第22話 教皇、枢機卿を物理的に分からせる⑤

アイが拳を構えもう1人のテンプル・ナイツと対峙する。


「あっちのお兄さんはちょっと失敗しちゃったけど、こっちのお兄さんはちゃんと手加減してあげるね。」


パチンと可愛くウインクする。


「くくく・・・」


騎士がニヤニヤ笑いながら顔を歪める。

まるで邪悪な本性を曝け出したような歪な笑顔をアイに向けていた。


「何なの?」


アイが1歩後退りをしてしまった。


「俺が操られているだと?くくく、聖女はおめでたい奴だな。俺は別に操られてもいないんだよ。」


「どういう事よ?」


「あぁあああ!コレの事か?」


そう言って男が自分の首に巻かれているチョーカーを指差す。


「確かにコレは奴隷にされる曰く付きの代物だよ。だがな、俺は人を殺すのが好きなんだよ。テンプル・ナイツという肩書きの元、大義名分をもって人殺しが出来るんだ。俺が悪と断罪すれば全てが悪!そこには誰1人の弁解も弁明も関係無い!俺が法律!俺が死刑執行官なんだよ!グロハーラの敵は俺にとっても敵であり悪なんだ。お互いの利益が合致しているのに何で奴隷にされなきゃならん。俺は俺の意志でここにいるんだよ!グロハーラの元で堂々と殺人が出来るからなぁあああああああああああ!」


ボゥ!


(!!!)


男が構えている剣の刀身がいきなり炎に包まれる。


シュン!


「はっ!」


迫り来る炎の刀身をアイはザッと後ろに飛び躱した。


ザクッ!


刀身が石の床に当ったが、そのまま刀身がその半ばまで床の中に食い込む。

食い込んだ床の隙間から炎が激しく噴き出した。


「上手く躱したな。」


男がニヤリと笑う。


「聖女は肉弾戦が得意みたいだしな。だが、俺のこの炎をエンチャントした剣を前にしては逃げ回る事しか出来ない。さっきからの戦いを見ていると、聖女の戦いは受け止めてからの反撃や、ギリギリの見切りが得意そうだしな。この剣を受け止める事は不可能!そんな事をすれば全身があっという間に火だるまだからな。それとな・・・」


首のチョーカーをトントンと指で叩いた。


「よくやった!さすがは第4席だけある!」


後ろでクヤークが騒いでいる。


「やれ!やれぇええええええ!サマエルよ!今の貴様は誰にも負けん!潜在能力を解放したお前の剣と魔法の組み合わせは、あのラファエルすら足下に及ばないはずなんだよ!お前がテンプル・ナイツ最強の男だぁああああああああ!」


その言葉で男が、サマエルがまたもやニヤッと笑う。


「アレの言う通り、コイツは俺の潜在能力を引き出してくれる。俺は歓喜したよ!俺にこんな力が眠っていたなんてな!力が漲る!2席のラファエルなんざ、今の俺の足下にも及ばないのさ!そして勇者もだ!俺が最強!俺に勝てるヤツなんざ承知しない!全ては俺の前にひれ伏すんだよぉおおおおおおおおお!」






「救えないね・・・」






アイがボソッと呟いた。



「今のあなたからはとてもどす黒い気配を感じるわ。可哀想だけど、もう引き返す事の出来ない扉を開けたようね。」


「何をほざく!最強の俺に説教をする気か!」


「ううん・・・」


アイが少し悲しそうな顔をする。


「あなたの首のチョーカーは確かに限界を超えるような処置を施してあるわ。でもね、それって最終的には人間を辞めるって事なのよ。そして、その引き金はあなた自身の欲望・・・、人をたくさん殺したい欲望ね・・・」


「俺が人間を辞める?貴様、デタラメを言うな!」


「もう遅い、既にあなたの体は人間じゃなくなっている。」


アイの言葉にサマエルがジリッと後退りする。


「嘘だ・・・、嘘だ・・・」


「違わないわ。もう目に見える位に変化が始まってしまった。角に牙と・・・」



アイ言葉にサマエルが慌てて自分の額を触った。

そこには小さな角が生え始めている。



「こ、こんなぁああああああああああああ!俺がモンスターにだと・・・、あぁぁぁ・・・、でも血が欲しい。生きたままの人間の・・・」


メキメキ!


額の角がみるみると大きくなり、目が真っ赤に血走っている。

口からも大きな牙が生え、涎を垂らしてアイを凝視していた。


「その姿はあなた自身が選んだ姿。そして、そのような存在を葬るのも私達聖女の役目よ。浄化されなさい!」


グッと拳を構える。



「そんなぁ~~~、サマエルが・・・、おい!聖女!俺を化け物から守るんだ!」


自分を守ってくれるはずの騎士が化け物に成り果ててしまいパニックになる。

もうなり振り構わない状態で、自分を粛正しようとするはずのアイにも助けを求めている。


そんな様子を見てアイが溜息をしてしまう。


「あなた達のせいでこうなったのに・・・、その責任はキッチリと取らせてあげるわ。覚悟してね。」



「殺す・・・、殺す・・・、殺すぅうううううううう!」



ギン!


サリエルが剣を構えると、再び刀身に炎が宿る。


「理性は無くしても体は人間だった時の事を覚えているのね。魔法剣を使えるってちょっと厄介だけど、今の私には関係ないから。」



「しねぇえええええええええええええええええ!」



一気にサマエルが駆け出しアイとの距離を詰める。

深紅の炎を纏った刀身がアイに襲いかかった。



ズバァアアアアアアア!



凄まじい熱量を誇る斬撃がアイの体を薙ぐ。

あれだけの高温を誇る刀身だ、例え躱したとしても熱によるダメージを受けるのは確実だ。



「そ、そんな・・・、最強の聖女がやられる?死にたくない・・・、死にたくないよぉおおおおおおおお!」



アイが消し炭にされたと思い、次に自分が標的になるかもしれない恐怖で、クヤークが叫んでしまう。

その声でサリエルがクヤークへと顔を向けた。



「私がやられたと思うなんて気が早いんじゃないの。」



どこからかアイの声が聞こえる。


「そ、そんなぁあああああああああ!」


クヤークが天井を見ながら叫んだ。


そこには・・・


スザクと同じく、アイが背中に真っ白な大きな翼を生やし飛んでいるではないか!

いくら聖女だろうが翼を生やし空を飛ぶことは不可能だ。


「俺は夢でもみているのか?あの姿はまさに女神様・・・」


ガクガクと震えながら頭上に浮かんでいるアイの姿を凝視する。


「貴様ぁあああああ!これはどうなっているんだ!何でお前にもスザクのような翼が生える!」


パニックになりかけているクヤークがアイへと怒鳴り散らす。

アイはすぐにでもこのバカを黙らせてたかったけど、眼下のサマエルが信者達へと襲いかかってしまうと大惨事になってしまうと分かっているので、バカの事は後回しにしてサマエルの方へ意識を向けた。




「うがぁああああああああああああああ!」




サマエルが獣のような咆哮をアイへと向けた。


「もう理性も無くなっているみたいね。ここで逃がすとどれだけの被害が出るか分からないわ。すぐにでも討伐しないと・・・」


スッと右手を前に突き出す。


「サイクロン!」


ズバババァアアアアアア!


サマエルの足下に巨大な竜巻が生れ、一気に彼を飲み込んでしまう。



「ガァアアアアアアアアアアアアアアアア!」



大きなサマエルの咆哮が響き、しばらくすると竜巻が小さくなり彼の姿が露わにある。


全身のあちこちが切り裂かれガックリと膝をついている。



「そんな・・・、聖女が聖属性以外の魔法を使う?そんなのは歴史上初めてだぞ・・・、翼もあるし、どうして?」


さっきからずっとガクガクと震えているだけしかしていないクヤークである。


どうして?どうして?とばかりで正直鬱陶しいと思っているアイだったけど、これ以上は煩わしいので敢えて教えることにする。


「私は聖女アリエスの娘でもあり、勇者スザクの娘でもあるのよ。私には聖女と勇者の血が流れているの。それでよ、聖女だけじゃなくて勇者の力も使えるの。だからねぇ~~~」


ニタリとアイが笑う。


今度はクヤークへ手を伸ばす。


「スタンボルト!」


バチィ!


「あひゃぁああああああああ!」


青白い稲妻がクヤークへ落ち、ピクンピクンと震えながら倒れてしまった。


「お母さんのお仕置きだけじゃなくて、こうやってお父さんの魔法を使ってのお仕置きも可能なのよ。少し待っていて。コレを片付けてからあなたの相手をするわ。徹底的にバキバキとね・・・」


体が麻痺し動けないクヤークにとっての地獄のカウントダウンが始まった。



「さて、アレを何とかしないとね。」


再びサマエルへと腕を伸ばす。


だが、その腕を誰かが掴んだ。



空中にいるアイに?



それはスザクの手だった。


「お父さん、どうして?」


困惑するアイがスザクを見つめる。


そのスザクはアイを見つめてゆっくりと首を振った。


「これは俺がやる。」


「だからどうしてなの?私は聖女なの。聖女の役目を・・・」


「アイ、お前は確かにアリエスと同じ聖女だよ。だけどな、俺とアリエスの可愛い子供だ。いくらアレが魔物と化していようが元は人間だ。それはお前も分かっているのだろう?だから本当に殺していいものか躊躇している気持ちも分かる。そんな優しいお前には人殺しはさせない。人を殺す・・・、その役目は俺で十分なのさ。」



「お父さん・・・」



スザクが右手を高々と掲げる。



「そんなの・・・、あり得ない・・・、あれは人類が到達不可能な最強魔法の1つ・・・」


グロハーラがペタンと腰を抜かしてしまい呆けてしまっている。


「「「おぉおおおおおおおおおおおおお!これぞ神の・・・」」」


信者達が一斉に天井へと顔を上げ祈りを捧げる。


「ゆ、許してぇぇぇ・・・」


完全に心が折れてしまい敷物と化したラファエルの上でアリエスが微笑んだ。


「久しぶりに見るわね、スザクが極大魔法をぶちかますのは。ちゃんと威力を抑えてよ。」



サマエルの真上の天井付近に巨大な白く輝く魔法陣が浮かび上がる。

その魔法陣の中心が激しくスパークした。






「塵も残さず消え去れ!アトミック!レイィイイイ!」






ズバァアアアアアアアアア!




魔法陣の中心から巨大な白い光の柱がサマエルへと降り注いだ。


一瞬で飲み込まれ、あまりの眩しさに全員が目を閉じてしまう。


そして、光の柱が消え去った後は・・・



「こ、これが極大魔法・・・、ヤツが本気ならこの教会すら一撃で蒸発させる事すら可能・・・」



腰を向かしたグロハーラの目の前には・・・


どこまで深く全く底が見えない巨大な穴が床に開いていた。

もちろんサマエルは一瞬で蒸発し、その存在は細胞の一欠片すら消えて無くなってしまった。


グロハーラは今、始めて自分達が喧嘩を売った相手が異常な存在だったのかに気付いた。

聖女のアリエス、その存在よりも遙かに危険な存在。

どう頑張ろうが絶対に逆らってはいけない存在だったと。



『自分達はどうなるのか?』



絶望だけが反逆者達の心を塗りつぶしていく。






(動けぇえええええええええ!俺の体よ動けぇええええええええええええええ!)


アイからスタンボルトを喰らい全身が麻痺し動けないゴク・ア・クヤークが、何とか逃げようともがいてはいるが、体には全く力が入らずにいた。


頼みの綱でもあったテンプル・ナイツのサマエルは暴走し魔物と化してしまい、制御不能になった上にスザクの魔法で葬られてしまった。

そして一目散に逃げようとしたところで、魔法を受けて全身が痺れてしまい動けず、床の上で芋虫のようになっていた次第である。

だが、今はまだ芋虫の方が動けるだけマシ!


後は破滅のカウントダウンが0になるのを待つしかない状態だった。



ザッ!



クヤークの前にアイが立つ。


「ふふふ・・・、断罪を待つ気持ちはどうだったかな?」


「う=======ん!う!う~~~~~~~~~!」


全身が麻痺しているので喋る事も出来ずに唸るだけのクヤークであった。


(待て!待ってくれぇええええええええええええ!まずは落ち着いて話そうじゃないか!)


そう言いたいけど何を言っているのか分からない。


「う~~~~~~ん、何を言っているのかな?まぁ、助けて!とか、待ってくれ!って言っているのだろうね。」



その通りである。



「でもね、それは諦めてね。聖女の特権はね『悪・即・シバク!』なんだ。だから悪と確定すればすぐに断罪するんだ。ご愁傷さま・・・」



(貴様は聖女だろうが!このような無抵抗の人間に仕打ちを行うつもりか?貴様には人の心があるのかぁあああああああああ!)



「残念だけど、私は悪人に対する慈悲はないんだ。」



(もしかしてお前は俺の声が聞こえているんではないのか!だったら話を聞いてくれぇえええええええええええ!)


「却下!」


しっかりと声が聞けていたアイだった。


そんな声を無視し、アイがクヤークの足を掴む。


(止め!止め!止めてくれぇえええええええええええ!)


「止めないよ。」


軽々とクヤークの体を持ち上げ、自分の肩の上にクヤークをを仰向けに乗せ、ガッチリとあごと腿をつかむ。その後、自分の首を支点として、背中を弓なりに反らせた。


「うがぁああああああああああああああ!」


しゃべれないはずのクヤークが悲鳴を上げている。

それだけ苦しいし痛いのだろう。


(背中がぁあああああああああああ!首がぁああああああああああ!)


「アルゼンチン・バックブリーカーの味はどう?お母さんがキャメルクラッチを使ったから、同じ技だと面白くないからね。どっちも同じ背骨がバキバキになるから痛いよ。」


クヤークの背中からミシミシと嫌な音が聞こえてくる。


「ふふふ・・・、苦しんだかな?そろそろフィナーレといくわね。」


(止めぇえええええええええええええ!止めてくれぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!)


そんな願いも虚しくアイがニタリと笑う。


「はぁあああああああああああああ!」


クヤークを背中に担いだままアイが高くジャンプする。


ダン!


勢いよく床に着地した。



ベキィイイイイイイイイイイ!



「ぐぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」



背骨がへし折れる音と共にクヤークの断末魔の悲鳴が響いた。


哀れ・・・


アイに担がれていたクヤークは、グルンと白目を向き口から白い泡が噴き出し、ピクピクと痙攣し気を失っていた。



チ~~~~~~~~~ン



「仕置き完了!」



アイがパチンとスザクへと可愛くウインクしたけど、背骨を折られた男を担ぎながらのウインクだったので、スザクは若干引き気味だった。

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