああああああ!)
ウリエルは目の前の光景が信じられなかった。
無造作に教皇が突き出した拳が巨大な拳となって自分へと向かってくる。
(これが教皇の本気の力!勝てない!絶対にぃいいいいいいいい!)
ドキャァアアアアア!
巨大な拳状のオーラにウリエルが吹き飛ばされてしまう。
剣も鎧も粉々に砕け地面に横たわっていた。
「マリア・・・、この不甲斐ない兄を許してくれ・・・」
ザッ!
教皇が横たわっているウリエルの頭の上に立った。
「覚悟は出来たか?」
教皇が拳を握りボソッと呟いた。
「はい・・・、悪に与した行為の覚悟は出来ています。願わくば・・・、私の命はどうなっても構いません。どうか・・・、妹の!マリアの命だけは!」
「分かった。その願い聞き入れよう。さらばだ!」
腰を屈めウリエルの顔面へ拳を振り下ろした。
ドォオオオオオオオオオオオン!
「どうしてです?」
教皇の拳はウリエルのすぐ横の床を殴っていた。
ウリエルの顔には傷が一つも付いていない。
「さぁな・・・、儂も歳のせいか老眼が酷くて目測を誤ったようだな。」
ニカッと教皇が笑う。
「それとな、今の教会には聖女がいるんだぞ。全ての傷や病気を完全に治す『パーフェクトヒール』が使える聖女がな。それも2人もな・・・、彼女達に頼んでみるのだな。今なら大バーゲン無料セール中だ。グロハーラのような高額な治療費は一切かからん。覚えておけ。」
クルッとウリエルに背を向けた。
「教皇様・・・、このご恩・・・、一生忘れません・・・」
「さて・・・」
ウリエルを倒し、腰が抜けへたり込んでしまったグロハーラの前に教皇が立った。
「も、申し訳ありません!私は一からやり直し・・・」
ムンズ!
必死に懇願しているグロハーラの胸部分の服を左手で掴み持ち上げた。
「もう貴様には一片の慈悲も湧かん。直々に儂が引導を渡してやろう!覚悟せよ!」
パァアアアアアン!
「うひぃいいい!」
グロハーラの頬に教皇が強烈なビンタを喰らわした。
「何じゃ、それだけの事で泣くのか?根性が無いなぁ。」
パパァアアアアアン!
今度は往復ビンタが炸裂する。
「ゆ、許して下さい・・・」
スパパパァアアアアアン
今度はさっきよりも多くのビンタが炸裂した。
「はひぃぃぃ、はひぃぃ・・・」
もはや元の顔が分からないくらいまでパンパンに腫れ上がってしまっていた。
「こんな根性でよくも儂を殺そうとしたな。ただのビンタで心が折れるとは・・・、情けない・・・」
(いやいや!おじいちゃん!こんな強烈なビンタなんて初めて見たよ!もう少しで首がもげちゃう!お母さん以上に物理攻撃ハンパないよ!)
盛大に心で突っ込むアイだった。
「これ以上いたぶるのも儂の趣味じゃないからな。さて・・・、トドメといくか。」
右拳を握りしめ、思いっきり後ろへと振りかぶる。
「ゆ!許してぇえええええええええええええええええ!」
「いいや!もう貴様は許す許さないを問答する領域を超えてしまったのだ!」
「いやぁああああああああああああああああ!」
グロハーラが叫ぶ。
「うるさい!悪党なら最後くらいは大人しく裁かれろ!この儂の拳でなぁああああああああ!」
グシャァアアアアア!
グロハーラの顎に教皇の拳がめり込み、マッハの速さで上空へと打ち出された。
「星になれぇええええええええええええええええええええええ!」
直後に
グシャ!
「「「あれ?」」」
教皇もアイ達も天井を見上げてしまう。
「星じゃなくて天井の汚い染みになっちゃたね。おじいちゃんのアレを喰らっても何とか生きているみたいだよ。悪党はゴキブリのようにしぶといって本当なんだね。」
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